Unreal Sanctuary - 06

 話は少し遡る。
 再度二人を見送った後、律は極力気配を隠しつつ村の再調査を行っていた。とはいえ、姿を隠していても目ぼしい情報は入ってこない。陵が持っていた『陰陽連』の行方不明者リストに載っていた顔をちらほら見掛けることと、すぐに「村長に報告しないとね」といった類の会話が聞こえる程度のものだ。

「どうしようかなあ……」

 これ以上調査できることも特にない。この村の住人に片足を入れるようなことをすれば、もう少し手に入る情報はあるだろう。だが、恭のことを考えると選びづらい選択肢だ。当てもないので、ひとまずなるべく近くにいた方がいいかもしれない。そう考えて村に戻されない程度の山の中腹で休息を取っていた、そのときだった。

「魔術師!」
「アリスちゃん。……何か起きたね?」

 焦った様子の『黄昏の女王アリス』に、律は眉を寄せる。現状、彼女が恭の傍を離れる理由がない。話を聞けば案の定、村長がいるという部屋に恭が入った瞬間、恭との繋がりが途切れて外に追い出されてしまったとのことだった。
 家とその周辺については、間違いなく村長の『領域』だ。その部屋には加えて強い結界のようなものも使われているということだろう。他の『カミ』に干渉されないよう、手を打ってあるということだ。
 すぐに向かいたいところではあるがしかし、律が村長の家に近づけない状況は変わらない。念の為『黄昏の女王アリス』に移動が可能かどうか確認してもらったが、家には全く近づけないとのことだった。

「……交戦中かな。それなら村長がいなくなれば、まあ近づけるとは思うんだけど」
「勝てるという読みなの?」
「まあ、なかみー陰陽師だし、場数異常に踏んでるし、ちょっとやそっとじゃ負けないよ。その心配は全然してないけど……」

 問題があるとすれば、恭の方だ。
 どういう手段で、相手が恭の感情を揺さぶってくるか分からない。今の恭はこの村に両足を突っ込んでしまっている。ほんの少し、上手に背中を押すだけで、そのバランスは容易に崩れてしまう。『黄昏の女王アリス』がいなくとも陵が傍にいるのであれば、上手くフォローはしてくれるだろうが。
 とにもかくにも、『領域』が緩まないことには近寄れない。村自体も『領域』ではあるので、織り交ぜられたものからそれを感知すべく、意識を集中させる。揺らぎがあれば、すぐに村長の家に向かえるように。
 数分の後、ふと場の揺らぎを感じて律は『黄昏の女王アリス』に視線を向けた。軽く頷いた彼女に手を掴まれ、瞬きの間に律は知らぬ家の中に立っていた。『黄昏の女王アリス』が仲間で送り届けてくれたのだと合点する。そして目の前には、突然現れた律に驚いた表情をしている信司の姿。
 瞬間、迷いなく信司に銃口を向け、魔術の構成を組み上げる。

「えええ待ってください待ってください何で!?」
「どうも。うちの相棒返していただいて」
「あっと……セイバーのことですよね……」
「二人は今どこ?」
「えっと、こちらの部屋に……」

 恐る恐るといった様子で、信司は自身の隣の部屋の扉を指し示す。一瞬ちらりと視線を向けて、しかし銃口は信司に向けたまま下ろさない。
 ――彼には、確認すべきことがある。

「何しようとした」
「……あのすいません、黙秘権あります……?」
「水かけて消してやろうか。端的に、きちんと答えて、『上里くん』」

 言外に含みを持たせて。もう一度おろおろと視線を泳がせ、『信司』は降参を示すように両手を上げた。

「……ボスを、呼ぼうと……いやあの、ボスに呼べって言われてましてね……? 本当に俺は呼べって言われただけなんですけれども……」
「あ、そう。呼んだらどうなるか分かってて呼ぼうとしたってことだね」
「それはその」
「俺とやる気ってことだ」
「やりませんが!? 絶対やりませんよそんな敗北が見えてる勝負は!?」

 慌ててぶんぶんと首を横に振る『信司』からは、確かに戦意は感じられない。
 しかし現状、だからといって彼がボスを呼ばないという話ではない。そして今、彼のボスにこの場に来られてしまうのは非常に問題がある。――誰一人生きて帰さないと言われているも同義なので。

「オレは何もしないので、はい、お通りください」
「ボス来たら止めるって確約してもらうまで行けなくて困ってるんだよね」
「……それ、オレが確約できないって分かってて言ってますよね……?」
「確約しないなら撃つだけの話なんだけど」
「え、これ交渉じゃなくて脅迫なんですか?」
「どう取ってもらっても別に。で? どうする?」
「……あの本当に、確約はボスに怒られるので……、妥協案です、ボスがこの場に来ることのないよう距離を取ります、それでいかがでしょうか……」

 ――つまり、ボスがこの場に現れるには何かしらの条件がある。そして『信司』の存在がこの場に必要だということになるのだろう。他に条件があるとしたら、それは恐らく恭と陵がいるという部屋の中だ。
 頷いて、早く行けと銃で示す。げんなりとした表情で、『信司』はふらふらと家の外へと出ていった。その後ろ姿を見送ってから、律は部屋の扉を開き。
 目に入ったのは、部屋中に散乱している大量の遺体。一件しただけで、両手の指では足りない数だということが分かる。
 そして蹲って嘔吐している恭と、その背を擦りながら前を睨んでいる陵。視線の先には、骸骨。――ああ、恭に呪いをかけたあの男かとその気配で合点する。
 即座に魔術を構築、恭の視界から遺体を消し去る。さすがにこの状況は、恭には耐えられない。声を掛ければ、何とか顔を上げた恭はひどい顔色をしている。

「茅嶋さん」
「無事入れてよかった。なかみーは大丈夫そうだね」
「ええ、お陰様で」
「うわ、面倒なの増えたな」

 がしゃり。音を立てて、巨大な骨の手が迫る。即座に陵が『式神』を発動して防いだものの、その顔色は冴えない。

「……使い切った?」
「残念ながら」
「分かった。ありがとう、準備だけさせて」

 手心を加えるつもりはない。そして早急に対処する必要がある。魔術で視界を隠したとはいえ、いつまでも恭をこの場に留めるわけにはいかない。
 律が何をしようとしているのかは、恭はすぐ察知したのだろう。陵の手を借りてふらふらと立ち上がるのを見て、髑髏が笑う。耳障りだなと思いながらも、しかし準備は整った。

「――【世界に愛されし者、世界に嫌悪されし者、その献身を、その暴虐を、我に貸し与え給え。我望むは君臨せし者の力なりて、音奏でし者としてその資格を得んことを】」
『キレすぎ。落ち着けよ』

 巧都の声と共に、いつも通りに代償を持っていかれる感覚。それがいつもほどつらく感じないのは、気が立っているからだろう。宙に浮かぶ鍵盤に指を乗せ。
 ――直後、現れた巨大な骨の手が、恭の身体を薙いだ。まだ足元がふらついていた恭は、抵抗する間もなく吹き飛ばされ、部屋の壁に強かに体を打ち付ける。恐らく頭を強打してしまったのか、壁伝いにずるずると滑り落ちた恭は、そのまま動かなくなってしまった。

「柳川くん!?」
「部屋にアリスちゃんが入れた、大丈夫」
「……っ、今はこちらに集中、ですか」

 恭に駆け寄ろうとした陵が踏み留まる。『黄昏の女王アリス』が恭の名を呼ぶ声を聞きながら、律は指を動かした。ピアノの音と共に、骨に降り注いだのは炎の矢。燃えながら、わざとらしく骨は笑う。

「おいおい、セイバーの心配してやれよ?」
「後でね」

 そうそう隙を見せるつもりはない。続けて奏でた音は、陵の鉄刀に雷を纏わせる。即座に動いた陵が斬りかかり、一瞬骨が砕けたがすぐに元に戻ってしまった。それに苛立ったのか、再度現れた巨大な骨の手は律の方へ。防御壁で軽減したものの、その指先は肩口を掠めていく。
 痛みはあるが、対処は後だ。陵の一撃は確実に効いている。――ならば。

「追撃お願い」
「お任せを」

 ちゃき、と陵が肩を構え直し。先程よりも強いピアノの音と共に、再度鉄刀に雷撃が乗る。確認することもなく、陵がその鉄刀を閃かせ――次の瞬間、骨がばらばらに砕け散った。


「……さすがに……疲れました……」
「ねー……お疲れ……」

 ――その後。律は陵と共に、車まで戻ってきていた。気を失った恭は、『黄昏の女王アリス』によって後部座席に寝かせられ、治療を受けている。身体よりも精神的なダメージが大きいので、戻り次第一旦神社で静養することになりそうだ。もっとも、それは巧都の力を借りるために代償を支払った律も同様だが。
 骨は砕いたがしかし、すぐに形を取り戻していた。しかし全く引く気のない律と陵に、「やってられるか」と向こうの方が逃げ出してくれた格好だ。その後陵の案内で家の地下を確認し、上の部屋同様に遺体が残されているのを確認。その際に鉄塔近くから持ち去られたのであろう『人造怪異』の証拠を見つけ、陵と相談の結果、残りの処理は公安に任せる形となった。車に戻ってから連絡を取った公安は、既に村の中に入って処理を始めている。
 律と陵が車に戻るべく下山したときには既に、村はがらんとしていて誰もいなかった。人の気配はなく、生き物の気配もない、廃墟の村。ただただ静かな、何もない場所。
 遺体の件から察するに、村長は『殺す』ことで相手を取り込み、そして新たに自分の眷属のような形で生み出し、自分の手元に置いていたのだろう。主である村長が消えてしまえば、そんな形で生み出された村人たちは当然消えてしまう。ここの村人になってしまったが最後、生きて帰るすべはなかったということだ。ルキが助かったのは、本当に運が良かったと言うべきだろう。

「……まあこれでルキくんも恭くんも縁は切れたし」
「そうですね……こんなに苦労することになるとは……」
「まああれだけ犠牲になってるくらいだしね。妙な横槍も入ったせいで……いやあの横槍洒落にならなかったな……」
「二度と会いたくないです」
「俺は一生会いたくないです」

 会わずに済むのであれば、それが一番いい。対応しなければならなくなったときのことなど考えたくもない。どうにか条件を満たさないよう、大人しくさせておくしかないだろう。
 深い溜め息。疲労と共に襲ってくる睡魔を振り払い、律は座席に腰掛け直した。

「じゃあなかみー、疲れてるとこ悪いけど運転してもらって」
「茅嶋さん今からでも免許取ってください」
「嫌ですが……?」