Unreal Sanctuary - 閑話

悪夢の話

 眠るのが怖い、と思ったのは本当に久しぶりだった。

「……、は……」

 飛び起きて、洗面所へと走る。冷たい水で顔を洗ってからのろのろと顔を上げれば、ひどい顔をした自分と目が合う。深呼吸ひとつ、胸に手を当てて。

「……だいじょうぶ、だいじょうぶ……あれは夢……」

 村から帰ってきてからというもの、夢見が悪くて嫌になる。原因は分かっている、村長の家で見た、大量の無惨な遺体だ。
 こんな仕事をしていれば、遺体を見ること自体は珍しいことではない。もっとひどい状況になっているものも、何度か見てきた。その度に心には痛みが走ったし、誰かを助けられる方法はなかったのだろうかと考えてしまう。だがしかし、これほどまでに苦しい、と思うのは久しぶりだ。
 普通に生きて生活しているのだと思っていた人たちの、遺体。
 もしあの村に初めて訪れたときに、もう少し何か気付くことができていれば。村長の家を訪れることができていれば、助かった人もいたのではないだろうか。

「……恭ちゃん」

 声を掛けられて、はっとする。鏡の中、恭の背後に心配そうな表情で洗面所を覗き込んでいる憂凛がいた。振り返れば、鏡の中と同じ表情をした憂凛がそこに立っている。
 じわ、と目頭が熱くなって、慌てて拭う。

「ごめんゆりっぺ、起こしちゃった……」
「いいの、大丈夫。……顔色良くないね、嫌な夢見ちゃった?」
「……うん」
「手繋いでもいい?」
「……うん」

 こくりと頷けば、柔らかに笑んだ憂凛がそっと手を取ってくれる。小さな手から伝わる温もりが、彼女が生きているのだということを教えてくれる。
 失いたくない。
 ただそれだけの願いが、いつだってひどく難しい。こんな世界で生きているからだと言われてしまえば、それには反論できない。いつか憂凛が本音をこぼしてくれたように、こんな仕事をしなければ、危険な目に遭うようなところに行かなければ、こんな苦痛もなかったのだろう。何も知らずに、生きていけたのだろう。
 ――それでも、恭は既にこの世界を知ってしまっているから。何も知らない頃には、戻れない。

「……心配かけちゃってごめん、ゆりっぺ」
「ううん。心配ぐらいさせてほしい。……ねえ、恭ちゃん。大丈夫?」
「……あんま、大丈夫じゃない……ちょっとやばい気がする。明日琴葉先生のとこ行ってこよっかな……」
「そうだね、その方がいいと思う。一緒に行こうか?」
「それは大丈夫。ういういとれおれおで手一杯っしょ、ゆりっぺ。それくらいは自分でできるよ、俺」
「本当?」
「ほんと。……でも、ごめん。今、一緒にいてほしい」
「うん、分かった」

 笑った憂凛が、よしよし、と優しく手を撫でてくれる。またじわりと目頭が熱くなって、恭はぱしぱしと瞬いた。
 人と話すことは好きだ。そして、人と関わることも好きだ。だからこそ今回、手ひどいダメージを受けてしまったのだという自覚はある。だからといって、そういったことをしないという選択肢は恭には取れない。また同じ目に遭うと言われても、きっと自分は同じことをするだろう。

「……つよくなりたいな、」

 漏れた言葉に、憂凛がぱちりと瞬いて。そしてゆっくりと首を横に振った。

「――恭ちゃんは充分、強いよ。だから」

 置いていかないでね。
 そう呟く声はとても優しくて、そして寂しそうだった。