Trailing Dread - 03
解放後。律も腹が立っていたので、ひと悶着はあったのだが。結局一目散に逃げていった男を追うことはせず、律と英二はそのまま水之登神社を訪れていた。さすがにシークレットブーツのままでは歩けない状態なので、靴だけは履き替えている。
「たのもー」
「それ挨拶じゃないと思うんだよなあ」
「あれ、丁野先生、茅嶋さん? どうしたんですかこんな時間に……何ですか先生、その格好……サイズ合ってなさすぎますよ」
「うるせえ」
出迎えたのはルキだ。英二のジャージ姿にルキが首を傾げていると、後ろから陵が顔を出す。
「お疲れ様です。お怪我は?」
「ないけど若干火傷した」
「何でですか」
男の去り際に少々やり取りがあったせいだが、笑って誤魔化しておく。余計なことだとは分かっていても、誓約だけでは律の腹の虫が収まらなかったのだ。本当に、柳川 恭という人間はつくづく良くも悪くも引き寄せるものだな、と苦笑う他ない。
何の話をしているのかと怪訝そうな表情になったルキに、大きな溜め息をひとつ。事態は片付いているので、ルキには話しておかなければならない。ずっと気に掛かっていることもある。
「ルキくん、多分狙われてたと思う。うちは恭くんが狙われてたんだけど」
「え? 僕ですか……?」
ルキはきょとんとしている。何の話かは分からないだろう。どう話を運ぶべきか、と頭を悩ませる。
聞くべきことは、決まっているのだが。――ルキはどうして、あの村に取り込まれかけるような事態に陥ったのか。
「そう、ルキくんも狙われててね。めんどくさかったのでさくっと片付けてきたんですけど」
「え? え? それはありがとうございます……?」
「で? 心当たりは?」
「お、詰めるのか」
「ちょっと丁野先生は黙ってて。ルキくん、何か心当たりは?」
「……と、言われましても……」
明らかな困惑が見て取れる。実際、今のルキには自分と恭が狙われていたらしい、という情報しかない。急に心当たりを問われても、困惑するのは当然だ。
「僕と柳川くん……ということは、前の村の一件でしょうか? でも、あの村の件は片付いたとお伺いしましたが……」
「他は? 恭くんのことは置いとくとして。自分だけで考えたときに何か心当たり、ない?」
「ええ……?」
「もう少しはっきり言おうか? ルキくん、なかみーに言ってないことあるでしょう」
「そうですね。自分だけで考え込んでしまっていることとか、あるでしょう?」
律の言葉の後を、陵が引き受ける。一瞬、あ、という顔をしたルキの目が泳ぐ。
「なかみーに言ってないこと。或いは、勝手に決めていること」
続けた言葉に、ルキの肩がびくりと跳ねた。どうやら、動揺を隠し通すことはできないようだ。
であれば、今が好機だ。ルキはルキとして、解決しなければならない問題を抱えている。見えた今、解決しておかなければ、次のチャンスがいつ巡ってくるか分からない。
「ていうか、俺は恭くんのこともあったから、ルキくんのことはあえて口出ししなかったんだけど。あの村で何つつかれて堕っこちたの」
「……あ、……え、ええと……」
「……言えませんか?」
少し困ったように、陵が眉を下げる。しどろもどろのルキはしかし、そこで言葉に詰まった。長年陵の世話になっている身だ、自分のことで陵を悲しませたくはないのだろう。
ちらり、とルキの視線が律と英二に向けられる。いると話しづらいのだろう。すぐに察しがついて、律は息を吐いた。
「んじゃ、俺らお邪魔だろうから。ちょっと別室で休ませてもらおっか」
「お? ……ああ、そうだな」
境外社にいる『とおる』にも関係あることとのことで、話し合いは3人で行われた。その会話を密かに陵から共有されているという状況である。話を聞きながらも疲れた、と畳に寝転がった律に、挫いた足を擦りながら英二が苦笑う。
「俺にはほとんど何のことか分からんかったが」
「神妙な顔してくれてて何よりです。これにて2件落着、ということで」
「一石二鳥狙いだったわけか」
「まあ、可愛い教え子には平穏無事でいてほしいでしょ、先生だって」
「それはまあ」
何とも言えない表情で返事をしつつ、英二の手が部屋に置いてあったみかんへと伸びる。
3人の会話は続いている。陵を挟めば、誤った方向にいくことはないだろう。ルキが陵のところに身を寄せてからは、大きな出来事もなく落ち着いているかのようには見えていた。だが、やはり内実は色々とあるものだ。村の一件がなければ明るみに出なかった可能性はあるので、そう考えると複雑ではある。
一度大きく伸びをしてから、律は体を起こした。
「俺もみかん食べたいなー。剥いてよ、白いとこいらない」
「何だこのブルジョワ。自分で剥け。そして筋は食え、栄養だ」
「はあい……。ま、懸念事項がひとつ減ってよかったよ。片付けられるものは今のうちに片付けておかないとね」
「んー……、ん?」
「なに」
「今のうちにって何だ」
「え? 俺来週か再来週にはもう海外。多分お盆近くまで帰ってこれない」
「ああ、そういうことか。……相変わらず忙しい男だな……」
「娘の成長を見守る暇もない不甲斐ない父親ですよ。まあ隙があったら1日2日でも帰ってくるつもりでいるけど。恭くんだって帰りたいだろうし」
「重々気を付けろよ」
「はあい」
引っかかることを言ったつもりはないのだが、随分警戒されているなと他人事のように思う。律が何かしらを抱えているのは間違いなくバレているのだが、やはり現状、彼らに話をする気分にはなれない。
ひとつずつ、問題を片付ける。今の律にできるのは、それだけだ。
ややあって、部屋の扉が開く。何とも言えない表情をした陵が顔を覗かせて、英二がひらひらと手を振った。
「お疲れ様、中御門さん」
「疲れましたよ……本当にあの子たちときたら……」
「なかみー、しばらくルキくんに見張りつけた方がいいよ」
「そうですね」
「ま、そういうのは時間が解決するだろうからな」
関係性というものは難しい。ルキと『とおる』のように、拗れてしまった結果であれば、尚更。第三者が介入できることにも、限りがある。
それでも、知ることはできた。話ができた。ここから少しずつ、何かは変わっていくのだろう。
「恭くんにも、こっちにいるときはルキくん気にしてあげてって伝えとく」
「俺一人何もしてやれんな」
「いいじゃん、たまに来て構ってあげれば。丁野先生、しょうもないことしかしないし。ルキくんの気も和らぐでしょ」
「……うん? 信用されてるってことでいいのか、これは? 信用……されてるんだよな?」
「たぶん」
「おやつは用意しておきますよ」
仕方なさそうに笑う陵と、嬉しそうな顔をする英二を眺めながら。
――やはり平穏な日々はいいものだな、と律は瞬いた。