Rookie Chase - 01

  水之登神社に新たな住人が増えた。――実際のところ、『陰陽連』から押し付けられた、というのが正しい。
 瑞代 燈依、と名乗ったまだ年若い『陰陽師』は、『陰陽連』から陵宛の手紙を携えて現れた。その手紙は要約すれば、「研修としてそっちで面倒見ろ」という内容である。そういうことは事前に連絡しろとは思ったし、手紙を読んだルキはにこやかにキレていた。どうやら仕事以外ではほとんど本部の外に出たことがないらしい燈依は驚くほど世間知らずで、さすがに放っておくわけにもいかない。何なら野宿で生活すると言い出す始末だったので、女性のことは分からないからと茅嶋家に連絡を取ってみたところ、諸手続きについては桜が快く手伝いを引き受けてくれた。お陰ですぐに住む場所が何とか決まり、思いがけないことを全く知らない彼女に様々なことを教えつつ、気付けば一週間が過ぎ去っていたのだった。

「おはようございますっ、本日もよろしくお願いいたします!」
「はい、おはようございます」

 一応は『陰陽連』からの派遣だ。何か裏があるのではないかという疑念は、勿論あった。あったのだが――ルキと二人で相談して出した結論は、「恐らく本部では手に負えない等の事情で、体よく外に出されたのではないか」というものである。当人からは悪意どころか邪気のひとつも感じられず、毎日甲斐甲斐しく仕事を覚えようと頑張ってくれている、ということしか感じないので。
 それでも念の為、本部にいる信頼できる伝手に頼んで情報収集を行いつつ、現在は主にルキが燈依に神社での仕事を教える、という形になった。一通り燈依の当面の生活基盤も整って、これからどうしていくかという段階で。

「ルーキー! おーい!」

 神社の下から響き渡った、聞き覚えのある声。明らかにトラブルが向こうから歩いてきた――としか言えないそれに、陵は頭を抱えたのだった。


「やっほールーキー」
「何しに来られたんです?」
「あの、お手に持たれてらっしゃる物騒なもの下ろしていただいても……?」

 陵が手に持っていた龍神の池の水が入った霧吹きを見て、ひい、と後退る男が一人。廃校を自身の『領域』とする『悪霊』、『校長先生キブレ』である。
  とはいえ、『校長先生キブレ』が陵を直接訪ねてくるのは珍しい。彼の性質上、どう頑張っても神社に入ることはできないからだ。何より、彼が何かを頼むときは陵ではなく、律を通してということが多い。

「ちょっとルーキー聞いてほしいマジで。ていうかあのね、これはルーキーに責任がある話」
「私にですか?」
「そう。ルーキーこないださ、あのヒス女に連れられて俺の『領域』通ってったじゃん」
「そんなことありましたっけ」
「あったんですよ」

 彼がヒス女、と呼ぶのは恭と共にいる『カミ』である『黄昏の女王アリス』のことだ。はて、と少し考えて、ひとつ心当たりを思い出す。少し前、『人造怪異』の村に行ったとき、とてもではないが相手にできない『カミ』が現れた。その『カミ』に殺されかけ、緊急の脱出手段として『黄昏の女王アリス』の力を借りることになったのだ。
 陵の記憶が正しければ、『校長先生キブレ』と『黄昏の女王アリス』は同じ『領域』を根城としている。そのため、移動の際に『校長先生キブレ』の『領域』を通ったということになるのだろう。

「とにかく、だ。お前らが通ってって、その後からうちに何かいるんだよ」
「というと、どんなのがいるんです?」
「何か……すんごいの来てる」
「はあ」
「はあ、じゃねんだよなあ」
「それをどうして私に言うんですか。あなたの『領域』の話ですよね」
「俺の強さを見くびんじゃねえよ」
「そうおっしゃるということは、強さに自信があるという……」
「逆! 逆ゥ! 分かってんだろうがよ!?」

 必死に訴えてくる『校長先生キブレ』に、陵は頭を抱えた。分かっている。彼は『領域』作成に長けてはいるが、戦闘に関してはさほど強くない。その上、悪さができないように某かの契約を律に結ばされている筈だ。それ故危険度は低いと見なされ、祓われることなく存在していられるような状態だ。

「頼むよルーキー、アレ追い出してくださいお願いしますぅ……」
「……ちなみに何で今回茅嶋さんじゃなく私に依頼を?」
「いや、最近りつえもんすげえ忙しいって聞いたから」
「……まあ……」

 ここ最近恭もトレーニングに来ていないことを考えると、恐らく海外でばたばたと仕事をしているのだろう。この時期に忙しいのは例年のことだ。

「私も忙しいのですが」
「いやでも、ルーキーの責任でもあるんだってば、今回の話は」
「記憶にございません」
「あれよ記憶に」

 どうにか断りたい気持ちの方が大きい。押し問答を続けている間に、かなり時間が経過していたのだろう。帰ってこない陵を心配したらしい燈依が、ぱたぱたと石段を下りてきた。人の気配に気付いた『校長先生キブレ』が燈依を振り返り、きょとんと目を瞬かせる。

「え、誰? 新しく雇った?」
「研修生です」
「中御門さん、こちらは……?」
「悪霊です」
「承知しました」

 瞬間、燈依の目の色が変わった。背に背負っていた長物――薙刀を抜き、目にも止まらぬ速さで『校長先生キブレ』に突きつける。ひえ、と悲鳴を上げた『校長先生キブレ』は、おずおずと両手を挙げた。

「いややめて何もしてないじゃん……何もしてない……」
「御覧の通り絡まれてしまいまして」
「成程。では消します」
「待ってやめて何これやめて!?」

 嘆願も虚しく、燈依の薙刀が振るわれた。寸でのところで何とか避けた『校長先生キブレ』は、その勢いのままその場に尻餅をつく。追撃をかけようとする燈依のことは止めておく。本当に倒してしまった場合、色々と面倒が連鎖するのが目に見えている。

「ルーキーマジ何考えてんの!? コイツ何!? 狂犬じゃん!? 暴力マシン!?」
「悪霊は滅するものです」
「何なんだコイツ悪霊ってだけで迫害してきやがって」
「あなたがいつまでも悪霊だからいけないのでは?」
「いけなかったの? 初めて知ったわ」

 刃は向けられたマンであるものの、燈依の追撃が止められていることは『校長先生キブレ』も把握したらしい。わざとらしい大きな深呼吸をしつつ、陵と燈依を見比べる。
 どlちらにしろl、この状況になっても『校長先生キブレ』に帰る気配はないのだ。どうしても陵に押し付けたい依頼なのだろうということは、さすがに分かる。

「……と、ともかく。俺はそんな悪い悪霊じゃなくて……いや悪くねえ悪霊って何だっつーのも分かるんだけれども……とりあえず落ち着いてくんない……?」
「私は落ち着いています」
「落ち着いてるヤツはそうやって薙刀構えたりしてねえのよ……。いやマジ俺の話聞いて?」
「とはいえ、何か来ていると言われましても」

 普段、『黄昏の女王アリス』の移動手段は恭もよく使っているという話だった。しかしこの前は、恭だけではなく陵も通ることになった――故に解れてしまった、ということになるのだろうか。
 事実として、この状況になっても『校長先生キブレ』が引かないことを考えると、相当困っているのは本当なのだろう。陵に責任の一端があるかどうかはさておき。
 受けないと言えば、恐らく『校長先生キブレ』はここに居座り続けるだろう。そうこうしているうちに律が戻ってきたら、今度は律にも相談を持ち掛け、最終的に結局自分のところに戻ってくるような気がする。となれば、どう転んでも引き受けるしか選択肢がないのだった。

「……ここに居座られても困りますので、仕方がないので、行きますが」
「めっちゃ話分かってくれんじゃん、助かる、ありがとうルーキー!」
「せっかくの研修中ですし、瑞代さん、一緒に行きましょうか」
「承知しました。まずはこの悪霊を倒せば良いですか?」
「ちげえよ!? コイツ何も話聞いてなくねえ!?」