Layered Abyss - 03

 大きな溜め息を吐きながら、陵は神社に集まったメンバーを眺めた。

「うちの神社は集会所ではないんですが」
「安全を考慮するとどうしてもこうなるだろ」
「それはそうなんですけどね……」

 不思議そうな顔をして当然のことのように言う英二に、もう一度溜め息。連日来客が集うというのもいかがなものか。状況が状況なので、あまり文句も言えないが。
 集まっているのは英二とルキ、『とおる』。そして今回の事件に巻き込まれている柊 隼人。その隼人と共にいる『堕天使ライアー』。ここに今回英二に巻き込まれた形の狐の『化物』、信田 陸が来るはずだったが、憂凛から「子守手伝って! 買い物行けない!」という切実な呼び出しを受け、今回は欠席だ。

「松崎くんが生きている、という話でしたよね」
「はい。学会でも時々会うよ、という話で……」
「一応昨日茅嶋さんに確認は取りました。何を言ってるのか分からない、という反応でした」
「まあ、アイツはな……当事者だろうしな……」

 松崎 渚は間違いなく死んでいる、というのが律からの回答だった。実際に遺体を確認するほど深くその事件に関わっているのだから、その言葉に嘘はないだろう。
 今回の事件の起点は、間違いなく隼人だ。となれば、隼人の今までの行動がどこかでこの事象を引き起こしている。顔色が土気色になっている隼人には悪いが、事態を収拾するには彼の話を聞かなければならない。
 あまり話ができるような精神状態ではなさそうな隼人の代わりに、『堕天使ライアー』が口を開いた。

「はやとのこうどうっていわれてもな。さいきんはなにもしてないぞ」
「貴方の視点で思い当たることはないですか?」
「ううーん……? ……あ! おーくしょんのやつとか。それがさいごだ」
「ああ、例の」
「おーくしょん?」

 合点した陵と英二とは違い、ルキは当時の事件を知らない。ルキ自身がそれどころではなかった時期に起きた事件だ。手短に、陵は感情オークションの事件について説明した。結果としてそのときは何もなかったが、巡り巡って律が巻き込まれ、それなりに騒動になった事件だ。あらましを聞いたルキが、むうと眉を寄せる。

「感情オークション……その主催者が何かちょっかいをかけてきてるとか、そういうことになりますかね……?」
「だとしたらだめだ。あいつつよすぎる」
「頭数揃えたら何とか」
「そういうもんだいじゃない」

 ルキの問いに、『堕天使ライアー』はふるふると首を横に振る。陵も話としては聞いたが、その主催者と直接対峙したわけではない。『カミ』として対峙している『堕天使ライアー』がそういうだけの相手であれば、ほぼ勝算はないと見ていいだろう。
 再度考え込んだルキが、ふと陵の方を見た。

「主催者の正体ってその後判明したんでしょうか?」
「私は話を聞いて茅嶋さんに報告しただけなので、その後の詳細はお伺いしていませんね」
「なら茅嶋さんがもうちょっと知ってたりしませんかねえ」
「電話してみましょうか。ちょうど今くらいの時間なら、向こうは茅嶋さんがお元気な時間ですよ」
「夜中か」
「夜明けが近いかと」

 陵の一言に、英二が肩を竦める。規則正しい生活ができていないどころの話ではないが、そのお陰で電話が繋がるのは何とも皮肉な話だ。
 数コールで、律は電話にでた。スピーカーモードにして、電話を場の中央に置く。ルキが感情オークションの件を尋ねると、ああ、とすぐに思い当たった声が聞こえた。

『結局分かってないんだよね、アレ。死者が出てないこともあって調査も本格化しなくて、警察もお手上げって感じで。できる限りの調査はしたけど、狩場変えられたのか何も見つからなくて打ち切り。その後は俺にも分からないな』
「隼人くんの行動を考えると、何かに巻き込まれているとすればその件しか考えられないんですよ……」
『ん? ……隼人くんさ、その感情オークションの調査のとき、主催者と話をしたんだよね?』
「え……あ、はい……」
『その段階で相手に何かしら興味を持たれて、変に縁ができちゃった可能性は否定できない』
「あ、なるほど。……となれば」

 律の見解を聞いたルキの視線が、『とおる』の方を向く。縁の有無を確認するのであれば、『とおる』の力を借りるのが一番早い。
 承知した『とおる』が、隼人に繋がっている縁をひとつひとつ確認していく。ややあって困った顔になった『とおる』が、ぼそりと呟いた。

「……何かすっごいうっすら見えるのが1本と……よく分かんないの1本ある……陵さん何か怖いの見つかったどうしよう……」
「どう怖いんです?」
「よく分かんないやつ、辿れなくてどこ繋がってんだか分かんない……」

 謎の2本の縁。
 うっすらとしているものは、どうやら渚と繋がっているようだという反映らしい。もう1本の先は、全くの不明。現状、『とおる』の力では辿れるようなものではなさそうだ。
 そうこうしているうちに、恭がそろそろ起きるから、と律が電話を切った。律としては当然ながら、今の段階でこの事件を恭の耳に入れるつもりはないのだろう。理由が明白なだけに、無理強いはできない。

「現状何も解決せんな」
「どうしましょうね……」
「どちらにしろこの事件を解決すると……その……あの人っていなくなる、ということですよね……」
「だと思いますが」
「経験上の話なんですけど、今のうちにくくりつけておいた方がよくないですか」

 ルキが指差す先は隼人だ。
 死んだ友人が生き返っている。事件を解決すれば恐らく、松崎 渚という存在は再び消え失せる。それに隼人が耐えられるのか――ということだ。言われた隼人も、ルキの言葉の意味は理解しているのだろう。蒼白な表情からは、返答が返らない。
 次にルキが視線を向けたのは、『堕天使ライアー』だった。

「すいません、貴方から見て今の柊さんってどういう状況でしょうか」
「え、見ての通り」
「いやそうじゃなくて……ヒトじゃない者の目から見て何か分かることとか、そういうのってありませんか?」
「さっきみてたじゃん」
「その訳の分からん縁とやらをどうにかしたいんだがな……」

 真剣な表情で、英二が腕を組んで考え込む。『堕天使ライアー』の反応からしても、今の隼人から得られる情報はこれ以上ないのだろう。そもそも、何かしらが分かるのであれば既に動いていてもおかしくない。
 何も手が浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。口火を切ったのは『堕天使ライアー』だ。

「そもそもなんだけど、はやとがげんいんなら、はやとがうごかなきゃいけないんじゃないのか?」
「今のこの状態のこいつに一人で何かやらせるの、めちゃくちゃ危なくないか?」
「……動く……松崎くんと直接話をする、とかですかね……?」

 ふと思いついたこぼした陵の言葉に、びくりと隼人の肩が震えた。
 実際、隼人が渚に会ったのは最初の一度だけだ。後は代理を立てたり、英二が話に行ったりという調べ方で、隼人自身は動いていない。うっすらとでも渚と縁が繋がっているのなら、その縁を確かなものにすることで得られるものがある可能性は否定できない。
 ――問題は、隼人が現在の精神状態で、きちんと対応できるのかという点だ。

「それならそうしましょう。まどろっこしいです」
「おまえさっきくくりつけるとかいってたくせに」
「忘れました。合わせることで良かれ悪かれ事態は動くでしょうし……8割悪かれかもしれませんが……」
「……確かにそれはそうですね」
「ちなみに一番悪かれの場合、柊さんがその場で命を絶ちかねないので、そのときは陵さんに彼を制圧していただくということで」
「あ、そこは私なんですね?」

 何かが起きるかもしれないと思って行動していれば、咄嗟の際に動くことはできるだろう。何かが起きないかどうか、見張っておく必要が出てくるが。
 とにもかくにも、今のままでは何も進展しない。死んだはずの松崎 渚が何故か生きている。その原因は、突き止めておく必要がある。

「……作戦を練りましょうか」