Trailing Dread - 02

 帰宅してから幾つか問い合わせはかけてみたものの、全て空振り。どこにも『大切な人が帰ってくる』という噂を知っている者はいなかった。
 ますます嫌な予感がするなと思いつつ、英二の連絡を待つことにする。気を紛らわせようと仕事の書類に目を通している最中に、その連絡はやってきた。

『悪い、あの、嫌なこと言っていいか?』
「何、悪い知らせ?」
『まあ悪い知らせだな。噂の出所が全く分からん』

 英二自身、どこでその噂を聞いたのか分からないとのことだった。自分のところにどうやってその噂が来たのかが、全く辿れないのだという。
 ――つまりは、英二が何らかの干渉を受けた結果、その噂を知っている状態になったと考えるのが自然だろう。
 道理でどこからも情報が得られないわけだ、と納得する。ピンポイントで狙われたと考えていいだろう。情報源として英二が使われたということは、やはり狙いは恭――そしてルキだろうか。

『いや俺の頭いじられてるぞっていう……怖くないかこれ? 俺自分の頭の中にまでちょっと自信持てなくなってきたんだが。引っ掛けられた自覚もないし』
「ちょっと前の俺じゃん……心当たりないのに何か植え付けられるって大変でしょ」
『めちゃくちゃ大変なのにこんな状態を黙って自分で解決しようと……いや、今はそれは置いておくとしてだな……とりあえず、噂の出所はものすごくきな臭い』
「そうだねえ。最悪だ」

 英二からしても、情報の入り方から考えて、狙いは恭とルキだろうとの見方だった。律や陵に手を出すのは難度が高いため、比較的に近しい英二が情報源として狙われたということだろう。
 現時点で既に出遭っている恭はともかく、注意すべきはルキだろう。既に陵がルキを外出させないよう立ち回っているだろうが、情報は入れておく必要がある。しかし律が姿を見せるとルキにいらぬ警戒をされる。常々余計な仕事を持ち込んでいるので、そのせいではあるが。

「……丁野先生、その情報直接なかみーに持っていって、ついでにルキくんの様子見てきてもらっていい?」
『分かった』
「んで帰りにうち寄って。対策考えよう」

 恭もルキも、いつまでも外出させないわけにはいかない。それに、長引けばルキは確実に気付いてしまう。
 じゃあ後で、と英二の電話を切って、律は大きく息を吐き出した。
 何故二人が狙われているのかと考えたとき、どうしても思い出してしまうのは昨年二度訪れた村のことだ。ルキは村に取り込まれかけ、恭ももう少しで住人にされてしまうところだった。共通点は、確かにある。もしそれが原因で二人が狙われている形になっているのであれば、ほぼ犯人は絞り込めるが――しかし、どう誘い出すかが問題だ。
 確かに渚の姿をした何かは見た。しかしそれは、恭に姿を見せるために近くにいたからだ、と見た方がいい。闇雲に探したところで、恐らくは見つからない。
 どうしたものかと考えているうちに、陵への報告を終えた英二がやってきたので。

「桜ー、ちょっとごめん。丁野先生の治療お願いできる?」
「あ、本当ですね。少しじっとしていてください、すぐ終わりますから」
「……情報源がバレている……」
「当たり前でしょうが」

 当然のように穢れを負っている英二に、肩を竦める。神社で浄化されるかと思ったが、まだ穢れによってついた傷が癒えていないようだ。ひとまず桜の治療を受けている英二を横目に、陵にも電話を繋いでおく。ルキに疑念を持たれてもおかしくはない頃合いなので、陵には神社で見張っていてもらうのが一番安全だ。

「とりあえず、ルキくんが遭遇するのはまずいと思う」
『ですよね』
「でもそうなると、……この場合囮にするなら、アレは渚くんじゃないって言い張れる恭くんしかいないんですけど、どう思います……?」
「めちゃくちゃ嫌そうだな」
「嫌に決まってますが……?」

 それしか方法は思いつかないが、積極的に取りたい手段ではない。渚の一件がどれだけ恭を苦しめ続けているか、律はよく分かっている。わざわざ傷口に塩を塗るような真似はしたくない。

「……まあ確かに、柳川をそんな目に遭わせるのはな。だが、解決しないことにはこの先も見続けるってことだろう?」
『さすがにそれは……。それに、ルキもいつまでも神社から出さないわけにもいきませんし』
「そう……だからもう、ちょっとずつメンタル削られるぐらいだったら、囮にしてとっとと片付けた方が二人の為にはなるのかなと……」
『そんな嫌そうな声で』
「だって嫌だし……」

 嫌でも、それ以外に誘い出す方法が分からない。明確に狙われているのであれば、誘い出して倒すしかない。
 だが、渚の姿をした何かと戦闘になるかもしれない。そう考えると、やはり律としては取りたくない手段だ。そんなことは、陵も英二も承知している。
 その案が了承されることもなく、気の重い沈黙が落ちる。暫しの沈黙の後、小さく声を上げたのは英二だった。何を思いついたのかと視線を向けると、真面目な顔で英二が頷き。

「変装しよう」
「……誰が? 誰に?」
「俺が。柳川に。」
「……はい?」


 果たして変装程度で騙されてくれるのだろうか、という疑問はありつつも。

「……いや、やっぱ身長がだいぶ厳しくない?」
「やかましい」

 む、と眉を寄せる英二に、律は苦笑する。高身長の恭に比べれば、かなり小柄な英二では少々心許ない。シークレットブーツで10センチほど嵩増ししても、まだ足りていないのは御愛嬌と言うべきか。
 服装については、時々恭が茅嶋家に泊まることもあるため、何着かは用意できた。丈が若干余ってしまうが、桜の手を借りて何とか誤魔化す。髪型を弄れば、遠目で見れば何となく恭に見えなくもない。

「……いやいけるかなあ……?」
「柳川っぽく歩くくらいのことはまあ。駄目で元々だろう、引っ掛かってくれればそれに越したことはないが」
「まあワンチャンあればいいかな。俺が隣にいると身長差でバレるし、気付かれないようにちょっと離れとくね」
「頼む」

 陵は神社を空けるわけにはいかないので、今回付き添いは頼めない。日中はルキの買い物に付き添い、ほとんど外を歩かせないようにしていたとのことだった。時間帯から考えればもう外出はないだろうが、何かあったときに困ることになる。後で神社まで報告に行くという約束をして、電話は切った。さすがに長々と電話を繋いでいれば、それも怪しまれる原因になってしまう。
 実際、勝率は非常に低い賭けだ。これが上手くいかなければ、やはり明日は恭と共に探しに出る他に方法はないだろう。そう考えつつ、ひとまず茅嶋家から柳川家がある方面へと歩き出した英二の後を追う。
 少し歩き方が危なっかしいのは、シークレットブーツのせいだろう。とはいえ何となく恭には見えるので、その辺りの技術はあるんだな――と感心していた矢先。

「あ」

 やはり無理があったのか。足がもつれ、英二が転んだのが見えた。思わず頭を抱えて――しかし。

「……嘘でしょ、出たか」

 ふと感知したものに、律は小さく呟いた。痛い、とぼやきながら何とか立ち上がった英二を横目に、周囲を探る。目当ては、すぐに視界に入った。
 ――渚の姿に見える、何か。
 前回は後を追って様子を見たが、今回はそうもいかない。即座に魔術を展開、防御壁を檻として利用する形でその姿を捉える。驚いた表情が見えて、その視線が律へと向いた。その姿に、律はにこやかに笑んでみせる。

「うちの子に何か御用です?」
「……あー……用事というか、まだ遊び足りなかったから……?」

 その声は、渚のものではない。が、律にとっては聞き覚えのある声だ。思い当たる前に渚の姿がどろりと溶けて、赤いスーツを着た男の姿へと変わる。
 ――それは、あの村で対峙した男。
 恭に呪いをかけた時点か、或いは村長と相対した後か。どの時点かは分からないが、恭に興味を抱いたのだろう。その結果、こうしてちょっかいをかけにきたらしい。
 しかし、少し違和感がある。前回相対したときの印象では、律の防御壁ではこうして留め置けるような相手ではなかった。巧都の力を借りてほぼ相討ちだったのだ。しかし今、目の前の男からは、そこまでの力を感じられない。先の件で主格から失敗したと扱われ、主格の『カミ』から格を落とす形で責任を取らされた可能性は高い。

「……遊び足りないのは結構ですけど、何の御用?」
「詰めてくるなあ。まあ、あのヒーローが堕ちるところが見てみたくて?」
「ああ、成程。先の件の失敗を取り戻そうと思って来てみたものの、うっかり失敗して捕まったんですね。目論見が甘かったようで」
「煽るねェ。アイツを堕とすのにボディーガードが邪魔してくるなら、やっぱそっちを先に潰すべきだよな」
「へえ。今この捕まってる状態で?」

 瞬間、ばちんと防御壁が何かを弾いた。恐らく中から破ろうとしたのだろうが、綻んだ様子はない。弱体化しているという見立ては、間違いではないようだ。

「あー……こんな檻を隔ててじゃないと話せない感じィ?」
「その程度の檻を破れない相手と取引はしない」
「完全に箱の中の虫だな」

 挫いた足を引きずりつつ、ようやく律の隣まで歩いてきた英二が鼻で笑う。明らかな苛立ちは、騙されたせいか、焦りの裏返しか。どちらにしろ現状、男にはこの場から逃げ出す手段はない。

「とはいえずっとこのまま閉じ込めておくのもね。めんどくさいしね。二度と近づかないと約束してくれるなら外しますけど」
「魔術師と約束ねえ……。まずアイツ黙らせろよ、すげえ腹立つ」
「俺は事実を言ったまでだが」

 きょとんとする英二は本気なのか、それとも煽っているのか。よく見ればそれほど似ていない変装に騙されたこともあり、男としては気に食わないといったところだろうか。
 さて、と律は腕を組む。この男相手に、どう布石を打つか。生半可なものでは、抜け道を探してどうにか関わってこようとする可能性は否めない。近付かないという約束だけでは、姿を現さなければ何をしてもいいと取られかねない。かといって、あまりにも厳しい条件を課すと、男が力を取り戻したときに跳ね返ってきてしまう危険性がある。

「……今度一切関わらない、うちの関係者には」
「あ? それ知らない奴に手出してもアウトになるかもじゃん」
「イコールで俺の手を煩わせるなという話をしてるから、今」
「誰が関係者か分からないのに、それはなくないか?」
「掴まる方が悪いのでは?」
「ぐうの音も出ねえな……」

 本人としても、そこまで弱体化しているとは考えていなかったのかもしれない。さてどう出るかと思った瞬間、男は笑いながら両手を上げた。

「まあまあ、条件を呑もう」
「……本当に?」
「ここに来て急に疑うじゃん」

 にやにやと笑う男に、律は首を横に振る。――どう考えても、今提示した条件は厳しすぎる。先程本人が言ったように、誰がどこまで関係者と見なされるかも分からないような条件だ。度が過ぎるものは、確実に外される。彼自身ではなく、彼よりも上の存在に。
 考え得る妥協点は、自分たちに影響が少なく、そして厳しすぎないもの。万一返ってきたとしても、対処できるまたは多少不調で済む程度が望ましい。

「あー……そうだ。とりあえず謝罪いただいても?」
「は?」
「お、そうだな。こうして面倒をかけているわけだし」
「ごめんなさい、してもらわないと?」

 にこり。笑えば、男の顔色が変わる。見下している存在から謝罪を求められるというのは、嫌なものだろう。
 さてどう出るかと思いつつ、律は頭の中で魔術を構築していく。その言葉を以て、『誓約』できるように。

「素直に言えるかなあ?」
「……っ、お前本当に腹立つな……!?」
「あの人、多分言うまであの調子ですけど」
「ちっ……あーくそ、分かったよ。ごめんなさいー」

 心底嫌そうな声で、男が告げた。
 瞬間、用意した魔術は滞りなく発動する。男に絡みついて、そこで『誓約』は完了する。

「というわけで、今後ヒトを堕とそうとするのは禁止です」
「……は?」
「なお、この『ヒト』は限定しない」

 念頭に置いたのは、ルキのことだ。人間でなければいいのだろう、と『半人』や『化生』に手を出されるのは都合が悪い。
 関わってくるのは構わない。だが、精神的に追い込むことは禁じる。これは、そういう約束だ。

「っ、くそが……!」
「何とでも。――喧嘩を売る相手は、ちゃんと見極めないとね」