Unreal Sanctuary - 05
誰がどうごねようとも状況は変わらない。
ということで、昼食の後、恭は再び陵と共に村長の家の前にいた。今回、律は「一応もう一回情報収集はしてみる」とのことで、村の方で待機しつつ調査を進めてくれている。別れる際、陵が真顔で「私が死んだら後は頼みますよ」と律に言っていて、それを聞いた律が本気で爆笑していた。内容としては全く笑いごとではない。
覚悟を決めて、家の中に入る。朝と同様に玄関の扉は閉まり、中から押しても引いてもびくともしない。何となくノックもしてみたが、当然外から返事が返ってくるわけもなく。
「あの……何してるんですか……?」
「へ」
呆れた声に振り返る。いつからそこにいたのか、奥の部屋の前辺りに信司が立っていた。
「あ、いやまあ、事情は大体分かってるんですけど」
「どれくらい分かってますか?」
「お二人、うちのボスに会われた……んですよね?」
「殺されかけましたね」
「うん、ボスも何で死ななかったんだろうって言ってました……」
あの子供のことかと問いそうになって、恭は慌てて口を閉じた。律から改めて何も喋るなと言われた上、『黄昏の女王』があのとき口を塞いでいてくれなかったら危険であったことは分かったからだ。ここは陵に任せておくべきだろう。
そろ、と隣の『黄昏の女王』の様子を伺う。恭が自ら口を噤んだことを肯定するように頷いてくれたので、ひとまずはセーフだ。
「まあそれで、様子を見に来ました」
「全く会話ができなかったんですが」
「あー……無口な方なので……」
「無口だからって初手でアレはないでしょう」
気色ばむ陵に、信司からは乾いた笑いが返ってくる。彼自身、まさか鉢合わせてそんなことになるとは思っていなかったのかもしれない。
「あの、まあオレとしては魔術師と、ここの村長とお二人を会わせるって約束をしてるわけじゃないですか……、約束は果たさないとまずいので……」
「まあそれはそうでしょうね。契約を反故にするようなものですし」
「あはは。それで……まあだから、そう。村長はこちらの部屋でお待ちですよ」
そういった信司が指し示したのは、右奥の部屋の扉。誘導されるようにその部屋に近づいて、ふと気付く。信司が立っているのは、先程陵が地下に繋がる道を見つけた扉の上だ。わざわざその上に立っているということは、やはり何かあるのだろうか。
同じことを、陵も気付いていたのだろう。その指が床の扉を指す。
「ちなみになんですが、その下のことは何か知ってますか?」
「あー……いや……それを口にするとオレがボスにすごい怒られるんで、察していただいて……」
「……何か顔変……?」
「どういう意味ですかそれ?」
「いや、そんな顔するんだ……と思って……?」
どことなく感じた違和感が、思わず口を衝いて出る。きょとんとした信司に、上手い言葉が分からずに恭は首を横に振った。そもそも、恭が信司に会うことはそれほど多くない。きっと気のせいだろうと気を取り直して、恭は右奥の部屋の扉に視線を向けた。――この先にようやっと、村長がいる。
一応、と180度向きを変え、左奥の部屋の扉を開く。思っていた通り、そこは勝手口のあった台所だった。勝手口の扉は、朝開いたままになっている。何かあれば、ここから外に出ることはできそうだ。
「なかみー、開けっぱにしといていい?」
「構いませんよ。……では、行きましょうか」
頷いた陵が、右奥の部屋の扉をノックする。どうぞという声と共に、キィと扉が開いた。開いた部屋の先は、暗闇。真っ暗で何も見えないがしかし、恐る恐る一歩踏み出してみると、足元は廊下と同じ板張りの感覚がある。ひとまずは大丈夫そうだ、とそろそろと中に入っていく。
「恭く、」
「へ」
焦ったような『黄昏の女王』の声が聞こえ、途切れる。振り返ると同時にばたんと目の前でその扉は閉まった。途端、『黄昏の女王』の存在は分からなくなる。慌ててポケットの中のスマートフォンを確認するが、そこに『分体』の気配も感じられず、つけているチェシャ猫のキーホルダーに触れてみたが、特に何も感じられない。
「えっアリスちゃん、ぶんちゃん……!?」
「落ち着いてください、柳川くん。分断されただけです」
「え、どうしよ」
「大丈夫ですよ。彼女であれば、ここに入れないと悟れば茅嶋さんのところに行くはずです」
「そ、そっか」
ずっと隣にいてくれた彼女が突然いなくなってしまうのは、どうにも心許ない。不安になりながらも、きょろきょろと周囲を見回す。部屋の中は全く見えないが、不思議と陵の姿だけははっきりと分かる。恐らくは何かの術の影響で室内が分からなくなっているのだろう。
「……おや。招かれざるお客さんがいらっしゃいますね」
不意に聞こえた声は、村長のものだ。少し離れた位置に、ぼうと村長の姿が伺える。その背後には、巨大な骸骨。どことなく覚えがあるような雰囲気があるが、それが何なのかが分からない。
「一人は付き添ってよいとお伺いしましたので。私は彼の保護者として付き添ったまでです」
「……ん? 保護者? 彼は成人ですよね……?」
「え、うん。保護者」
「ほら」
陵の言葉に村長が首を傾げたので、肯定する。一体何を言っているのかとでも言いたげに村長は目を瞬かせたが、しかし緩く首を振った。考えるのをやめたらしい。
「まあいいです。ここまで来てくれたのですから」
「……ッ」
にこやかに、村長が恭に笑んでみせる。思わず答えかけて、慌てて自分で自分の口を塞いだ。不用意に答えてはいけない――今は止めてくれる『黄昏の女王』もいないのだ。
きょろきょろと村長の視線が動き、そして指先が動いた。その動きに既視感を覚えて、恭は眉を寄せた。――気付いた瞬間、雷撃が降り注ぎ。
「ッ……、あ!?」
「柳川くん!? 大丈夫ですか!?」
「だ、いじょぶ……っ」
ぎりぎりで『変身』は間に合ったものの、雷撃の直撃を受けて膝をつく。びりびりとした痛みと熱さが全身を襲って、息が詰まる。
間違いなく、覚えのある感覚。――どういう理屈かは知らないが、これは律の魔術だ。
恭を気にしながらも村長に向き直った陵が鉄刀を抜く。余裕そうな表情を見せている村長が、ゆっくりと恭へと歩を進める。身体はまだ痺れている、ひどい痛みが全身を支配していてろくに動けない。それでも、陵が斬りかかるタイミングで足を動かし、村長の足を引っかけて動きを鈍らせる。不意に足を取られた形になった村長は上手く対応できなかったのだろう、陵の刀は確実に村長を捉えた。何らかの力で軽減されてはいるものの、左腕を打ち据えている。
「ああ、ひどい。何てことを」
「ひどいのはどちらですか」
「新たな住人を迎えようとしているだけですよ。邪魔をしないでいただきたいですね」
笑った村長の指先が再び動く。まずいと思ったが、恭に向けて放たれた雷撃は陵が『式神』で受け止めてくれた。避けられるような状態でないことは見て分かるのだろう。
「柳川くん、これを」
「……あ、りがとっす……」
陵に渡されたのは薬瓶だ。直後、村長に一太刀を浴びせて距離を取ってくれる。安堵と共にぐ、とそれを一口飲めば、体の痛みが軽減されていくのが分かった。ふらふらながらも何とか立ち上がって、恭は村長に視線を向けた。
言っておかなければならないことが、ある。
「……俺は、ここの住人には、ならないっす……」
「――だそうですよ。残念でしたね」
何があっても、絶対に家に帰る。それが恭の決意だからこそ。
恭の宣言に村長が目を見開き、できた隙を狙って、三度陵の刀が閃いた。袈裟懸けに打ち据えられた村長は、そのまま形を失って消えていく。
一息つきたいところだが、まだ巨大な骸骨が残っている。村長と戦っているときは全く動く気配がなかったが、果たしてあれは何なのかと考えたそのとき、かたかたと髑髏が音を立てた。――笑っている。
「なァんだ、まだ堕ちねえのか。じゃあコレは?」
聞き覚えのある声。それが誰だったのかを思い出す前に、急に室内の暗闇が晴れていく。
「……っ、ひ……!?」
喉が引き攣る。呼吸の仕方を忘れる。強烈な不快感が我慢できない。ここに来る前に食べた昼食が、あっという間に胃から迫り上がる。
くるしい。
口許を押さえて蹲って、しかし視界に入ったどす黒い赤に、びちゃびちゃと指の隙間からこぼれ落ちていく。
陵が何か言いながら恭の背を擦ってくれている、その言葉を聞く余裕がない。頭が理解を拒否している。がたがたと自分の身体が震えているのが分かる。どうして、何で。問うても何も分からない。
室内には――大量の遺体が、転がっていた。
傷だらけのもの、体が引き千切られているもの、原型を留めないほどぼろぼろになったもの。そこまでする必要があるのかと思うほどに損壊した遺体の人物たちに、恭は嫌というほど見覚えがある。
最初に目に入ったのは、無残に食い千切られた古賀の姿。
そして、うちでお茶でもどうかと誘ってくれた村人。
村長が来られたよと教えてくれた村人。
祭りの準備を一緒にした村人。
家を片付けておいたからと笑ってくれた村人。
他にも、他にも、他にも。吐くものもなくなって嘔吐くだけの恭の耳に届いたのは、面白がっているような笑い声。
――笑いごとではない。こんな所業が、許されてはいけない。
「見なくていい」
知った声が、不意に耳に届く。のろのろと顔を上げると、恭の視界から遺体が消えている。声がした方に何とか顔を向ければ、そこには無表情に骸骨を眺める律の姿があった。