Mellow Respite - 02
通常、『エクソシスト』とは『魔を祓う』力を持つ者として扱われる。それゆえに悪魔に狙われるという因果な能力ではあるが、信仰により唯一神から力を授けられる者、という認識が一般的だ。
――なのだが、天弥の場合は少し事情が異なる。何故ならば、彼が信仰している神というのは、彼自身だからだ。自身を信仰するあまり『エクソシスト』の力に目覚めるというよく分からない背景を持ちながらも、幼稚園教諭として生きていた。たまたま律の伝手の一つと彼が繋がっており、大樹が施設を作るとなったときに打診してみたところ、二つ返事で引き受けてくれた。変わり者同士大樹とは気が合ったようで、施設の運営は上手くいっているのだから、そういう縁だったのだろう。
「なんもわからん」
「大丈夫、俺も今でもよく分かってないから」
「ひどいな茅嶋さん。何度も言ってるじゃないですか、神は神である。それだけです」
「まあそういうこともあるんだなでいいと思う。それ以外はまともな人だから。この施設来てからはっちゃけてるだけだから」
「流した上にひどいことを言われたような」
「お、おう……」
部屋の一角に腰を落とし、天弥が入れてくれた茶を飲みながら、まずは恭に対する事情説明が始まった。笑いながら一緒に話に参加していた颯花は、2階から派手な音が聞こえて席を外している。今現在、この施設で一番年上の子供が颯花だ。自然と下の子供たちの面倒を見るようになり、年齢よりもしっかりした印象が強い。
混乱しつつもそういうもんすか、と頷いた恭を、じっと天弥が眺める。その視線に気付いた恭が、きょとんと首を傾げた。
「俺の顔、何かついてるっすか?」
「ああ、そうじゃなくて。今回茅嶋さんが神の相談を受けてここに来てくれた理由が分かったなと」
「へ」
「そこは副次的な話だし、本題ちゃんと聞いてもいいかな。大樹くんからさらっとしか聞いてないから」
「あの人は本当に罪深い方だな……」
雑談で時間を潰している場合でもない。こほんと咳払いをしてから、天弥は現状について話してくれた。
見張っていても、瞬きの間に子供たちが布団から消えてしまう。監視カメラを仕掛けていても同じで、何も映ってはいない。そして消えるときと同様、気付いたときには布団に戻ってきている。子供たちがいなくなるのはせいぜい一人か二人で一気に全員いなくなるようなことはなく、日によっては何も起きない日もあるとのことだった。
「子供たちってみんな一緒に寝てるんすか?」
「颯花以外はそうかな、大部屋で全員一緒に就寝という形を取ってます。颯花はさすがに年頃になってきたので、今は一人部屋で。将来的には他の子と二人部屋になるかなと思ってるけど」
「んで、颯花ちゃんもいなくなったりするんすか?」
「例外なく。夜の見張りは各部屋行ってます、当然いなければ気付きます」
「大樹くんから、怪我が治ってたり顔色が良くなってたりするって聞いたけど。その辺りはどう?」
「怪我をしていたり、少し体調を崩したりしていると、その日の夜は必ずいなくなる――というのが正しいかと」
「成程ね……」
何が原因なのかは分からないが、何らかの干渉はある。それは天弥がこの場所に巡らせている『聖域』の結界を潜り抜け、子供たちを何処かへと連れていき、そして施設に帰している。
施設を運営するという話を聞いた頃のことを思い出す。場所については、大樹は慎重に選定しているはずだ。管理者として『エクソシスト』を求めていたのも、『サンクチュアリ』の力を用いて『怪異』が近づくことのないよう対処できるからこそ。となれば、やはり干渉してきているのは悪しきものではないだろう。
「……となると今回、天弥さんは挨拶がしたいと、そういうことでいいのかな」
「まずはそうですね。神としてお礼を申し上げなければ」
「了解。ということで恭くん」
「え、俺? 何すか?」
きょとんとしている恭は、完全に何も分かってはいない。ぱちりと瞬く恭にうん、と小さく頷いて。
「施設の臨時職員、頑張ってね」
「何で!?」
全く意味が分かっていなくとも、こういった場所と恭の親和性は非常に高い。天弥の案内で子供たちを紹介され、一時間もしないうちにもう全員と仲良くなっていた。二児の父親であるということもあるが、昔から恭は子供の扱いが上手い。
「すごいな、柳川くん。美海なんかは非常に警戒心が強い子なのに」
「同じ目線でいられるし、この人は警戒しなくて大丈夫だって思わせるのが上手いんだろうね。まあ本人としては何も考えてないと思うけど。何なら子供たちに自分たちより年下だと思われてそうだけど」
「それも一種の才覚です。神にはできないことなので、羨ましいな」
一方、律は天弥と二人で施設の中を確認して回っていた。恭に子供たちを見ていてもらえば、天弥も自由が利く。ここは天弥の他に職員が二人勤務しているが、どちらも力を持たない者であるという事情もあり、なかなか天弥が子供たちから離れるのは難しいのだ。何かに襲われる危険性は低くとも、子供たちの力が暴走してしまう危険性は常に付きまとっている。
施設とはいえ、もともと二世帯住宅として建てられていた家を改築した状態だ。全員が過ごすスペースとなっている広いリビング、トイレは計4つ、風呂とキッチンは2つずつ。そして子供たち用にと割り当てられている部屋が、空き部屋も合わせて6つ。事務仕事等を行うための執務室と、天弥の居室が1つずつという形になる。どこも異常らしい異常はなく、特に気になる箇所もない。
「ちなみに、怪我した子とか調子悪い子だけがいなくなるってわけじゃあないよね?」
「はい。怪我や調子が悪いという事由がある子は優先していなくなる、という感じが正しいかな。そういう子がいないときはランダムと考えていいかと」
「事象が始まったのはいつ頃?」
「2か月程前です。……子供たちが全員軽い熱中症でダウンした日があって……」
「あー。信用を失っちゃったわけだねえ」
「はっきり言われると神だって傷つくんですよ」
苦笑する天弥に、律は肩を竦める。
恐らく相手は、守り神のような存在だ。天弥と同様に、子供たちを見守るモノ。熱中症をきっかけとして、天弥だけには任せていられない、と手を出すようになったと考えるのが自然だろう。
分からないのは、子供たちがいなくなる理由。そして、子供たちが何も覚えていないこと。
「とりあえずはお目通りしたいね」
「信用を失っているとすれば、神では会えないかと」
「ちゃんとごめんなさいした?」
「しましたが、結果は特に変わらないかと。何処にいらっしゃるのかもさっぱり」
「そうだね。まずはそこからだなー」
一通り回ったところで、恭と子供たちの様子を確認する。部屋の中からはきゃっきゃと楽しそうな声。子供たちの中心で、恭がにこにこと相手をしているのを眺めて。
――きっと彼にはこういう道もあったのだろうな、という考えが頭を掠めて、振り払う。そんなことを言えば、恭が怒り出すことは、嫌というほど知っている。
さて、と気持ちを切り替え、術式を構築。ふわりと家中に張り巡らせたのは、探知のためのものだ。ひとまずは、相手が引っかかってくれることを願うしかない。何も分からないとしても、それはそれで次の手を考えるきっかけになる。
「今日、俺と恭くんここに泊まって大丈夫?」
「勿論。……柳川くんは子供たちと寝かせる感じで?」
「そうだね、一応。何かあってもそれはそれで対応できるだろうし」
「では準備を。……ところで茅嶋さん、不躾ながらお願いが」
「夕飯の用意でしょ、任せろ。キッチン借ります」
「めちゃくちゃありがたすぎる……よろしくお願いします……」
全員で夕飯を食べ、子供たちを順番に風呂に入れ、パジャマに着替えさせ、あれこれとやることをやらせて、就寝。
颯花は自分でやってくれるので助かるが、他の子どもたちがまだ5、6歳程度だ。一人でできることは限られている上、勝手気ままにはしゃぎ回る年頃でもある。この時間になれば職員もいない。いつも天弥一人では手が回らないため、そういったことは颯花が手伝ってくれているとのことだった。もう一人くらい常駐できる職員がいることが望ましいが、なかなか難しい話だ。
21時頃には何とか全員を布団に叩き込み、ようやっと一息。ずっと子供たちの相手をしていてさすがに疲れたのだろう、恭がリビングの床に大の字で寝転がっている。
「お疲れ、恭くん」
「まーじで疲れた……何百回『変身』したか……」
「あはは。でも楽しそうだったね」
「うちの子たちも大きくなったらこんな感じになんのかなー、とか考えてたら楽しみになってきちゃってえ……」
「あー、気持ちは分かるかも」
憂生も玲生も、そして咲もあっという間に子供たちと同じ年齢になるのだろう。まだまだ先のようで、しかし月日の流れは早い。
よいしょ、と体を起こした恭が、大きく伸びをして。その瞳が、きょとんとした表情を浮かべて律を見る。
「んで、これからどうするんすか? みはり?」
「天弥さんが見張ってて分からないなら、俺たちが見張っててもそこは一緒だよ」
「えっそうなんすか? あれ? てっきり夜通し起きとくのかと」
「俺は起きてるつもりだけど、恭くんは寝ていいよ。日中天弥さんと話して、子供たちと一緒に寝てもらおうかってことで話はついたし」
「絶対駄目なやつじゃん、そこは律さんも寝て!」
「恭くんが起きたら交代してよ、どうせ5時には起きてるでしょ。天弥さんは今寝てるし」
「交代制っすか。でも俺まだ眠くはないなー」
普段であれば、これから仕事となってもおかしくはない時間だ。天弥は日付が変わる頃には起きると言っていたので、そのタイミングで恭に布団に入ってもらえばいいだろう。
以来として引き受けた仕事で、これほど穏やかに過ごせることは滅多にない。どうしても命に関わるような依頼が多いので、ずっと気を張っていることになってしまう。
今回の依頼は、律にとってもいい気休めだ。例年通りであれば、この後は年末までぎっちりと仕事が詰まるので。
「……あのさ、恭くん」
「何すか?」
「最近大丈夫?」
律の問いに、ゆらりと恭の瞳の奥が揺れる。
調子があまり良くない、という話は恭本人からも聞いた。自覚がある上、原因も分かっていることもあり、あまり深くは聞いていない。憂凛からもだいぶしんどそうにしている、という報告はあった。今回に関しては桜を――というよりも『世界樹の断片』を頼るのではなく、主治医である鹿屋 琴葉を頼っている辺り、律には言いづらいと思った部分もあるのだろうと思い、律としても触れにくかったというのもある。
それでも、このまま何も話さずに解決を待つわけにもいかない。今後も同じようなことは有り得るのだから。
数秒置いて、恭はへらりと笑う。困惑を含んだその表情は、ひどく素直だ。
「……あんま大丈夫じゃないっす、まだ。夢見悪くて……」
「そっか」
「……すません、迷惑かけて」
「別に迷惑だなんて思ってないよ。……しんどいときに仕事に引っ張り出してごめんね」
「それは全然大丈夫っすよ! 律さんが一人で仕事行ってくるーって方が俺は嫌っす。……でも、今回こういう仕事なの、律さん内容選んだでしょ」
「バレたか」
「さすがに俺でもそれくらい分かるし!」
「あはは。大樹くんから話を聞いたときに悪い感じはしなかったし、今ならちょうどいいかなって。恭くんを一回ここに連れてきたかったっていうのもあって、いい機会だなって」
こういう仕事もあるのだということは、伝えておきたいと思った。
どうしても茅嶋家に来る仕事は、危険なものが圧倒的に多い。だが、不可思議な現象を起こしている存在が、常に人に害を為す存在というわけではない。それに――この世界に関わる方法は、幾らでもあるのだ。
それが例え、律の隣でなくとも。
「仕事でどんな目に遭ったって転職する気は絶対ないんすけど。俺は律さんの相棒だし」
「うん」
「律さんの場合は一緒にいない方が怖いのもあるんすけどね。……けど、今多分俺、マジでめっちゃ怖くて」
「うん」
「……俺が知ったときにはもう手遅れだったんだって、ちゃんと理解はしてて、吞み込んでるつもり、なんすけど……あれが、律さんとか、ゆりっぺとか、子供たちとか……他のみんなだったらどうしよう、ってなっちゃってて」
「……夢見が悪いって、そういうこと?」
律のその問いに、小さく恭は頷く。そっか、と呟いて、律はくしゃくしゃとその頭を撫でた。
失うことの恐怖を、恭は嫌というほどよく知っている。そのつらさを、嫌というほど抱えて生きている。感覚が麻痺してしまうこともなく、痛みを痛みとして受け止め続ける恭は、本当にこの世界に向いていない。それでも逃げないと決めて戦う恭のことを、律は相棒にすると決めた。だからこそ律がすべきことは、時折こうして苦しむことになる恭を支えることだ。
「……恭くん。俺はこれでも、二度と恭くんに俺の相棒辞めろって言うつもりはないからね」
「律さん……」
「だから安心してちゃんと弱音吐いていい。何となくは分かるし、だから対処もするけど、憂凛ちゃんには言いづらいことっていっぱいあるでしょ」
「……そりゃまあ律さんのせいでいろいろあるけど……」
「ごめんて」
隠しごとも嘘も下手な恭に、無理を言っていることは分かっている。それも相当なストレスになっているだろうからこそ、休息は必要だ。そんなときにこの依頼が来たというのは、本当に良い巡り合わせだった。或いは、恭の強運が引き寄せたものかもしれない。
「……だいじょぶ、俺我慢とかはしてないっす。律さんこうして気にしてくれるし」
「そう? ならいいけど」
「でも律さん」
「ん?」
「――マジで、俺がいないとこで一人で危険な目に遭うようなことすんの、やめてほしい」
ゆら。恭の瞳が揺れる。
その言葉に、その表情に一瞬息を呑んで、それでも目を逸らさずにいられた自分を褒めたくなる。それは、誰よりも恭が一番よく分かっているはずだ。
それを、律が約束することはできない。
思わず笑ってしまって、恭がむっとした表情になる。分かっている――理解はしているのだ。恭の根底にある、決して消えることのない恐怖の正体。身近な誰かを守れない、その苦悩の深さを。苦しんで苦しんで苦しみ続けて、それでも前を必死に向いて生きてきた恭を、最も近くで見てきたのは律なのだから。
「……そこはまあ、俺なりに頑張るよ」
「うわ……律さんのいじわる……」
「拗ねないでよー」
ふん、と分かりやすく唇を尖らせてそっぽを向いてしまった恭の頭を、もう一度くしゃくしゃと撫で回して。
――せめて恭が少しでも傷つきませんように、と祈ることしか、律にはできなかった。