Unreal Sanctuary - 02
古賀を見つけるまで、それほど時間はかからなかった――というよりも、陵がしつこいくらい名前を呼びながら村の中を回ったので、古賀が出てこざるを得なかった、と言った方が正しい。
「……何だようるさいな……」
「やっと出てこられましたね。お元気でしたか?」
「元気だよ。そっちも元気そうで何より」
明らかに古賀は警戒している。表情があからさまに嫌そうだ。何より名を呼ばれている時点で、こちらがある程度古賀の情報を持ってきたことは分かっているのだろう。当然の対応である。
「で。呼ばれたから出てきたけど、用がないなら行くぞ」
「駄目です。用があるから探していたんですよ」
「じゃあ何の用だ」
「どうやったら村長と戦えますか」
「……は?」
取り繕いもしない陵の問いに、古賀があんぐりと口を開けた。律としてももう少し言葉を選べと思いはしたが、ここはあえて黙っておくことにする。
わざわざ律に相談して、自らこの村を再訪したのだ。陵の怒りも、理解はできる。
「……いや、あの……はい、何て……? いや多分聞き間違いだよな……?」
「ああ、そうですね。間違えました。どうやったら村長のところへ行けますか?」
「……ああ……ええと、いや、村長には今客が来ているから……」
「白い髪に白い和装の子供のことですか?」
躊躇いもなく尋ねた陵に、古賀が頭を抱えた。そこまで知っているのか、とでも言いたげだ。たまたま見掛けただけではあるものの、運は良かったらしい。
「……俺からは詳しいことを答えることはできない」
「役に立ちませんねえ」
「煽るな、大体そんなことを言われる筋合いもない。何で聞かれて正直に答えなきゃいけないんだ」
その言い分はもっともだ。村長に害を為すかもしれない人間の為に、現在村長側の人間となっている古賀が情報を出す義理はない。続く押し問答を聞きながら、律は空を見上げた。
雲一つない晴天。真夏よりは和らいだとはいえ、身を焼く太陽の陽射しはまだまだ熱い。
――そう、待っている間、ただただずっと暑いのだ。これ以上長引くのは、正直に言って勘弁してほしいので。
――ごぉん、
地鳴りのような音が鳴り響く。一瞬の眩い光、何事かと騒ぎ出す村人を横目に、律は腰を抜かした古賀ににこりと笑った。
目の前にいた彼には、分かるはずだ。先程の音は、律が起こした雷鳴であることに。
「この村に関する話を聞かせていただきたいだけですよ。話せないの一点張りじゃ会話になってないじゃないですか」
「そ……うは、言われ、ても……」
「とりあえずは村長のところのお客さんの話を聞かせてもらえるとありがたいなあ」
「若頭がまた脅迫を……。まあでも確かに、話していただかないと次は雷が本当に落ちてくるかもしれませんね?」
「ッ……分かった、話す、話すから……! けど、客人のことは村長の大切な客ということしか聞かされてない!」
「本当に?」
陵の確認に、こくこくと古賀が頷く。どうやら、嘘ではなさそうだ。
質問を重ねてみたところ、古賀自身も自由に村長の家に行くことができるわけではないようだった。新しい住人の案内や、村長からの呼び出しがあれば家に入ることができるだけで、側近というわけではないらしい。いつでも村長に会うことができるのは特別な客人くらいで、あとは招かれなければ村長の家には入れないらしい。
「……うー……って言われても、俺としては村長さんに会いたい……」
「だからそれを俺に言われても……」
「会いに行ける人いるなら、その人を紹介してもらうとかはだめ?」
とうとう黙っていられなくなったらしい恭が、困った表情で古賀に問い掛ける。それは、と言い淀む古賀を黙って睨んでいるのは、『黄昏の女王』だ。その圧に負けたのか、小さな声で古賀が呟く。
「……いやそもそも、村長の客人になるような人に、俺が直接話しかけるわけにもいかないし」
「じゃあ、じゃあえっと、話しかけなくていい! だからその人のこと教えてもらうとか……」
「……今この村には、村長に会いに行ける客人が3人来てる。一人はさっきそこの陰陽師が言ってた子供。あとの二人はその方のお連れだ。お二方ともまだこの村にいらっしゃるとは聞いてるが、それ以上のことは知らない……」
「じゃあ探しに」
「はい勝手に動かない」
「……ハイ」
今にも駆けだしそうだった恭を止めつつ、律は陵に視線を向けた。現状、古賀からこれ以上の情報が得られるとは思えない。情報を元に、村の中にいるらしい二人の客人を探し出した方が早いだろう。
意図を汲み取ってくれたのか、陵は古賀に「情報ありがとうございました」と笑んだ。這う這うの体で逃げ出していく古賀には悪いことをしたなと思うものの、恭やルキの状態を考えると時間をかけてもいられない。
「じゃあ探そうか、客人」
「そうですね。さくっと見つかってくれたらいいんですが」
暫しの捜索の後。村のはずれに、その人物はいた。
人物、という呼称が正しいのかどうかは分からない。その男の姿は、人にしては明らかに整いすぎている。どう考えても村人ではないその男に話しかけようとした恭のことは、律よりも先に『黄昏の女王』が止めていた。
「……確実に客人だと思われますが、どうしましょう」
「ん、俺が行けばいい?」
「いや誰も茅嶋さんに行けとは言ってないですよ?」
てっきり行ってきてほしいという意味かと思ったが、慌てて首を振る陵を見るに、本当にそんなつもりはなかったようだ。
しかし、どうにも雰囲気的に近寄りがたさは否めない。あの村長の客人だ、ほぼ『怪異』であると考えた方がいいだろう。ここで悩んでいても仕方ない。行ってくる、と陵に声を掛けると、陵からは困ったようにお願いします、と返答が返ってきた。恐らくは男から感じる不気味さが、陵を気後れさせているのだろう。こういったことに関しては、律の方が慣れている。
「すいません、少しお話をお伺いしたいんですが」
「何でしょうか?」
男の反応はいたって普通だ。特にこちらを警戒している様子は見受けられない。或いは、警戒する必要もないと判断されている可能性もある。どちらにしろあまり長話をしたい相手ではないので、話は早い方がよさそうだ。
「ここの村長とはどういったご関係で?」
「え」
「貴方はここの村の人ではなさそうだなと思ったので、気になりまして」
「……そもそもあなたがたは何なんですか? 急に話しかけてきたと思ったら、変なことを聞いてきて」
警戒はされなくとも、不審には思われたらしい。素直に話すべきか、それとも仕掛けるべきか。
数秒考えて、律はちらりと恭に視線を移した。できれば相手の正体は把握しておきたい。恭の隣には、変わらず『黄昏の女王』の姿。
イチかバチか。賭けてみる価値はある。
「……ちょっと、ここの住人になりかけている子がいて?」
「へえ?」
口許に浮かんでいるのは、明らかな愉悦の片鱗。ちらりとその視線が恭に向けられる。瞬間、焦ったように『黄昏の女王』が動いた。しかしその判断も虚しく、その『視線』は恭に到達し。
「え、っ……!?」
顔色をなくした恭が、力が抜けたようにその場に座り込む。そしてそれは、律にも陵にも視認できる――この村のものとは違う得体のしれないものが、恭に絡みついた。
「ああ、これは失礼」
恭に『何か』したことに、律が気付いているのは分かっているのだろう。楽し気な声で告げる男に、いえ、と律は敢えて笑ってみせる。あの程度何でもない、と示すために。
幸い、気付いた陵が既に恭の様子を確認してくれているようだ。呪いの類であれば、陵の専門分野。任せておいて問題はない。
「……まあそれで俺たちは村長にお会いしたくて。どうすればいいか御存知なら、教えていただければなと」
「そうですね、うちのボスの話が終わった後なら会ってくれるんじゃないですか? 知りませんけど」
「あー……それっていつ頃終わるかとか、分かります?」
「この村は時間の流れが変わってますからね。まあ2、3日もあれば終わるでしょう」
にこり、と男の笑みは崩れない。前回も何か聞く度に2、3日程度という話が多かったな、とふと思い出す。今すぐと言ったところでどうにもならないだろう。こちらとしては分かりました、と言う他ない。この男に頼らず、ひとまずはもう一人いる筈の相手を探すという手段もある。
「それで? 私に聞きたいことはそれくらいですか?」
「ええ。何も知らない下っ端の方には特に用事もありませんので」
「おやおや、これは手厳しい。それでは」
念の為口にした分かりやすい挑発に乗ることもなく、軽い会釈と共に男は去っていく。緊張を解くように肩の力を抜いてから、律はすぐに陵と恭の元へと戻った。恭はまだ若干の顔色の悪さはあるものの、声を掛ければ大丈夫、と頷くだけの余裕はあるらしい。命に関わるようなものではない。どちらかと言えば、恭を守れなかった『黄昏の女王』の方が顔色は悪い。
「……一度車に戻りましょう。休憩を取った方がいいと思います」
「これくらい……大丈夫っす、よし」
「ホントかなあ……。……あー……じゃあもう一つだけ気になるところ調べに行っていい? すぐ終わるから」
「どこか当てが?」
「当てっていうか、公安が鉄塔の下に何もなかったって言ってたのが気になってて。何かあれば、車戻れば電話もできるし。先にやっておきたい」
鉄塔の下で見つけた、『人造怪異』の証拠。村が見えている律や陵でも見つけられないのか、ということだけは確認しておきたい。
立ち上がろうとする恭に手を貸しつつ、律はこの先の行動を思案するのだった。