Unreal Sanctuary - 04

 翌朝。恭が目を覚ます頃には、話が決まっていた。

「えと、じゃあ、俺はなかみーと村長さんとこ行けばいい?」
「そう。注意は昨日と一緒。何だった?」
「村人さんと話さない、村のものは食べない、……あ、なかみーから離れない!」
「よし」

 銭湯で朝食を食べながら、今日の行動予定を聞く。陵がどうにも納得していなさそうな顔をしているのは、律が同行しないからだろう。律自身は一旦車で別の仕事をしながら待機する、ということになったらしい。何故付き添いが律ではなく陵なのかと思いはしたものの、律は良くも悪くも一人で動くことに慣れている。今回は別行動の方がいいと判断したのだろう。
 そんなわけで、ひとまずは村の入り口まで移動する。頑張ってね、と手を振る律に見送られ、今日は陵と共に村長の家への道を歩くこととなった。道中は当然ながら、それなりの山道である。

「律さん山登りしたくなかっただけでは?」
「私もそれを疑ってるんですけどね……」

 ようやっとと言うべきか。今回は広場まで戻されることもなく、村長の家らしき場所に辿り着いた。そこにあったのは、まるでカフェのように整えられた小洒落た古民家だ。外側に縁側も設けられていたが、そちらは戸が閉められており、中の様子を窺うことはできない。

「えーと……ごめんくださいお邪魔しますでいいのかな……?」
「あまりそういうことを言わない方がいいような気がしますが」
「だって人んちだし……やめといた方がいい?」
「絶対に駄目よ」

 恭のささやかな疑問に陵が首を傾げ、そして『黄昏の女王アリス』が明確に否定する。何で、と問えば少し考えんだ『黄昏の女王アリス』が、言葉を選ぶように小さく唸った。

「……まずこの場所。鳥の声も虫の声もしないでしょう」
「お? ……あ、言われてみればすごく静か」
「そうですね、生き物の気配がしません」

 何の気配も、そこにはない。山の中に、音がない。ただ木々を風が揺らしているだけの異様な静けさが、この場を支配している。
 二人の言葉に、『黄昏の女王アリス』は緊張した面持ちで頷いて。

「ただでさえ既にアイツの『領域』にいるのよ。招かれる、入る。それに対して『お邪魔します』なんてことを言ってしまうのは、この『領域』にどっぷり、頭のてっぺんまで浸かります、って宣言しているようなものだわ」
「おお……だめそう……」
「こういうことは陰陽師がきちんと説明すべきなのではなくて?」
「すみません。分かりやすい説明をありがとうございます」

 にこりと笑む陵に、『黄昏の女王アリス』が肩を竦める。何であれ、うかつな発言をしてはならないということだ。なるべく黙っておこう、と恭は口を噤む。
 しかしひとまず、家の中に入れるかどうかは確認しなければならない。玄関の方に向かおうとした恭を、陵が引き留める。どうしたのかと首を傾げると、陵が玄関とは反対側を指差した。

「念の為、家の周りをぐるっと確認しておきましょう。他にも入り口があるかもしれませんから」
「あ、そっか」

 幸いと言うべきか、それほど大きな家ではない。一周確認するだけならば、それほど時間もかからないだろう。何かが起きる可能性は否定できないため、二手に分かれることは諦め、二人でぐるりと周囲を見て回る。
 幾つか窓はあるものの、白く濁っていてどれも中の様子は見えない。縁側も同様だ。何らかの力が働いて、中が見えないようになっているのだろう。
 そして玄関とは真反対の角に、扉がひとつ。

「勝手口でしょうかね」
「かってぐち?」
「昔の家には台所に結構あったんですよ。裏口と言えば分かりますか? 玄関とは別の出入り口ですね」
「へー。じゃあ開けたら台所っすかねえ」
「開かないとは思いますが……、あ」

 扉に手を掛けた陵がそれを引くと、何の抵抗もなく扉が開いた。思わぬことに二人で顔を見合わせ、恐る恐る中を覗き込む。
 陵の言う通り、中は台所になっているようだった。生活感はあるが、綺麗に片付けられている。勝手口の対角には扉がある――その先はどこか他の部屋に繋がっているのだろう。

「え、どうしよ……こっから入る?」
「ここだけ開いているというのが逆に気にかかります、やめておきましょう。万が一のときのために扉は開けておいて、何かあったらここから逃げるということで」
「うす」

 閉められてしまう可能性はあるが、万が一ということで扉は開け放ったままにしておく。そのまま再び家の周囲を回ってみるが、何も気になる場所はないまま玄関の前に戻ってきた。
 となれば、あとはここから入るのみだ。深呼吸して、玄関をノックする。すると中から「どうぞお入りください」という声が聞こえた。

「おじゃ……っ、うぐっ」
「恭くん、もう私の話を忘れたの?」
「ほへんなはい……」
「……アリスちゃん、何かあったらすぐ柳川くんの口塞いであげてください……」

 呆れた声で呟く陵に、恭の口を塞いだまま『黄昏の女王アリス』が頷く。話してはいけないと分かっているものの、日常無意識に行っている挨拶を言わないというのはなかなか難しい。
 玄関の扉が開いて、恐る恐る中に入る。扉が閉まった瞬間、がちゃりと錠が落ちる音。慌てて扉を押してみたが、扉は動かず、鍵のようなものも見当たらない。完全に閉じ込められている。
 よくあることだと気持ちを切り替え、家の中を調べていくことにする。中央に通った廊下、扉は両横に2つずつ。見える範囲では4つの部屋があると考えてよさそうだ。左奥の部屋は先程見た台所だろうという当たりをつけ、まずは左手前の部屋に入る。

「応接間っぽいですね」
「おー、めっちゃ使ってる感ある」
「客人が来ているわけですし、使っていたのかもしれません」

 まるで人がいるかのように生活感に溢れた部屋。置かれているソファに腰を下ろしてみたが、座り心地の良い普通のソファだ。何もないと判断して部屋を出たところで、陵が不意に足を止めた。その視線は廊下の奥に向けられている。何かあるのかと思ったが、恭が見ても何も見つけられない。
 話しかけようと思ったのを察知したのか、しい、と陵に諭されて言葉を呑み込む。廊下の奥へと歩いていき、屈み込んだ陵は板張りの床に手を掛け。

「……おお? 地下?」
「隠し扉になってますね。下には降りられそうですが」
「めっちゃ暗いっすねえ。懐中電灯いるかなあ」

 律がいれば魔術で光源を作ってくれるだろうが、今はいないのでその手段がない。人一人がぎりぎり通れるだろうかと思う程度の穴の底は見えず、今は危険だという陵の判断で、再び床は閉じられる。どうにも何か嫌な雰囲気に、恭はそっとその場を離れた。
 寄り道のような形になってしまったものの、家の中の探索を再開する。次は右手前にある部屋の扉を開けば、そこは寝室のような空間になっていた。どことなく旅館にも似通った雰囲気を感じるので、恐らくは客を泊めるための部屋なのだろう。特段変わったものは見当たらず、次の部屋に行こうとくるりと後ろを振り返り。

「え」

 いつの間に現れたのか。扉の前に子供が立っていた。白い髪、白い肌、白い着物――そして目まで白い子供が、きょとんとした顔で二人を見ている。
 思わず話しかけようとした恭の口を、『黄昏の女王アリス』が塞ぐ。心なしか、その手がかたかたと震えているのを感じて、無意識に体が強張った。
 目の前のこの子供は――何だ。

「……、うん」

 小さな、何かを決めたような声が聞こえて。すっとその指が、陵の方へと向けられ。


「茅嶋ァ!」
「うわびっくりしたあ!?」

 二人を待っている間、溜まっている報告書を片付けるべく情報整理をしていると、急に車のドアが開いて急に怒鳴られた。どなった張本人――陵は、何事かと目を瞬かせている律を暫し眺めた後、急に脱力してぐったりとした様子で後部座席の扉を開け、そのまま座席に身を預ける。
 全くもって意味が分からない。何があったのかとまだ車の外にいる恭の様子を窺えば、『黄昏の女王アリス』と何か話しているようだった。どこか『黄昏の女王アリス』の表情が強張っているように見えて、律は再度陵に視線を戻す。

「どうしたの急に、丁野先生みたいな怒鳴り方しちゃって」
「……私はもう疲れました……」
「お、お疲れ様でした……?」
「……、茅嶋案件が出たんですが」
「何も分からん。俺でも分かるようにちゃんと説明していただけます……?」
「出てきちゃいけないものが出てきたんですよ……そもそもこの村は存在してはいけないんですよ……」
「お、おう……?」

 ほぼ愚痴の様相を呈している陵から、何とか話を聞き出す。村長の家に辿り着き、家の調査を進めていたこと。廊下には地下に通じる扉があったが、暗くてよく見えなかったこと。そして客間らしき部屋を調べていると、子供が現れたこと。――その子供に指差された瞬間、死んだ、と感じたこと。

「式神使ってなきゃ絶対死んでました……あんなの被害者が大量に出て公安が仕事増えて、また茅嶋さんに依頼が来て仕事が増えて、そして私に手伝いを依頼してくるやつですよ……私が苦労するんですよ……」
「落ち着いてなかみー、もう何言ってるか分からない」

 余程堪えたのだろう。ぶつぶつと文句を言い続ける陵に苦笑しつつ、思考を巡らせる。現れた子供といくのは、間違いなく村長の『特別な客人』だろう。信司がこの村にいて、そしてボスの話をしていたことから考えても、その子供が『ボス』に当たる存在だと考えていい。そうであれば、おおよそその正体にも想像はつく。確かに一度死んでもおかしくない相手であり、できれば相手にはしたくない。
 なるほどな、と頷き、再度外の恭と『黄昏の女王アリス』の様子を確認する。律の予想通りであれば、相手は『黄昏の女王アリス』では歯が立たないはずだ。それでも何とか陵と恭をここまで連れて戻ってくれたのだろう。そのまま消し飛んでいても何もおかしくはなかった――決死の覚悟だったことは想像に難くない。

「……という報告をされたところで、お入りくださいって家に招かれたのは恭くんとなかみーであって、俺はお呼ばれしてないんで入れないんですよねー……」
「何とかしてくださいよ……どうしろって言うんですか……」
「えー……、……ちなみにお腰につけたお水は何のためにお持ちで……?」
「……効くんですか?」
「龍神様の清浄な水で祓えない相手がこの国にいると思えないな……」

 強弱はあれ、一時的に祓うことは可能な筈だ。それすらも効力を持たない相手というのは、律には想像がつかない。
 それきり黙ってしまった陵は、珍しく不貞腐れているのだろう。これは駄目だなと判断して、広げていた資料を片付ける。今日はこれ以上進めるのは無理そうだ。

「恭くんー、なかみー拗ねちゃったから昼ごはん食べに行こー」
「えっ拗ねたのなかみー」
「拗ねてません」
「あはは。天ぷらそば奢るからさ。もっかい作戦会議といこう」

 今のところ、律が村長の家に入れないのは変わらない。どうにか二人で対応してもらう他ないが、いざというときのために近くで待機する必要はありそうだ、。信司と、そして恭に呪いをかけた男の動向も気に掛かる。
 運転席に恭が乗って、3人はそのまま朝来た道を引き返したのだった。