Rookie Chase - 03

 そうしてもう一部屋、開かなかった部屋の中にいた同じような『怪異』を倒し。

「ではキブレ、表の様子を見てきていただけますか」
「まーた俺ェ!?」
「当たり前でしょう」

 手に入れた情報が誤りでなければ、これで多少なりとも『脚』の力は削がれているはずだ。既に『脚』と二度対峙している『校長先生キブレ』に状況を確認してもらうのが一番早い。
 ということで、陵は『校長先生キブレ』に三度状況を見てきてもらうことにしたのだが。

「ルーキー! 痛かったんだけど!?」
「何か変化はありましたか?」
「……痛いで済んで帰ってきた……」

 屋上で相対したときは大惨事になっていたが、今回は擦り傷程度だ。なるほど確かに、『脚』は弱体化していると見ていいだろう。

「今だったらいけるってルーキー、頼むよー。なーあー」
「いけるという確証はあるんですか?」
「いけるって。お前だったら絶対いける! 暴力装置もいるしさあ」
「……それは私のことでしょうか……心外です……」
「うわ口が滑った」

 燈依が常に『校長先生キブレ』に薙刀を向けているのは、『校長先生キブレ』が悪霊であるが故だ。それ自体は『陰陽連』で教え込まれてきたことなのだろう。悪態をつきたくなる『校長先生キブレ』の気持ちが理解できないわけではないが、この場合は仕方がないことでもある。
 さて、と陵は『脚』に視線を向けた。見た目に何も変化はないが、攻撃的な威力が減少しているのは間違いない。しかし、保険は必要だ。『校長先生キブレ』が擦り傷程度で済んだのはたまたまだった、という可能性は否定しきれない。

「……万が一危なそうなら、貴方の力で私たちを強制送還していただく、ということで」
「そりゃまあ、ヤバそうなら」
「茅嶋さんに誓っていただいて」
「あ!? 何でそこでりつえもん出てくんの!? アイツに誓うのマジでヤベェんだけど!?」
「どちらにしろ、私を無事に帰さないと、無事で済まないのは貴方では?」
「……ハイ……」

 残念ながら、陵は『校長先生キブレ』に律が課した契約を知っている。途端しおしおとなってしまった『校長先生キブレ』は、恐らく『万が一』の後を想像してしまったのだろう。軽い身震いをしているのが見えた。
 話が決まれば、後は倒しに行くだけだ。充分に注意するよう燈依に言い聞かせてから、陵はグラウンドへと足を踏み出した。
 途端、『脚』が陵を認識したのが分かる。ぎぎ、と横薙ぐように動いたそれを回避しつつ、陵は日本刀を抜いた。追撃してきた『脚』を受け止め、そのまま斬り捨てる。ぎぎぎ、と軋んでいるかのような声。確実に仕留めるべく、燈依が跳んで薙刀を突き刺す。多少なりとも『脚』は削れるが、しかし全く倒れそうな気配はない。

「……やはり手こずりそうですね」
「これじゃ時間がかかります……っ、他に手段は……」
「……これだけ近づけましたし。使った方が良いでしょうね」

 ちら、と陵は己の腰にある霧吹きに視線を向ける。中身は龍神の力を持つ水だ。
 根本的な解決にはならないが、一時的にこの場から『脚』を追い払うことはできる。後は『脚』がいなくなっている間に、『校長先生キブレ』が『領域』のほつれを繕うことができれば問題ないだろう。
 いつ倒れるかも想像がつかない相手を、いつまでも構ってはいられない。こちらが体力を消耗してしまい、倒れてしまえば元も子もない。これだけ近づけているのだ、この水は充分に効力を発揮してくれる。

「瑞代さん、足止めを!」
「お任せを!」

 薙刀で互角に『脚』と斬り合いをしていた燈依がくるりと薙刀を回し、刺突の要領で『脚』の先に薙刀を貫通させる。地に縫い留められる形になり、『脚』の動きが止まった。
 その一瞬、陵は『脚』に向けて水をまき散らし。


「いやーさっすがルーキー! 頼りになるう」
「ではこれも斬り捨ててよろしいですか」
「斬っちゃいけませんねェ!?」
「何故です?」
「今のはアイツを倒した、それでハッピーエンド、俺を斬る必要はない。大丈夫だ」
「中御門さんに悪いことを頼むのはあなたなんでしょう? 中御門さんに無茶を言う悪霊なのであれば、斬り捨てて問題ないかと存じますが」
「駄目ですが!?」

 ――いっそ斬られた方が解決するのでは、と思ってしまったのは心の中にしまっておいた。
 無事に『脚』の姿は消えたので、これで依頼は完遂だ。やいのやいのと言い合っている『校長先生キブレ』と燈依を眺めていると、平和だな、というよく分からない感想を抱いてしまう。――疲れているな、と陵は大きく息を吐いた。

「ルーキー! ねえ!? 飼い犬の躾って大事だと思うんだけどー!?」
「誰が犬ですか」
「貴方……どの口が言うんですか……?」
「マジこのままだと斬られる! 勘弁しろー!」

 響き渡る『校長先生キブレ』の悲鳴。直後、視界の中の風景が大きく変化した。
 そこに広がる風景は、『廃校舎』から見慣れた水之登神社の石段の前へ。
 戻ってきたのだ、とすぐに気付いた燈依が、振るっていた薙刀の動きを止めた。既に『校長先生キブレ』の姿はない。陵と燈依を強制送還することで、己の身を守ることにしたのだろう。抜け目のない行動は、『校長先生キブレ』らしくもあるが。

「……中御門さんって、いつもこんなことされてるんですか?」
「そうなんですよ……」
「……やはり次は斬りましょう」

 小さく、だが力強く呟く燈依の声は、本気だった。