Chilling Calm - 閑話01

誓いの話

 例年、よほどのことがないかぎり、2月から4月は日本での仕事が中心となる。柳川家にイベントが多いからというのが一番の理由だが、年末年始が激務になるので、その休息も兼ねている。
 ――とはいえ、今年はかなり仕事が立て込んでいたこともあり、無事に家に帰り着いたのは2月13日の夕方だった。

「ただいまー」
「ぱぱー! おかえりなさいっ!」
「うぉあ!?」

 荷物から手を放す間もなく、玄関先で恭に飛び掛かってきた愛娘――憂生。受け止めるための手は空いておらず、足に思い切りぶつかられてふらりとよろける。それでも辛うじて転ぶようなことはなく、その小さな体を受け止めて。
 大きくなったなあと思うのは、その勢いが以前よりも増している気がしてしまうからだ。

「もーうーちゃん、パパが怪我したらどうするの」
「えへへー」
「ただいま、ういうい、ママ」
「おかえりなさい、パパ」

 キッチンからひょっこりと顔を出した憂凛が、困った顔で笑う。嬉しそうな顔をして恭を見上げる憂生には、そんな言葉もどこ吹く風だ。忠告など聞き入れなかったのだろう。

「あれ? れおれおは?」
「昼寝もせずに待ってたから、変な時間に寝ちゃって。もうそろそろ起きると思うんだけど」
「あはは。よっしういうい、パパをおうちに入れてくださーい」
「はーい!」

 素直に離れてくれた憂生に礼を言ってから、恭は玄関先に荷物を下ろす。いつもなら空港から配送にする荷物量ではあるのだが、今回はどうしても手元に置いておきたいものがあった。万一他の荷物に紛れてしまうと困るので、全部持って帰ってきたのだ。
 なあに、と中を覗き込もうとする憂生を抱き上げる。腕にずしりとかかる重みに、やはりこの1か月で大きくなったな、と感じる。この仕事をしている以上、毎日その成長を見守れないことはよく分かっている。それでも寂しくなってしまうのだから、つくづく自分勝手だ。

「パパ、ナイスタイミング。ちょうどごはんできたよ」
「ほんと? よかったー。よっしういうい、一緒にれおれお起こしに行こっか」
「いくー!」
「ついでに着替えてくる。あ、ママ、玄関の荷物は自分で持ってくから置いといて!」
「はーい」

 憂生を抱いたまま顔を出したキッチンでは、憂凛が洗い物を始めていた。笑って頷いてくれたのを確認してから、隣室ですやすやと眠っている愛息子のところへ。
 やはり、玲生も少し大きくなった。寝顔は変わらないのに、顔立ちは少しずつしっかりしていっているような気がする。ひょい、と恭の腕の中から下りた憂生が、玲生の隣に屈み込んだ。

「れえー、ごはんだよー」
「……んん……」
「おーいれおれおー、パパ帰ってきたぞー」
「……う? ぱぱ……?」

 開かれた小さな目が、ぼんやりと恭を映し。ぱち、ぱちと瞬いて――そして丸く見開かれ。

「ぱぱ!」
「うおっ……!?」

 飛び起きた玲生が、そのまま恭に飛びついた。思いがけないスピードによろめきつつも、よしよしとその背を撫でて。

「ただいま、れおれお」
「ぱぱー! ……ゆめ?」
「夢じゃないなー」

 きゃっきゃと嬉しそうに笑う子供たちの笑顔は眩しくて。ああ、幸せだなあと噛みしめた。


 夕飯の後、子供たちと遊んで。何だかんだとしている間に子供たちが眠り、恭は荷物を片付け、憂凛も家事を終わらせて――そうすれば、その後は夫婦の時間だ。時計の針が0時を回れば、憂凛の誕生日。

「誕生日おめでと、ゆりっぺ」
「ありがとー。ふふ、また2か月だけ同い年だね」

 ソファに並んで座って、繋いだ手。ぎゅう、と握りしめれば、少しだけ脈打つものを感じ取れる。
 一度離してしまった手。
 二度と離さないと決めた手。

「……ていうかさ、知ってた? ゆりっぺ」
「ん? 何を?」
「今日で結婚して5年だって」
「知ってるー。覚えててくれたの?」
「……何回も数えて確認してて、律さんに笑われた……」

 思い出して顔をしかめた恭に、憂凛が声を上げて笑う。恐らくその情景が想像できてしまったのだろう。実際、律にも何度も確認してしまった。挙句の果てにはいつ結婚したっけと言い出した恭に、『分体』と共に呆れた顔をされたほどだった。
 短いようで長い、5年。この先もずっと続いてほしいと、ただただそう願ってしまう、大切な日。

「で、ゆりっぺに渡したいものがあって」
「ん? プレゼント?」
「うん、誕生日プレゼント。兼、結婚5年記念」

 片手でポケットの中を漁る。それはどうしても、今日持って帰ってきておきたかったもの。
 取り出した小さな長方形の箱に、憂凛がぱちりと瞬いた。その箱の大きさから、中身の想像はついただろうかと思いながらも、恭は繋いでいたその手をひっくり返す形で、手の上に箱を乗せる。

「開けてみて」
「……えっと、本当に?」
「うん」
「ありがとう……!」

 嬉しそうに笑んで、憂凛がいそいそと箱を開ける。中から出てきたのは、ケース。そのケースを開けば、中に納まっているのはシンプルなシルバーのペアリング。

「なんか結婚5周年ってもっこんしき? っていうんだって。木製のペアのやつとか贈るらしいんだけど、最近はせかんどまりっじりんぐ? っていうのも流行りらしくて。んで、日常使いしやすいものはどうですかって言われて、これにした」
「あはは。お店の人にいろいろ聞いてくれたんだね」
「うん。本当はゆりっぺと一緒に選びたかったんだけど、ちょっとそれどころじゃなかったじゃん」

 昨年は色々とあった。恭自身調子を崩すこともあった。落ち着けば次は仕事、というような状況だったので、相談する暇もなく。ならばこの際、サプライズにしようと考えていたのだ。
 どうしようかと悩んでいた恭が相談した先は、律だ。そういうことなら、と仕事の合間を縫って色々と協力してくれた。店との相談に関しては、『分体』もかなり頑張ってくれた――何せ海外にいる以上、日本語はほぼ通じなかったので。

「……ちゃんとペアリングだ」
「うん。俺の指にはゆりっぺにつけてもらおうと思って」
「ふふ。じゃあ、私には恭ちゃんがつけてくれるの?」
「もちろん」

 へへ、と嬉しそうに表情を崩す憂凛を見ていると、どうしようもなく胸の奥が熱くなる。
 きっと、悩んだ甲斐はあった。自分たちだからこそ、これからも一緒だと示せるものがいいと思った。だから指輪の話を聞いたとき、改めて贈るのがいいと感じたから。
 ――この先も、誓う。
 ケースから指輪を取り出して、憂凛の左手を取る。その薬指には、5年前恭が嵌めた結婚指輪。憂凛はそれを、基本的には肌身離さずつけてくれていることを知っている。対する恭はどうしても仕事上、汚したり壊したりしたくないという思いから外していることも多い。それでもこの指輪をつけていると、繋がっていると思えるもの。
 そっと重ねて嵌めた指輪。サイズは間違っていなかったようで、ほっと息を吐く。

「よーし、じゃあ恭ちゃんも!」
「はーい、お願いします」

 憂凛の手が、恭用の指輪を取る。憂凛の手には大きいそれを、そっと恭の薬指に嵌めてくれる。
 ただそれだけの行為が、ひどく神聖で。そしてどうしようもなく、愛おしい。

「誓いのキスもしちゃう?」
「あれだね、病めるときも健やかなるときも」
「ながーい。誓うに決まってんじゃん」
「もー! ……ま、いっか。愛してるよ、恭ちゃん」
「俺も愛してるよ、ゆりっぺ」

 ――この先、何があったとしても。
 もう、その想いは揺らがない。