Mellow Respite - 閑話01

年末進行の話

 12月20日までには絶対に家に帰る。
 日本を発つ前に、そう決めてから海外での仕事を片付けていたものの、次から次へと起こるアクシデントに辟易してしまう。どうしてこうも問題は積み重なっていくのか。1つ片付ければ3つ問題が出てくる、というような状況に、律は大きく息を吐いた。一つだけよかった、と思うことは、「スケジュールの都合がつかなくなったからもう少し待ってほしい」という相談をリノにできたことだ。お陰で、モルテンとヘルトは未だにリノが振り回してくれている。今の状況であの二人の案件も降ってくると、さすがに分身の術でも習得しないと片付けられない。
 そして、極めつけは。

「マジで最悪」
「うわ久しぶりに見た」

 仕事を片付けてホテルに戻ると、テーブルの上に1枚の紙。見ただけで見たくもない、と思ってしまうそれは、『院』からの呼び出しだ。仕事を依頼したいので近日中に来訪を、という旨が記載されており、ここに更に『院』からの仕事かと考えると頭が痛くなる。さらさらと律の手の中で消えていく呼出状に、眉を寄せたのは恭だ。

「えー、それ律さん行かないといけないやつ?」
「まあ無視すると何されるか分かんないし」
「……俺、今年は律さん割と散々な目に遭ってると思うんすけど……」
「まあそれはそう」

 恐らく『院』が原因だろうと思われる事件には、既に幾つか遭遇している。恭が狙われたこともある、律自身も色々と身の危険を感じることが多々あった。それでも、『院』が原因だという証拠を押さえているわけではない。証拠をつかむ前に対策されてしまえば、こちらとしては手も足も出ない。
 故に『院』のせいで酷い目に遭ったと言ったところで、シラを切られてしまえばそれまでだ。それに現在『院』の『ロード』となっているロード=ブルー――レイラ=ブレイザーに、その辺りのやり取りで勝てる気がしない。勝ち目がない勝負をわざわざ挑むような状況でもないので、律としてはいつも通りを装うしかないというのが現状だ。

「どっか行けるタイミングあるかな……、あ、もちろん恭くんお留守番だよ」
「それも納得いかない」
「こればっかりはね」
「つか何で『院』って『ウィザード』の人たちしか入れないんすか?」
「うーん、俺もそんなに詳しくは知らないけど。最初の成り立ちが『ウィザード』の保護だった、って話は聞いたことある。諸説あるだろうけど」
「保護?」
「そう。さすがに恭くんでも、魔女狩りは分かるでしょ」
「……何かふわっと聞いたことある……ゲームとかで……」
「うん、そのイメージでいいよ」

 どちらかと言えば、それは異教徒狩りとも呼べるのだが。『院』の言うそれはまた少し話が違う。どちらかと言えば『カミ』と契約を結び彼らを従属させる、という形を取ることができる『ウィザード』は、それらにとって都合が悪かった。故に「契約前に殺してしまえばいい」という理論の下、大虐殺があった――というのが『院』の主張だ。それらから身を守るため、『院』は設立されたのだという。それが事実かどうかを、律が知るすべはない。そもそもいつ頃『院』が設立されたのかも不明なのだから。
 しかし、その主張については筋は通っている。『ウィザード』以外を通すことのない堅牢な防御。時空や空間を超越する存在であっても侵入を許さないかの場所は、見方を変えればいつだってその外側に怯えているようにも見えるのだ。時が経ち、そこに住まう人々も変遷し、現状律たちにとっては迷惑な組織と化してはいるが、それはごく一部の話。現在も『院』の中しか知らない『ウィザード』が、あの場所には相当数存在している。
 魔術の保護。研究、研鑽をする上での安寧。その目的自体は、ずっと喪われてはいない。

「俺も色々言うけどさ、どっかで何かおかしくはなってても『院』自体は存在すべきではあるんだよ、本当は」
「……迷惑しか掛けられてない気がするんすけど……」
「あはは、まあね。俺たちは『院』の外側で生きてる人間で、内側の人間にとっての最善を提示されても俺には違いますよーっていうのが、一生相容れなくて分かんないとこだったりもするしさ」
「むー……むずい……」
「そうだね、難しいね。……もうちょっと色々、変わっていけるのがいいんだけどな」

 組織は上に立つ人間で変遷する。それでも、慣習になってしまっていることはなかなか変えられない。内部の反発を招けば、上に立つ者であっても命の危険は当然ある――前『ロード』のように。
 どちらにしろ、現在こちらに危害を加えられているのは確かだ。証拠はなくとも、ある程度釘は刺しておかなければならない。呼び出されたついでだ、やんわりとクレームを入れる程度のことは許されるだろう。証拠を掴んだそのときは、決着はつけたいところだが。
 さてどこのスケジュールを調整しようかと考えて、律は大きく息を吐いたのだった。