Mellow Respite - 05

 ひとまず『カミ』を狙っているモノについては解決したので、律は空き地に戻っていた。天弥にコンタクトを取って結界の中に入れてもらい、御神体造りを手伝うことにする。
 半日でできると言っていただけあって、天弥の作業はかなり進んでいた。律は空き地にまだ散らばって残っていた小石を拾い、次々に天弥に渡していく。少しずつ形になっていく灯籠は、何もせずとも少しずつ光を帯びるようになっていた。完成が近づくにつれ、『カミ』が力を取り戻しているのだろう。

「茅嶋さんに雑用してもらうの、変な感じしますね」
「そ? 俺としては別にこれくらいって感じだけど」
「ふんぞり返って指示出してそうなイメージすごい強いので」
「うーんそのイメージ嫌すぎる……」

 そんな軽口を叩きつつ、陽が傾き始める頃には無事に灯籠が完成した。中で白い光が穏やかに輝いている。

『ありがとう。手間を掛けたな』
「ああ、やっとお話しできるようになりましたね。明木 天弥と申します」
『知っている。子供たちを勝手に借りていたこと、謝罪させてほしい。他に手段が思いつかなかったとはいえ、申し訳なかった』
「いえ。いつも子供たちを見守っていただいて、感謝しております。今まで気付けず、大変申し訳ございません」

 言いながら、天弥は灯籠に恭しく頭を下げる。同じように律も頭を下げると、いやいや、と焦ったような声が聞こえた。
 これからのことについて天弥が話し始めたので、一旦律は引いておくことにする。勝手に提案してしまったことではあるが、施設長は飽くまでも天弥だ。引越しに関しても、実際に動くのは天弥になる。律にできるのは、必要に応じて手助けをすることだけだ。
 ――無事に引越しが完了したら、恭にもきちんと紹介しておくべきだろう。恭のことだ、何も気付いてはいないだろうが、助けられたと聞けば礼を言いたいはずなので。
 話を終えた天弥はそのまま引越しの準備を始めた。時間をかけて然るべき手段を踏み、それから灯籠を抱える。戻りましょう、という天弥に頷いて、律は空き地を出た。

「こういうのって基本『陰陽師』の管轄だと思ってたな。天弥さんもできるんだね」
「神ですから」
「いや『エクソシスト』でしょ」
「ふふ。神職に関わることは西洋東洋問わず一通り学びましたし。存在としてはそれなりに近しいという考え方をすれば」
「あー……まあそう言われると……?」

 とはいえ、持っている力の種類はかなり違うような気もするが、その辺りは律は門外漢だ。そもそも天弥の『エクソシスト』としての力を他と同一視していいのかどうかも分からないので、真面目には考えないでおくことにする。
 そうして施設に戻ってくると、玄関を開けた瞬間に子供が二人、ばたばたと走ってきた。遠くからこら、と叫んでいる恭の声が聞こえる。

「おかえりあまね!」
「ほんとだ! あまねがひかちゃんつれてきた!」
「ひかちゃん?」
「君たちはこの方をひかちゃんと呼んでいたんですね。……何で神に内緒にしてたんです」
「あまねだもんねー」
「ねー」
『はは。ぴかぴか光るからひかちゃんね、と言われてな。子供らしくてよい』

 楽し気に灯籠の中の『カミ』が笑う。わずかながら、きちんと子供たちとは意思疎通ができていたようだ。子供たちに名付けられて認知されたことで、その存在が補強されたというところだろうか。
 少し遅れて、ばたばたと恭が現れた。ひょいと誌槻と美海を捕まえて、もー、と困ったように笑ってから、律と天弥に視線を移す。

「おかえりっすー。天弥さん何持ってるんすか?」
「御神体です」
「ゴシンタイ?」
「後で説明するよ。とりあえず、俺は夕飯の用意しようかな」
「やったーぱぱのごはん!」
「おむらいすー!」
「わあメニュー決められちゃったな……?」

 きゃっきゃと喜ぶ誌槻と美海に、3人で顔を見合わせ。その姿に、灯籠がきらきらと白い光を溢したのだった。


『大変美味い飯を久方ぶりに頂いた。有難う、心からの礼を』
「いえ。喜んでいただけたなら、それが何よりです」

 夕飯の後。子供たちの世話に追われる天弥と恭を横目に後片付けをしていると、灯籠から光が出てきて律の隣にふわりと浮いた。手を止めようとしたところそのままでと言われたので、ひとまず洗い物を続けることにする。普段に比べると人数が多いので、どうしてもこういったことでも時間は掛かる。
 灯籠に関しては明日、一旦施設内の空き部屋を居室にすることが決まった。然るべき安置場所を作るとなると、どうしても時間が必要だ。今後、大樹と相談しながら相応しいものを用意する、ということで話はまとまったらしい。律と恭はもう一晩施設に滞在し、何も起きないことを確認できたら依頼を完了と見なすことになった。

『主には何から何まで世話になったのだ。せめて食事の礼をさせてほしいが、何か我にできることはないか?』
「本当にお気になさらず。俺としては恭くんを助けていただいただけで本当に充分すぎるくらいですし、これからこの場所を見守っていただけるというだけで有難いと思っていますから」
『ううむ……それでは我の気が済まぬ……あの子も大層礼を言うてくれたし……』

 困惑した声に、律は笑う。この『カミ』が、恭が悪夢を見ないようにしてくれたのだと説明したところ、こちらが笑ってしまいそうな程に礼を言う恭に、『カミ』はかなり恐縮していた。それほど礼を言われることも今まであまりなかったのか、或いは既に遠い昔になってしまったか。
 この先恭が何度も苦しみ続けることを、少しでも楽にしてもらえた。本当に律にとっては充分な対価で、非常に価値があることだ。

『……昨夜も言うたが、主は良いのか?』
「俺、そんなにひどい感じに見えます?」
『常日頃己を殺すことに慣れておる者は、己は見えておらぬよ』
「……それは、そうですね」

 きゅ、と蛇口を捻る。溢れ出した水が、声を沈めていく。
 この『カミ』は、純粋に律のことを心配してくれている。それほどまでに精神的に疲弊しているつもりはないが、それが既に――と言われてしまえば、返す言葉はない。
 少しだけ考えて、律はそのまま首を横に振った。そうか、と残念そうな声が耳に届く。

『気が変わったらいつでも言うが良い。主の頼みであれば引き受けよう』
「……ありがとうございます。いつかはお世話になる日が来るかもしれません」
『嘘吐きな男だの』
「あはは。よく言われます」

 いつか――そんな日が来た日の自分は、一体どうなっているのだろう。
 一瞬だけそんなことを考えて、律はゆっくりと息を吐いた。


 無事依頼を完遂したことを確認し、律は恭と共に茅嶋家に戻っていた。芹を交えて今後のスケジュール感を確認し、じゃあまた明日、と恭が帰った後。

「……恭ちゃんが元気になったと思ったら、今度は茅嶋くんが元気ないですねえ」
「え」
「私も思ってたんです」
「……あらー」

 芹の言葉に、険しい表情で桜が頷く。桜が言いやすいようにと、芹が話題にしたのだということにはすぐに気付いて、律は苦笑した。恐らく二人とも、律を逃がすつもりがない。
 先日憂凛に問い詰められたことから考えても、今の律にはさほど余裕がないのだろう――と他人事のように考える。或いは先日の律が狙われた事件が尾を引いている、という考え方もできるかもしれない。
 何にしろ、心配を掛けてしまっている。かと言って、話せることはそれほど多くない。見ようによっては、まだ何も始まってはいないのだ。

「別に何があったって訳じゃないんだよ。それは本当」
「……では、何か言われたとか、そういうことですね?」
「鋭いなあ。……まあでも、そうだね。昔、モニカさんに似たようなこと言われたなーって」

 かの『エクソシスト』が所在不明の状態となって、もう随分と経つ。事情が事情であることもあり、律は現在、一切彼女と連絡を取ってはいない。
 それでも、今でもよく覚えている。一見無表情な彼女の、悲しそうな忠告を。
 ――感情を殺すことに長けるのはやめろと。ただ一言の、心からの言葉。

「あー、なるほど、それはあれですね? 茅嶋くんがまーた悪いこと考えてることがバレた的な」
「人聞き悪いなー」
「何か困っているのでしたら、話していただけませんでしょうか……」
「困ってないよ。俺は目の前のこと片付けてってるだけだしね」
「ご自身のことをきちんと考えた上で、動かれていますか」
「勿論」

 桜の真っ直ぐな問いから、律は目を逸らさない。それが何を意味することか、知っているから。
 そのやり取りに、芹が笑う。少しだけ、呆れたように。

「……よく分かった。茅嶋くん、それ本当に良くないですよ」
「何が?」
「分かってるくせに。悪い男ですねえ」
「ひどいなあ」

 笑ったところで、何も変わらない。視界に映る不安げな表情の桜に、胸は痛む。
 ――こうして隠してしまうから駄目なのだろうなということは、理解しているつもりなのだが。
 離すべき相手には、情報は共有できている。かつてのように一人でどうにかしなければ、と思い詰めているわけでもない。来るべきときに備えて、少しずつ準備は進んでいる。そして願わくば、全て杞憂で終わってほしい。馬鹿げた心配だったと笑える未来であってほしい。
 叶わないと知っていながら、そんな未来をずっと、望んでいる。

「……大丈夫だよ、桜。いつも心配させてごめんね」
「いつか……きちんと、話してくださいますか」
「今でもちゃんと話してるつもりなんだけどなあ。桜を不安にさせたいとか、そんなつもりは全くないよ」
「……分かりました」

 絶対に納得はしていない。それでも頷いた桜に、芹は大きな溜め息を吐いて。

「――これ以上度が過ぎるようならぶん殴るぞ」
「こわい」