Unreal Sanctuary - 03
結論として、鉄塔の下には何もなかった。
しかしあのとき、確かにそれはあったのだ。見つけた後、誰かが再度掘り返して持ち去ったのではないかという陵の推測が最もあり得る可能性だろう。それだけ、この村にとって――或いは村長にとって大切なものである可能性は高い。
恭が疲れているように見えるのか、道中は村人たちがすぐに寄ってきては恭のことを気にかけていた。どう聞いても善意でしかないそれに返事を返せない恭は終始困った顔をしていて、見ていて気の毒になってくる。
「今日はやたらと寄ってきますね、あの人たち。仕事しなくていいんでしょうか」
「それだけ恭くんをこの村の住人にするために必死なのかもねえ」
適宜律と陵、そして『黄昏の女王』で追い払うものの、その回数が増えれば溜め息も出る。何とか車まで戻る頃には、既に陽が暮れ始めていた。水分を補給しつつ、軽食で腹を満たす。食事のお陰か、少し恭の調子も戻ってきたようだった。
「んで、これからどうするんすか?」
「ん-、夜も村の中に入ってみようかと思って。前回は外から見てるだけだったし、次の日はお祭りだったでしょ」
「夜の時間帯なら何か変化があるかも、ということですか?」
「分かんないけど、調べてみて損はないかなって。一通り調査したらまたスーパー銭湯で宿泊になるかな、今日は」
夜通し村にいることになってしまう可能性がないわけではないが、そのときはそのときだ。
完全に陽が落ちるまで休息を取ってから、再び村の中へと戻る。街灯が整備されているような村ではないこともあってか、明かりがついている家はあるものの、外を出歩いている村人はいないようだった。それにほっとした様子を見せたのは恭だ。村人がいなければ話しかけられることもないので、そこに気を払わなくていいというのは今の恭にとってありがたいのだろう。
光源を増やさない方がいいだろうという判断で、暗い中注意しながら村の中を回っていく。そして一番先にそれを見つけたのは、恭だった。
「……あれ? ねえ律さん、なかみー、あの光何か変じゃないすか?」
「ん、どれ?」
「……青い光が見えますね」
「でしょ? あと、あっちに金色の光が見えて」
恭が指差したのは2か所。山側に見えるぼんやりとした青い光、そして森川に見えるきらきらとした金色の光。一見して家の明かりでないことは分かる。
「……青い光、ねえ」
「どうかされましたか?」
「いや……、うーん。とりあえずこっちからかな」
少し考えてから、律は術の構成をくみ上げる。暗い中自分の足で追うよりは、術で追跡をかけた方が確実だ。放った術で近くできたのは、こちらを窺っている何らかの『怪異』の気配が2つ。『陰陽師』のような気配も感じられたので、恐らくは古賀のように『陰陽連』から派遣された結果、村人になってしまった者だろうか。
もう少し詳しく、と思ったものの、そこで術が途切れて霧散する。どうやらこちらが気付いたことが感知されてしまったらしく、見えていた金色の光も消えてしまった。これ以上の追跡は難しい――が、構わない。律としては、本命は。
「なかみー、あっちよろしく」
「青い方ですね?」
「そう」
頷いて、陵がそちらに歩を進める。途端、青い光がゆらゆらと揺れた。逃がすつもりはないので、即座に障壁を作成して動きを封じ。
「何でこっち来るんですか……!」
「あ」
聞こえた声は、聞き覚えのあるもの。
そして陵の視界に入ったのは――上里 信司の姿だった。
「あの……命だけは見逃していただけないでしょうか……」
数分後。信司は3人の前で土下座していた。昼に恭に呪いを飛ばした男が纏っていた気配、もう一人の連れ、そして青色の光。そこから推察してまさかな、とは思っていたのだが、残念ながらビンゴだったらしい。青い光は信司と深い縁のある『カミ』――『青行灯』の特徴だ。
「……知ってること全部吐いたら許されますか……?」
「保留する」
「許されるっていう確約が欲しいです……」
「ご存知の通り俺『ウィザード』だから易々と確約しないんだよね」
「上里くんの悪行なら、これを奥さんに通報するという手段もありますし」
「駄目ですそれは本当に勘弁してください! ああもう……何でもお答えします、ハイ……」
嫁の話を持ち出されると弱いのは、どこの家庭も共通らしい。一度信司のせいで桜に心配を掛けてしまったこともあるので、仕返しにいっそ話してしまおうかと律は溜め息を吐く。実際のところ彼の嫁とも縁があるので、あまり心配事を増やすようなことはしたくないな、とも思ってしまう辺り自分は甘いのだろう。もっとも、そんなことを今信司に伝えるつもりはないが。
観念したらしい信司が、ええと、と困ったように眉を寄せて。
「とはいえ、俺もボスの付き添いで来てるだけなので、あんまりこう、ご提供できる情報ってないんですけども……。あのですね、人工的に創られた『怪異』の噂はご存知でしょうか……?」
「うん、ご存知ですね」
「あれを本物の『怪異』として認めるか、というのでうちのボスが見に来てるんですよ、今」
「じゃあ……やはり全員塵にするしか……?」
「こわい。それは俺も死んでしまうので勘弁していただきたいです……。実は茅嶋さんや中御門さんが来られたのが見えたので、やめておこうとは言ったんですよ。個人的に敵対もしたくないので一生懸命説得を試みたんですけど、上司には逆らえないじゃないですか……」
「えと……俺が何かヤバいのってどうにかできたり……する……?」
「したいのは山々なんですが、今やると俺も色々支障が……ああ、その横の方、いつもの可愛い笑顔が見たいな、なんて……」
「貴方に可愛い笑顔を見せたことなんてないけれど」
「ひゃい」
機嫌を取ろうとして、『黄昏の女王』の地雷を踏んでいる。無理かあ、としょんぼりした恭を慰める『黄昏の女王』の表情は優しいが、ひとたび信司を睨む際は般若の形相だ。怒らせると怖いよね、と他人事のように考える。
信司が律や陵と敵対したくないのは本心だろう。今後を考えても、特に彼にメリットがあるとは思えない。とはいえ上司命令に逆らえないというのであれば、完全に信頼できる状況ではなさそうだ。
「俺の方からはそんな感じなんですけど、何か質問とかあったら答えますんで、命だけは本当に……」
「うん、じゃあ俺たち村長に会いたいんだけど」
「ええと、俺から会いたいって言ってる人がいるって伝えることはできますが、必ず会わせられるという確約は」
「もう一回言う? 村長に会う方法探してるんだよ、俺たち」
「……あ、これ、はいかイエスしか認められないやつです? あの、ちゃんと俺の方から伝えさせてはもらいますよ、もらいますけど」
「確実に会わせていただけるよう、手配よろしくお願いしますね」
駄目押しのように陵にまで言われて、信司が頭を抱える。律も陵も全く引き下がるつもりがないことが、よく分かったらしい。
実際、このチャンスを逃せば次の手段が見つかるかどうかは怪しい。信司には悪いが、他の方法でどうにかなる問題ではないのだ。ルキについて回る縁も、恭に絡みつく縁も、どちらもその先を握っているのは村長なのだから。
「ああ……だから嫌だったのに……」
「見つからないと思って様子見に来て逃げ遅れたのが悪い」
「おっしゃる通りで……。じゃあ一応、俺の方から村長に会いたいって言ってる人がいることはお伝えしますので……」
「何か他に情報あったらいつでも教えてね」
肩を落とした信司が、山の方へと消えていく。恐らく村長の家へと向かったのだろう。
結果がどうなるかは分からないが、ひとまず成果と考えていい。恭の調査はここで打ち切ることとなり、3人は村の外へと向かったのだった。
スーパー銭湯は既に夜遅い時間帯であることもあり、あまり人はいなかった。ひとまず汗を流そうと浴場に向かう。真っ先に服を脱いだ恭が、うわ、と大きな声を出して、慌てて周囲を見回す。どうしたのかと声を掛けようとして、すぐにその理由に気付いた。
――恭の肩から腰辺りにかけて、大きな手に握られたような痕がついていた。
おそらく呪いをかけられているせいだろう。その呪いが、こういった形で見えている。簡単にどうにかできるものでないことは明白だ。
「……厄介ですね……呪いの元を断つまではこのままかもしれません……」
「うええ……」
「あんま人いないし大丈夫だと思うけど、さっと入ってさっと出ようか」
何の力もない人間でも、この痕は見えてしまうだろう。そして少しでも力があれば、あまりにも近寄り難い。見た瞬間に逃げ出しかねない代物だ。
人がいない間に入浴を済ませ、開いている売店で食事を取る。しょんぼりと肩を落としながらカレーをもそもそと食べる恭の姿は、見ていて痛々しい。食事の後、ルキと電話をしている陵を眺めつつ、律は口を開く。
「……ごめんね。恭くん、今回本当に大丈夫?」
「うー……正直だいぶしんどいっすけど。でも、大丈夫っす」
「やっぱ留守番の方がよかったんじゃない?」
「でも、俺がいることでできることもあるかもしんないし。あと俺いないと律さん何するか分かんないし……怒ってるし……」
「まあ何するか分からない結果が今の恭くんなんだけどね」
「イテ」
軽く頬を抓ると、元気なく恭は笑う。今日は早めに寝るという恭を見送った頃に、電話から陵が戻ってきた。険しい表情をしているのでどうしたのかと思えば、スマートフォンを差し出される。そのディスプレイを見て、律もさすがに眉を寄せた。――文字化けしていて読めない。
だが、その文字化けの仕方には覚えがある。かつて信司の依頼で向かった『きさらぎ駅』、そこで見たものと恐らく同じタイプだ。となれば相手は信司だろうと当たりをつく。小さく頷けば、陵はスピーカーで電話に出た。
「もしもし?」
『ああ、よかった。つながったってことは、もう村の外にいらっしゃるんですね』
「近くの銭湯にいますが」
『羨ましい。こちらは村で宿泊ですよ』
いいなあ、という信司の声はいつも通りだ。こちらに来ることはなさそうだと判断して、もしもし、と律はスマートフォンに声を掛ける。はい、と向こうで信司が背筋を伸ばしたような声がした。
『ええと、村長さんとの面会取り付けました。……あの、ただ……』
「ただ、何?」
『できれば柳川くん一人……付き添うにしても一人まで、という条件がつけられまして……』
「二人だと何か困るの?」
『それを俺に聞かれても……』
困惑しきった信司の声に、それもそうだなと思い直す。戦力を削ぐのが目的か、それとも。どうしたものかな、と律は陵に視線を向けた。
今回、依頼主としては陵になる。今日のことも心配ではあるし目的でもあるが、主目的はこの村とルキの縁切りだ。律か陵、どちらかしか恭に付き添えないのであれば、陵の方が適任ではないだろうか。
「……なかみー、恭くんと一緒に行ってくる?」
「それなら茅嶋さんの方がいいんじゃないですか?」
「でも村長と戦う気なの、まずなかみーじゃん。あと俺山登りしたくない」
「後半が本音では?」
「まあでも、冗談抜きで。何かあったらちゃんとすぐ助けに行く。恭くんにはアリスちゃんもついてる。大丈夫だよ」
「……いやまあ、あなたに山登れって言うのが酷なのは分かってますし……、……いざというときは本当に頼みますよ……?」
「もちろん」
『あ、あの……お話まとまりましたかね……?』
話の内容は筒抜けのままだ。おろおろとした声の信司にオフレコで、と笑っておく。
「まとまりました。私が付き添います」
『分かりました、じゃあ明日村長の家までお越しください。……あと、あの、これで一応約束は果たしましたので、何卒……』
「それは明日次第ということで」
『えっ』
何か話そうとしている信司を無視して、陵が終話ボタンを押す。まだ何が起きるか分からない現状で、安易に信司にOKは出せない。切れた電話は再びかかってくることはなく、渋々といった手つきで陵はスマートフォンをしまった。その視線はじろり、と律に向けられている。
しかし、やはり今回、律は当事者ではないのだ。直接村長と対峙するべきは、陵と恭になる。――それに。
「……本当に私が行くんです?」
「外に一人。何かあったときの対処。そういうことは俺の方が慣れてると思わない?」
「それは……そうですね……」
「というわけで、明日は恭くんのことよろしくお願いします」
「……分かりましたよ……」
はあ、と肩を落とした陵に、律は笑って。とりあえず寝ようか、と席を立ちあがった。