Mellow Respite - 04

 翌朝。久しぶりによく寝れた、と笑う恭の顔色が良かったので、ひとまず昨夜のことは黙っておくことにした。あの『カミ』が恭に対して、悪夢を見ずに済むように取り計らってくれたことは想像に難くない。このところの恭の様子から考えても、本当にあまり睡眠を取れていなかったのだろう。
 出勤してきた職員と共に全員の朝食を終え、今日の予定を確認。子供たちのことを恭と職員に任せ、律と天弥は別行動があることを伝えると、恭は渋々ながらも頷いてくれた。

「律さん子供の面倒見るの苦手だし、しゃーないすねえ」
「まあそうなんだけど……危ないことはしないよ、大丈夫」
「えー、ほんとっすか?」
「俺マジで信用ないな」
「日頃の行いが悪いんすよ」

 返す言葉もなかった。
 恭に見送られ、まずは天弥と二人で昨夜の空き地へと向かう。土地自体に特別な力は感じず、あちこちで雑草が生い茂っているだけの空き地だ。何も知らなければ特に引っかかることもなく、素通りしてしまいそうな場所。

「あー。依代がいないとお話は難しいかな」
「でもいらっしゃるのは分かるでしょ」
「ええ、集中していれば」

 律の言葉に、天弥が頷く。吹けば消えてしまいそうな微弱な気配。知っているからこそ何とか掴める程度だ。
 お邪魔しますと頭を下げてから、天弥は空き地に入っていく。きょろきょろと少し周囲を見回して、屈み込んだ先で手に取ったのは、石造りの小さな灯籠だった。

「土地に残っている小石に少しずつ力を込めて、本当に少しずつ造られていたということですね」

 呟く天弥の声は柔らかい。子供たちは、この土地にある石を集める役割をしていたのだろう。少しだけ子供たちの力も借りながら土地にある小石を集め、御神体となる灯籠を造る。その作業のために、夜な夜な子供たちを借りていたということなのだろう。

「天弥さん、何とかできそう?」
「考えていたよりも完成してます。神が力を貸せば、この程度の大きさであれば半日程度で」
「さすが。じゃあそっちは任せます」
「お気をつけて」

 ぺこり、と天弥が頭を下げると同時、その姿が見えなくなった。『サンクチュアリ』を用い、空き地全体に結界を張ったのだろう。余計な邪魔が入らないようにということだ。周囲を警戒するよりも、そちらの方が話は早い。
 さて、と律は周囲を見回す。神経を研ぎ澄まし、周囲の気配をひとつずつ探っていく。慌ててばたばたと逃げていく小さな気配に用はない。捉えるべきは、それなりの力を持つ存在だ。

「――あっちか」

 暫しの集中の後。ひとつの気配を捉えて、律はそちらへ足を向けた。周辺は住宅街が続いている。十数分歩いてそこを抜ければ、目の前に広がったのは公園だ。時間帯が日中であることもあり、老若男女問わず人の気配があちこちにある。そちらは特に気に留めることもなく、ぐるりと公園の中を見回す。人の気配に紛れ込もうとしたところで、それは無理な相談だ。
 足を向ければ慌てて逃げ出そうとするその気配に対して、律は小さく口笛を吹く。展開した不可視の壁に何かがぶつかる感触がして、もう一度口笛。ごん、がんと派手にぶつかる感覚に思わず苦笑する。それが人気のない植え込みの近くであったこともあり、律はその場に屈み込んだ。

「……悪いこと企んでるの、君かー」
「ひえ」

 そこにいたのは、猫。野良猫を装った『怪異』であることは、見ればわかる。にこりと微笑んでみせてから、律は近くのベンチに腰を下ろした。猫は何とか逃げようと試みているが、律が創り出した不可視の壁に阻まれている。

「何で茅嶋がいるんだっ、聞いてないぞ!」
「え、俺の情報あまりにも筒抜けすぎない? まあいいや。俺としてはあの土地の『カミ』から手引いてほしいなって交渉しに来ただけなんだけど」
「せっかくの獲物を横取りしようってのか」
「そうだねえ、ごめんね。でも今後あの『カミ』取り込んでヒトに悪さしようってなら、俺は君を今ここで消すけど、どうする?」

 この『怪異』は、それなりに力を持っている。それこそあの『カミ』を取り込めば、驚異的な存在になりかねない。簡単には引かないことは分かっている。実際、涼しい顔をしてはいるものの、律としても壁を維持するのが精いっぱいだ。気を抜けば、すぐに壊されかねない。
 それでも、こちらが圧倒的に優位にいると思わせること。それもまた、一つのやり方だ。

「っ……手を引けば見逃すのか? 本当に?」
「『ウィザード』だからね、約束は守るよ。だから今日のところは見逃してあげる。とはいえ遭っちゃったから、この先ヒトに悪さしようってならそのときは容赦しないよ」
「……最悪だ……」
「あはは。俺最近こっちに来てなかったからね、油断してたか。どちらにしろこの辺は縁のある土地だからね――荒らさせないよ」

 せっかく、大樹が少しずつ形にしている夢だ。将来どうなっていくかは分からないが、ここでくだらないことで水を差されたくはない。

「今なら見逃してあげる。代わりに君は消されずに済む。俺は戦わずに済む。ウィンウィンだと思うなあ」
「……なら代わりの獲物を寄越せ」
「できない相談だな。アレと同等のものを用意しろっていうのは無茶だ」
「やっと見つけた獲物なのに、何でお前に奪われなきゃいけない」
「俺が来る前に仕留めきれなかった君が悪い」
「っ……」
「どうする?」

 努めて冷静に。主導権を手放さないよう気を付けながら、律は呟く。数秒黙りこくった『怪異』は、ひどく嫌そうに一声鳴いて。
 視線を向ける。目が合う。にこりと笑った律は、そのまま指を動かした。途端、猫の首に青い首輪が現れた。慌てたように首輪を掻いたところで、その首輪はもう外れない。

「お返事ありがとう」
「おまえっ……!」
「気をつけなくちゃ。相手は『ウィザード』なんだから」

 微笑んで。律はそのまま、不可視の壁を解除したのだった。