Mellow Respite - 03

 天弥が起きてきて代わりに恭が就寝し、そして時計の針が2時を回る頃。
 時間潰しに今後受ける予定の仕事を確認していた律は、不意に違和感を感じて顔を上げた。術式がほんの一瞬揺らぎ、何かが引っかかったような感覚。すぐに消えてしまったが、何かが現れたことは間違いない。

「天弥さん」
「いらっしゃいましたか。子供たち見てきます」
「じゃ俺は颯花ちゃんの部屋確認してくるね」

 感じたものが確かなら、誰かがいなくなっているはずだ。颯花の部屋を訪れ、そして颯花がすやすやと眠っていることを確認してから戻ると、大部屋から天弥も戻ってきた。

「予想通りかな。柳川さんがいなくなりました。あと誌槻しづき。二人いません」
「……それはお優しいことで」

 今の状態であれば、恭は必ず巻き込まれる。そう踏んだのは、間違いなかったらしい。
 ここに『黄昏の女王アリス』がいれば烈火の如く怒られただろうが、今回彼女はこの場所に入れないこともあり、留守番だ。助かったな、と思いつつも、律は用意しておいた術式を展開していく。
 誰がいなくなるか分からない子供たちよりも、恐らくいなくなるであろう恭を追跡できるようにしておいた方が話は早い。

「……ん。『領域』に閉じ込められたとか、そういうのじゃないな。外か」
「近辺ですか?」
「うん……、いや、待って」

 集中しても力が干渉しあっているのだろう、どうしてもノイズが多い。それでも何とか気配を辿って、律は眉を寄せた。
 ――移動している。そしてそのスピードは、どう考えても徒歩だ。

「俺、追いかけてみる。天弥さんは子供たち見ててね」
「よろしくお願いします。何かあれば呼んでもらえれば」
「うん、ありがとう」

 家の中を空にするわけにはいかない。天弥一人では、家の外まで探し回るのは難しかったはずだ。探すために家を空けてしまえば、他の子どもたちを危険に晒すことになってしまうので。この事象自体に危険はないという判断はしている。だが、きちんと確認するまでは確証を持てない。それもあって、天弥は大樹に相談することにしたのだろう。
 さすがにこの時間帯だ、外は静かなものだった。時折遠くの方で車が通る音が聞こえる程度のお陰で、気配を追うのはさほど難しくない。
 追いかけること十数分。裏道に入り込んだ先の空き地に、恭がいた。その隣には、恭と共に居なくなった子供――誌槻。二人は手に何かを持っているようだが、表情までは窺えない。

「……恭くん? 誌槻くん?」

 どちらにしろ、ここまで来ていれば向こうも律の存在には気付いているだろう。声を掛けると、反応したのは誌槻だった。慌てたようにくるりと律を振り返ったその小さな手には、幾つかの石が乗っていた。その石が、ぼんやりと光を帯びている。
 呼びかけに反応しない恭は、その場に膝をついたままぼおっとしているようだった。その手にはやはり、幾つかの光を帯びた石がある。

「ああ、とうとう突き止められたか。すまない」
「……貴方は?」

 誌槻の口から聞こえた声は、誌槻の声ではない。しゃがれた男性の声に、律は屈み込んで誌槻と視線を合わせた。誌槻の瞳は茫としていて光がない。何者かが誌槻の身体を借りている状態なのだろう。――だから記憶がないのだ、と合点する。

「……すまない。我はずっとこの地に住んでいたモノだ」
「こちらの空き地に……ですか?」
「以前までは立派な家が建っていたのだ。老衰で家主が亡くなり、我も祠じまいだときちんと儀式をしてもらったのだが……どういうわけか、少し残ってしまってな……」
「ああ……儀式をした者が未熟でしたね、申し訳ございません。ですが、ずっと残っていられるようなものではなかったのでは?」

 祠も、世話人も失った神の残滓。消えるつもりがなくとも、そのまま失われてしまうのは珍しいことではない。繋ぎとめるものが何もなければ、存在を保ち続けることは難しいからだ。
 そこまで考えて、ふと気付く。この場所は、施設からさほど離れてはいない。そして子供たちは皆、何かしらの力があり『視える』者たちだ。消えかけていた残滓を視認し、縁を作っていた可能性は高い。

「……いや失礼、合点しました。この子たちが貴方を繋ぎ止めたんですね」
「そういうことになるのだろうな。それもあって、この子らを暫し見守っていたのだが」
「……何か起きたんですか?」
「本当はこの子らを巻き込むつもりはなくてな。いや、こうして巻き込んでいるだろうと言われたら、返す言葉もないのだが」

 どう話せばいいのか、困っているのだろう。困惑した表情になっている誌槻を――その中にいる『カミ』を急かすことなく、律は次の言葉を待つ。、ややあって、何もない背後を振り返った誌槻が手を翳した。瞬間、あちこちがぼう、と光り出す。恐らく、恭や誌槻の手にある石と同じものだろう。

「この子らに、集めるのを手伝ってもらっている」
「何かきっかけが?」
「喰われそうになってな。この子らのことも気に掛かる、我としては消えたくない、と考えてしまった」
「なるほど。ではこの子たちの力を借りて……石を集めて、御神体を造ろう、といった感じでしょうか」
「うむ。その対価として、怪我や病を取り除いておる。本来は相談すべきところを、勝手なことをしていて申し訳ない」

 深々と頭を下げる誌槻に、律は首を横に振る。恐らくこの『カミ』を知覚できていたのは、子供たちだけだったのだろう。天弥に相談しようにも、その手段がなかったのかもしれない。
 今、こうして律が誌槻を通して話せているのは、恐らくこの土地まで追いかけてくることができたからだ。元々祠があったのがこの土地なのであれば、ここなら多少力が取り戻せるといったところなのだろう。

「……話は分かりました。でしたら御神体が完成次第、引越しする形が一番ベターでしょうね」
「引越し?」
「はい、子供たちと共にいられるように。せっかくの縁です、この子たちの守り神として新たな生活をしてみるのはいかがでしょう?」

 何より、ここにはもう祠がない。次にこの土地が何になるかも分からない。今の状況であれば、住処を移してしまった方がこの『カミ』の為になるだろう。子供たちのことが気になっているのなら、この先も見守れるように。
 律の提案に、ぱちぱちと誌槻は目を瞬かせ。ふわりと表情が柔らかくなり、そのまま深々と頭を下げた。
 
「……かたじけない。そのようにしてもらえるなら、それが一番有難い」
「お任せください。となれば差し当たっての問題は、貴方を喰らおうとしている存在ですね」
「何とかしてもらえるなら非常に有難いが……、しかし対価はどうすれば良い?」
「対価なら」

 ちらり、と恭の方に視線を向ける。相変わらずぼんやりとしている様子の恭は、恐らく完全に意識がない。目が覚めたところで、恭自身どうしてここにいるかなど分からないだろう。
 あの家に住む子供たちではない。しかしこの『カミ』は、傷ついている恭を放ってはおけなかった。だから子供でもないのに、恭を助けようとここまで連れ出してくれている。
 ――だからこそ。

「……この子が、もう少し楽に息ができるよう、助けてあげてください。俺にとっては、それが何よりの対価です」
「心得た。……有難う、魔術師」


 ひとまず今日のところは、ということで恭と誌槻を返してもらい、律も施設へと戻っていた。何事もなかったかのようにすやすやと眠っている二人を確認してから、事の次第を天弥に報告する。

「あの空き地にそのような方が……。時折子供たちを連れて散歩に行くときに、よく前を通るんですよ」
「なるほどねえ。子供たちはそのときに会ってたってことか」
「交渉いただきありがとうございました。神としても、神の他に子供たちを見守ってくださるモノがいるというのは喜ばしいことだと思います。ということで、是非とも引っ越してほしいなあ」
「その辺りは勝手に言っちゃってごめんね」
「茅嶋さんがそう判断してることには、神に異論はありません。何より今後のことを考えてもその方がいいな。人手が増えるのは喜ばしいし」
「人手……ではない気もするけど……」

 とはいえ実際問題として、天弥が『エクソシスト』として一人で子供たちを守り続けるのも限界がある。今まで何もなく無事に運営してこられた方が奇跡的だった、というべきかもしれない。
 あの『カミ』が無事にこの施設に引っ越すことができて、そしてこの地の守り神に近しい存在になることができれば、天弥もできることが増えるはずだ。何より天弥は『エクソシスト』なので、その信仰の力は強い――彼自身の信仰の対象はともかく。

「というわけで問題は、その『カミ』を喰らおうとしているモノ、だね」
「御神体も家も持たない『カミ』であるにも関わらず、子供たちに干渉して操り、怪我や病を治せるほどの力がある存在です。元々かなりの力を持っていた存在なのではと推察しますが」
「そうだね。それだけ祠の世話をしてきた人も信心深かったのかなと思う。そりゃあ喰らうことができれば美味しいだろうねえ……、心当たりは?」

 律の問いに、ふむ、と天弥は考え込む。それほど力のない『怪異』では手が出せないであろうことを考えると、相手はそれなりの存在だ。だが日ごろから、天弥は子供たちに害がありそうな『怪異』を放置するようなことはしていないはずだ。出遭えば祓っているだろうし、それを警戒して『怪異』が天弥に近づかないこともあるだろう。

「……まあ少なくとも、茅嶋さんが対処できないような大物はいないかな」
「了解。じゃあ明日は近辺回ってみるか……。天弥さんは御神体の方お願いできる? 半分くらいは完成してると思うから」
「承知しました、やってみましょう」

 まずは御神体を完成させ、しかるべき手順を踏んでこの施設まで運んでくる必要がある。その準備をしている間に『カミ』を狙うモノを退治することができれば、それが最善だろう。
 ふ、と息を吐いて。――ふと、あの『カミ』に言われた言葉を思い出す。

「……」
「茅嶋さん? どうかされました?」
「……いや、ちょっと考え事してただけ。俺もそろそろ明日に備えて寝るかあ……」
「そうしてください。後のことは神にお任せを」
「うん、じゃあよろしくお願いします」

 天弥に頭を下げて、寝室に向かいつつ。頭の中でぐるぐると回るのは、別れ際に『カミ』に言われた言葉。
 酷く心配そうな表情をした誌槻のその小さな手に、背を撫でられて。

『我としては、主も癒すべき者と考えるが。余計な世話か』

 どこか悲しそうな言葉がぐさりと突き刺さって、上手く反応できないまま。

「……そこは自覚させられたくないんだよなあ……」

 ぼそりと呟いた言葉は、深夜の闇の中へ落ちていく。