Chilling Calm - 01

 仕事を引き受けたということは、最終の報告を行うまでが仕事、ということになる。
 別件の仕事をあらかた片付けたタイミングで、律は『院』を訪れていた。あまり自ら赴きたい場所ではないとはいえ、仕事を引き受けた以上はそうも言ってはいられない。早く用事を済ませて早く帰るに限る――ということで、来たのだが。

「……静かだな」

 思わず口から漏れたのは、そんな感想。引き受けるために来たときはどうだっただろうか、と考えてはみたものの、嫌々来たせいか全く覚えていない。そもそも激務の真っただ中の頃だったので、あまり周囲にまで気を回す余裕がなかった。
 いつも通り、『院』の本部は中世ヨーロッパ然とした城として佇んでいる。通常であれば『院』の防衛を担う『兵』や、そうでなくともあちらこちらを行き来している『ウィザード』を見かけるのだが、その数がどうにも少ないように思えた。違和感に首を傾げつつも、律はレイラの待つ『ロード』の執務室へと足を向ける。
 こん、こん。ノックの音も、心なしかよく響く。

「どうぞ」
「失礼します」
「あら、リツ」

 部屋の中、デスクの奥にレイラは座っていた。散らばっている紙の量を見るに、書類仕事の最中だったらしい。数度レイラが手を動かし、瞬間、全ての書類が消え失せる。

「執務中でしたか、失礼いたしました」
「構わないわ。頼んだ仕事、滞りなくこなしてもらえたようね」
「はい。遅くなりましたが、ご報告に来た次第です」
「聞きましょう」

 レイラから振られていた仕事はどれも、調査とそれに伴う『怪異』の討伐を兼ねた情報収集だ。細かいないようは省きつつ、必要事項だけを淡々と報告していく。途中で口を挟むこともなく、レイラは黙ってその報告を聞いていた。
 ――本当に、ここが『院』である、ということを除けば、いつもの依頼者に直接報告をする仕事と何ら変わりない。どうにもそれが気持ち悪く感じてしまうのは、前『ロード』とレイラの差異だろう。前『ロード』の依頼は、主に律の力量を図ろうとしている糸が透けて見えていた。値踏みするような視線を向けられたこともあった。しかし、レイラからはそういったものを感じない。彼女は本当に、単に律の報告をきいているだけのように見える。
 元々、腹の底は見えない相手だ。警戒を解くような真似はできないが、しかし仕事に関しては律に何かを仕掛けるつもりはないのかもしれない。だがそうなると、どうにも最近の『院』絡みであろう出来事が腑に落ちない。
 果たして、何が正解なのか。まだ、律には見えてこない。

「――以上が報告となります。疑義は」
「ないわ。さすが、こういった仕事には慣れているのね。報告に無駄がない」
「それはどうも。何もなければ、これで失礼させていただければと存じますが」
「ねえ律。あなた、やはり、元帥の件は引き受けてもらえない?」
「そのお話は、この間もお断りさせていただいたかと」

 元帥――実質的な『院』のNo.2の立ち位置。
 例え確執がなくとも、律としてはやはり、その話を引き受けるつもりはない。『兵』たちを束ねる、『院』の戦力の要。総指揮官。自分がそういった立ち位置に向いている人間だとは思えない。元より、組織というものが向いていないということは自覚している。

「ふふ、気が変わっていないかと思ったのよ」
「変わりませんよ。この先も。俺には荷の重い話です」
「残念ね。……私としては、貴方に対する正当な評価と思っているのだけれど。貴方にはそれだけの価値があるわ」
「……御冗談を」

 一瞬声が引き攣りそうになって、何とか平静を装う。どの口が、と言いたくなってしまうが、今の時点で彼女を糾弾するに足る材料はない。昨今のことは、慎重を期して然るべきだ。

「俺に元帥になれるほどの実力はありませんよ、ロード=ブルー。貴女ではないんですから」
「そうね、私には足らないでしょう。けれどリツ、貴方のような『ウィザード』に、私は『院』にいてほしいと、そう思うわ」
「……どういう意味です?」
「さて、どういう意味でしょうね」

 にこり、と読めない笑み。以前、彼女が言っていた話を思い出す。似ていると言われたこと。かつて茅嶋 雪乃が『院』最年少の元帥として打診されていたこと。そのために父を殺されていること。
 そこから、律に向けられる感情の正体は、一体何なのだろう。本当に純粋に律を元帥にしたいと思っているのか、或いは何らかの思惑があるのか。どうしても後者の方が有り得る、と思ってしまうのは、今までの『院』の行いのせいだ。
 レイラが『ロード』となって1年。それで何かが劇的に変わるとは思えない。

「……そう言えば、ロード=ブルー。これは関係のない話かと思いますが」
「あら、何?」
「『院』全体の雰囲気が、前回来たときから変わったように感じました。何かあったのですが、とお伺いしても?」

 ずっと『院』に所属するのを断り続けている身の上だ。関係ないだろうと言われてしまえばそれまでだが、やはり気に掛かる。たった2か月弱で、静けさを感じてしまうほどには変化が起きている――それはどうにも、気味が悪い。
 律の問いに、レイラはぱちりと目を瞬かせ。ややあって、笑う――楽しそうに。

「いい目ね、リツ。……本当に、もったいないわ」
「何か事情が?」
「改革中よ。『院』」に不要な者を炙り出している最中なの」
「……不要、ですか」
「ここにいる必要のない者たち。緩慢と守られているだけの無能であれば、『院』には不要でしょう?」
「……なるほど」

 レイラの言い分は分かる。魔術の研究、研鑽、保全、継承。その役割を果たせないのであれば、わざわざ『院』にいる必要はないという考え方だろう。『院』の歴史は長く、二世、三世どころかずっと『院』で暮らしている血筋も少なくはない。ただいるだけの状態になっている者を、この場で守る必要はない、と言いたいのだということは読み取れる。
 ――ちり、と脳を焼いたのは、かつてのパトリック=バレットの顛末。すぐに振り払ったのは、現時点でそこに踏み込んではならないという自制。
 改革とレイラは口にした。であれば、意見を述べるのは『院』の人間であるべきだ。基本的にトップダウンの命令のみの組織ではないはずだ。議論は必ず発生しているはずだ。律が深入りすれば、求められることは分かっている。これ以上は、聞き出せない。

「……あら、お利口。もう質問は終わり?」
「分かっているでしょう、人の悪い」
「ふふ。……本当に元帥になってくれる気はないのね」
「恐れ多いですし、荷も重い。俺が務まるような職務ではないですよ」
「私としては、リツなら上手くやれると思っているのだけれど。残念ねえ……そろそろもう少し魅力的な口説き文句を本気で考えなくちゃ」
「どうぞお手柔らかに」

 何が起きても、その座に就くことを了承するつもりはない。そんなことはレイラとて分かっていることだろう。
 レイラが今後、どんな形に『院』を改革していくつもりなのかは分からない。その先に何を見据えているのかも――律を元帥に据えることで、何を為そうとしているのかも。

「それでは、俺はこれで失礼します、ロード=ブルー。また何かありましたらご用命ください」
「ええ。今回は本当にありがとう、リツ。またお願いするときはよろしくね」