Rookie Chase - 序幕
研修の話
瑞代 燈依は、物心がついた頃には既に『陰陽連』と呼ばれる場所の本部で生活していた。
日夜修行の日々を送り、『陰陽師』としての力を磨く。魔を祓い、悪霊を祓い、この世に存在してはならないモノを退治する。その為に生きているのだと教え込まれ、それ以外の世界は知らなかった。信じるがまま、言われるがままに生き、戦う。それ以外の道は示されなかったし、それ以外の道があることすら、燈依は知らずにいた。
「――お前は失敗だった」
24歳の誕生日。
師である『陰陽頭』に、厳しい表情でそう宣告されるまでは。
「外はこんなにも人がいるのですねえ……?」
行き交う人々が、狩衣にボストンバッグ、背に長物――認識阻害の符を貼った、彼女の武器である薙刀が入っている――を背負っているという、どうにも謎の出で立ちである燈依に視線を向けては足早に通り過ぎていく。とはいえ、燈依としてはいつも通りの格好だ。視線を向けられている理由も分からない。特に気に留めることもなく、燈依は手の中にある紙へと視線を落とした。そこには地図と、電車の乗り方が示されている。
燈依は24年間、一人で『陰陽連』本部の外に出たことがない。『怪異』退治で外に出ることはあっても車で送迎されていたし、常に師が傍にいた。新幹線に乗ったのも、電車に乗るのも、今日が初めてだ。――そして、こんなに大勢の人を見るのも。
歩きづらいな、と思いながらも、人を避けて目的地を目指す。お前には研修が必要だと言われ、『陰陽連』から遠く離れた神社に向かうように指示されている。師からの命に否と拒絶する理由も意味も、燈依は持たない。何よりどうやら師を失望させてしまったらしいことが怖かった。今後の為の修行として、一度『陰陽連』の庇護下から外れる。研修次第では再び『陰陽連』に呼び戻す、と師は言っていた。それであれば、できる限りのことをするだけだ。
しかし――本当に燈依は、一人で外を歩いたことがない。地図を頼りに何とか目的地に到着したころには、既に陽が暮れかかっていた。
「……ここかあ……」
見上げた階段、その先に神域は広がっている。穢れた気配を一切感じない澄んだ空気は、この辺り一帯を覆っているようだった。
水之登神社。
龍神が祀られているというこの神社は、『陰陽師』の宮司と『半人』の禰宜が切り盛りしているのだという。どういった人たちなのか、という燈依の疑問には、会えば分かるという返答があったのみだ。どちらでも良いから、預かった手紙を渡せばいいと言われている。
それにしても。
石段を登りながら、燈依は首を傾げた。あちらこちらから、やたらと様々な気配を感じる。悪い気配はないが、何せ数が多い。それだけ様々な神がこの神社に住んでいるのだろうかと思いつつ、石段を上がりきって鳥居を潜ると、境内の掃除をしていたらしい禰宜が驚いた表情で燈依を見た。気配から察するに、話に聞いていた『半人』の禰宜だろう。慌てて頭を下げれば、怪訝そうなお辞儀が返ってくる。
「初めましてっ、あの、陰陽連から参りました、瑞代 燈依と申します」
「――陰陽連から?」
禰宜の声に少し険しい色を感じ取って、燈依は首を傾げた。どことなく警戒されているような気がしてならない。ひとまず預かった手紙を差し出すと、少しここで待っていてください、と禰宜は社務所の中に入っていった。待っている間に挨拶をする時間はあるだろう、と燈依は境内を進む。拝殿の前で立ち止まり、作法に従って挨拶を済ませておく。
どれほどの期間、ここで研修をすることになるのかは分からない。それでも早く本部に戻れるように、再び師の期待に応えられるように。よくやったと褒めてもらえるように、二度とあの失望した声を聞かずに済むように。
「……頑張らなくちゃ」
呟いて。よし、と燈依は気合いを入れ直したのだった。