Mellow Respite - 01

 恭の調子が芳しくない。
 原因ははっきりしている。先日陵の依頼で行った村で起きた一連の事件だ。そろそろ海外仕事に戻るための段取りを進める予定だったが、一旦全てキャンセルした。恭が今の状態では、家族と離れて過ごすのは少し不安が残る。自ら主治医のところで相談しつつ、少しずつ落ち着かせているとのことだったので、その治療が終わるまでは一旦日本に滞在することにした。

「やっくんには甘いよねえ、御当主様」
「うるさいよ。……恭くんが調子悪いと、どうにも俺も調子狂っちゃうからね」

 そんなわけで、ということでもないが、律がまだ日本にいると聞きつけた芸能事務所『エンブレイス』社長、辺見 大樹から連絡を受け、律は事務所を訪れていた。もう海外だと思っていたと言う大樹に、詳細は伏せて恭が調子を崩している話をすると、返ってきた言葉がそれである。

「ツンデレさんのひーくんは心配するだろうなあ」
「あはは。まあ今月いっぱいは様子見かな。年末はもう地獄のデスマーチの気配が漂ってるし」
「年末進行の話しないで……」

 途端げんなりとした表情になった大樹に、律は笑う。例年、年末年始はろくに休みが取れないスケジュールになっていることは知っている。時期を少しずらして休み自体は取っているようなので、そこまで心配はしていない。
 さて、と律は話を切り替える。雑談はここまでだ。

「俺に相談ってことだったけど、何? どこで何が起きたの」
「うちの施設の方でね、ちょっと気になることがあって。あーちゃんから相談が来てね、じゃあ御当主様に聞いてみようってことになったんだ」
「施設? 子供たちに何かあったの?」

 現在、大樹は私財を投じて『此方』や『彼方』の力を持っている子供たちを引き取って育てる施設を経営している。己や家族の出自から、「いつかやりたいと思っていた」という大樹の夢で、経営の為の人材確保や諸手続き等に律や桜も手を貸した案件だ。

「あーちゃんから、夜な夜な子供たちがいなくなるって報告を受けてね」
「それだけ聞くとすごい不穏なんだけど」
「でしょう。どこを探してもいない、でも気付いたら布団に戻って何事もなかったかのように寝てる。昨夜何かしてたのか、どこに行ってたのかと聞いても、本人たちは何にも覚えてないらしい。さらに奇妙なのが、子供たちの顔色が良くなってたり、小さな擦り傷とか、そういうものが治ってたりするんだって」
「……うん? 怪我して帰ってきてるんじゃなくて?」
「そう。だから多分悪いものじゃあないと思ってるけど、記憶がないのが気に掛かるし、念の為調べてもらえたらなって。御当主様に依頼する内容じゃないかもしれないけど」
「いや……、うん、受けるよ、それ」

 どちらにしろ今は、あまり難しい依頼を受けたくない状況であることは確かだ。この案件に関してはさほど難しくはなく、危険なものである可能性も低い。何より、施設長を務めている明木めいき 天弥あまねは『エクソシスト』だ。何か危険なものであれば、彼が気付かないとは思えない。
 ――何より、今の恭には少し、穏やかな仕事が必要だ。たまには、こんな仕事も悪くない。

「よろしくお願いします。じゃあ施設のこともだし御当主様も知ってることだし、あとはあーちゃんに聞いてもらって」
「はいはい。対価の請求は後でするね」
「まけてくれると嬉しいな!」
「珍しいこと言うじゃん。考えとくよ」

 何となく、律の考えは読めたのだろう。に、と笑う大樹に頷いて。
 さてどういったスケジュールにしようかと考えつつ、まずは芹に一報を入れるべく、律はスマートフォンを取り出したのだった。


 翌日。律は恭に声を掛け、早速施設へと向かっていた。

「タイさんとこの施設の子ってあれっすよね、えっと……律さんの隠し子」
「違うっつーの。まあ少しでも生きやすいようにって形だね。もちろん里親探しもしてるけど、そこはなかなか難しいから。正体的には事務所の人材とか、うちみたいな仕事してるところに紹介したりとか、そういうので将来の道筋を作っていけるようになるのが目標みたい」

 事実として、『普通』に生きていくのは難しい。
 人には見えないものが見える。人には使えない力が使える。それとどう付き合っていくかを学びながら生活していくというのは、子供たちの今後において非常に重要なことだ。突然変異的に力を持って生まれた子供は、そういったことに触れる機会が限られている。
 疎まれ、恐れられ、孤立すべきではない。
 根底として、大樹はそう考えているのだろう。全国各地から施設に来た子供の数はまだ両の手で足りる程度の人数ではあるが、将来意義のある施設になれば、色々とできることも見えてくるはずだ。

「タイさんも色々考えてるんすね」
「自分が苦労してきたからこそでしょ。俺には想像しかできないけど」
「……俺も姉貴がいなきゃ、何か急に『変身』する変なヤツ……?」
「そういうことになる。教えてくれる人がいないって怖いよね」

 誰も分からず、自分だけが異端であるという恐怖。『ウィザード』の家系で育った律としては想像もつかず、たまたま姉が『ウィザード』であった恭も、それを知ることはなかった。故に真っ当にこの世界で生きていけている。機会の提供をし、そして己と同じ仲間を得る。言葉にすればそれだけだが、それが難しく、重要なことだ。
 そうして辿り着いたのは、二世帯住宅のようになっている家の前。一旦通り過ぎて近くの駐車場に車を停め、家の前に戻る。表札には『明木』の文字。

「何さん?」
「めいきさん。ここの運営を大樹くんに任されてる人」
「その人のおうちなんすか?」
「表向きにはね」

 認可等の問題を考えると、まだまだ黒寄りのグレーなのが現状だ。手続きがあれこれと面倒であることと、通常とは異なった事由で子供たちが集まっている事情もある。施設と呼んではいるものの、現在は一応『共同生活をしている』というのが建前になっているのだった。
 インターホンを鳴らす前に、家の扉ががちゃりと開く。中から出てきたのは、10歳前後の少女。

「律パパ!」
「もー、パパって呼ぶのやめてってば、颯花ふうかちゃん。久しぶりだね」
「パパはパパです。……あ、お久しぶりです、おにーさん」
「……あ!? 隠し子の子!?」
「違うっつの」
「違いますね」

 おかしそうに笑う少女――颯花。数年前、施設を抜け出して茅嶋家まで自力で訪ねてきた際に、恭も出会っている少女だ。
 どうぞ、と颯花に促され、二人は施設の中へと入る。中は生活感に溢れてはいるものの、整然と片付けられている。上階からはばたばたと子供が走り回っている音が聞こえた。賑やかなのは、子供たちが健やかに生活している証拠だ。

「颯花ちゃん、大樹くんか天弥さんから何か聞いてる?」
「たーたはいっつも余計な話が多くて何言ってるかよく分かんないので。天弥はちょっと怒ってましたけど、まあそれもいつものことなので?」
「あはは。じゃあ俺がここに来るからーくらいしか言ってないんだな」
「天弥、昨日大変だったんですよー。片付けてる端から藍あおいがおもちゃひっくり返すから」
「あー……想像つきすぎる……」
「天弥、律パパとおにーさん連れてきたよー」

 一番奥の部屋を覗き込んだ颯花が声を掛け、二人が中に入れるようにどうぞ、と促してくれる。それに従って中に入ると、くたびれたシャツと黒いパンツにエプロン姿の、40代後半くらいの男が立っていた。二人を見て、嬉しそうに頭を下げる。

「茅嶋さん、久しぶり! この度はすいませんね」
「お気になさらず。あ、うちの相棒初めましてだよね、紹介させて」
「柳川 恭っす、初めまして!」
「お噂はかねがね。明木 天弥、ここの施設長をしてます。気軽に天弥と呼んでもらえたら」
「あまねさん?」

 確かめるように恭が呟いた名前に、ぱあ、と天弥は表情を輝かせた。

「そう! まあ神のことは神と呼んでもらってもいいのだけれど」
「かみ? ……ん? なんて?」
「天弥さん、この子ガチで混乱するからその話はやめよう」
「神としては誰かひとりくらい神のことを神と呼んでくれてもいいのではと心底思うんですけど。子供たちも皆天弥と呼ぶし」
「いい加減諦めた方がいいと思うんだよねえ……っと。恭くん、この人天弥さんで大丈夫だからね。大丈夫?」
「天弥さんはかみさま……?」
「そうです!」
「黙らっしゃい」

 完全に意味が分からずに固まってしまった恭に、律は苦笑しつつ。
 さて、このキャラの濃い『エクソシスト』のことをどう説明すればいいのか――と溜め息を吐いたのだった。