Rookie Chase - 02
そんなひと悶着はあったものの、『校長先生』に連れられる形で、陵と燈依hが廃校舎を訪れていた。中に入った途端、あれ、と『校長先生』は窓の外を指差す。窓の外に広がる風景は学校のグラウンドーーだが、いつもと様相は違う。
グラウンドの中央付近に、大きな柱のようなもの。だが、それは柱ではない。大きくて縦に細長いように見えるそれは。
「……もしかして虫の脚、ですか……?」
「そう……何かでっけえ蜘蛛の脚ィ……」
「そうですか。では帰りましょうか」
「いやいや絶対帰さねえかんな!? 何とかしてくれよアレ! あんなの相手にするとか絶対無理無理無理無理死ぬ死ぬ完全に! 死ぬ!」
「どうして試してもいないのにそう言えるんですか」
「脚だけの存在とコミュニケーションを取れと? それで俺が死んだらどうすんだよ」
「いやもう死んでるような……どちらにしろあなた、逃げ足だけは早いんですから」
「えー……マジぃ……?」
果たしてどれくらいの強さのものなのか、見当もつかない。脚しか見えていないとはいえ、どこかに本体はあるのだろう。話してみるというのも、解決策のひとつとは言える。
陵に促され、渋々『校長先生』はグラウンドに出ていった。『脚』の傍で上空を見上げ、口を開いた瞬間――『脚』が、垂直に動いた。
地から浮いた『脚』は、そのまま『校長先生』の頭上へと。
「ほら見ろぉ!? ふっざけんな!?」
「本当に逃げ足早いですね」
「感心してんじゃねえよ!?」
思わず燈依が漏らした感想に、涙目で『校長先生』が抗議する。『脚』に踏みつぶされる直前に逃げ帰ってきたのだから、その逃げ足は大したものだ。
「なあルーキー……見たろ? アレ。俺には無理だよ……」
「お引越しされた方が早いのでは?」
「あのね、ここ俺が創った場所なんだわ……ハイそうですかって軽々しくお引越しなんぞできねえんだわ……」
「はあ」
「はあじゃねえんだよな!? いやだからさ、ルーキーには何いとかアレを追い出すか倒すかしてほしいわけでさ……とりあえず何かこう、アイツを何とかできるようなものがうちにないかも含めてさ……頼むよルーキー……」
「あなたの『領域』」じゃないですか。探索もあなたができるのでは?」
「私もそう思います」
陵の意見に、燈依が同意する。この『領域』――『廃校舎』の中に何があるかなど、主である『校長先生』であれば把握は難しくないはずだ。しかしその意見にう、と『校長先生』がたじろいだ。暫し呻いた後、嫌そうな表情で口を開く。
「……絶対笑われるから言いたかなかったんだけどォ……」
「何ですか?」
「……開かねえ扉があんだよ……内側からがっつり、こう、開けようとしても向こうからすっげえ閉じられてるゥ……みたいな……?」
「身内のかたが閉じこもって鍵を掛けられているというわけではなく?」
「そういうわけじゃねえし、そもそも身内じゃねえんだよなあ」
む、と嫌そうに『校長先生』は眉を寄せる。陵の発言が誰を指しているのかは伝わっているらしい。
扉が開かない場所があるというのであれば、調べるべきはそこだろう。どこかに扉を開けるための方法がある可能性もあるので、一応校舎内は見て回った方がよさそうだ。
「……まあ、それでは調査しましょうか……。瑞代さんもお手伝いをお願いしますね」
「承知しました!」
「薙刀構えないでマジで怖い」
意気揚々と薙刀を構える燈依に怯える『校長先生』を見て、思わず溜め息を吐いてしまいながら。
――ああ、先が思いやられるな、とぼんやり考えてしまったのだった。
教室を順番に巡り、この『廃校舎』を根城としている『怪異』たちに話を聞いて回る。
得られた情報としては、グラウンドに現れている『脚』と似たようなものが校舎内に2体いること。もしかするとその2体を祓うことができれば、『脚』の力を削ぐことができる可能性があること。そして屋上に出てしまうと、『脚』に狙われてしまうこと。
「校舎の外全般が駄目、ということですね」
「ですね、じゃねえよお前ら悪霊使い荒くねェ!?」
「私が死んだら依頼が果たせないでしょう」
「だからって俺が死んでも意味ねえんだよなあ!? いやもう死んでるけどさ!?」
試しに屋上に出てみてほしい、と陵に言われて、渋々屋上に出た『校長先生』は大惨事になっていたが、あえて気にはしない。横で燈依が悪霊はこうやって使うのか、と真剣に感心していた。教育上はあまり良くなかったかもしれないとは思ったものの、現状あの『脚』に襲われてしまうと、陵でもひとたまりもない可能性が高い。
一通り探索を終え、残るは『校長先生』が最初に話していた『開かない部屋』だ。話に聞いた『脚』と似た存在がその中にいる、と考えるのが自然だろう。そちらをどうにかすることができれば、あの『脚』とも対等に戦える可能性はある。
「とりあえずこちらの部屋ですね」
「開けばいいんですね?」
「そうですが……、できますか?」
「いけると思います」
扉に手を掛けてはみたものの、話通り扉が開く気配はない。それを見た燈依が薙刀を構え、一歩前に出た。自然と陵は後ろに下がることになる。
ふう、と息を吐いて。――直後、一閃。
「ワア……」
「開きました!」
「……まあ、そう、ですね……?」
扉が綺麗に真っ二つにぶった斬られたことを、開いたと表現していいのだろうか。得意げな表情をしている燈依に対し、よく分からないままひとまず礼を言う。周囲を確認してから陵はそっと中に足を踏み入れた。飛び散った扉の破片がざり、と音を立てて。
現れたのは、女――但し、その下半身は蜘蛛。
それだけで、あの『脚』と関係があることは見て取れる。陵を認識したらしいその『怪異』の喉から漏れる、奇怪な音。
「瑞代さん、いけますか」
「勿論です」
燈依は臨戦態勢を崩してはいない。心配する必要はなさそうだと判断して、陵も日本刀を抜く。戦闘の気配を察知した『校長先生』が慌てて安全圏に隠れたのが見えたが、それは気にしないことにしておく。実際、下手に動かれるよりもそちらの方が対処もしやすい。
振るわれた蜘蛛の爪を、陵の『式神』が受け止める。その刹那、一瞬の隙に燈依の薙刀が振るわれた。脚を2本ほど斬り落とされ、『怪異』は超音波にも似た悲鳴を上げる。脳がぐらりと揺らされるような感覚、だが怯んではいられない。振るった日本刀の刃は、『怪異』の喉元を斬り裂いて。
「……思ったより手こずりませんでしたね?」
「油断してはいけませんよ、たまたま上手くいっただけかもしれません。次も確実に仕留めましょう」
「はい!」
さらさらと塵になって消えていく『怪異』を眺める。これで本当に少しでも『脚』が弱体化しているのだろうか。半信半疑の感情のまま、陵は『脚』のある方へと視線を向けて、深々と溜め息を吐いたのだった。