Unreal Sanctuary - 01

 夏の繁忙期も落ち着いてきた頃。陵から「相談があるのですが」という連絡を受け、律は水之登神社を訪れていた。先の事件の対価として、陵から何かしらの依頼があればしばらく対価は求めない、という報酬で話が手打ちとなったので、行かないという選択肢もなかったのだ。
 神社の様子はいつもと変わりない。参拝を済ませてから社務所を覗くと、既に陵が待っていた。どうぞ、と奥に通され、腰を下ろす。

「なかみーから相談って珍しいよね。何かあったの?」
「先日、ルキが行方不明になった事件があったでしょう」
「あったねえ」

 それはまだ、本格的に酷暑となる前。公安から引き受けた調査の先で、偶然陵に会ったときのことを思い出す。『人工怪異』によって創り出されたその村にルキは取り込まれかけており、そして恭も取り込まれる一歩手前の状態になってしまった。
 あのとき公安からの依頼としては村の調査だけであったこともあり、律はその後、あの村に関することには関わっていない。過程で恭があまりにも強く縁を持ってしまったのも、ひとつの要因だ。
 あまり関わり続けると、次は取り込まれてしまいかねない。そしてあの村に取り込まれてしまったら、帰ってこられるかどうかは分からない。あれは、そういう場所だ。

「ルキとあの村の縁が、いつまで経っても全く切れないんです。毎日のように縁切りをしているのですが、気付けばすぐに元に戻ってしまう……というか。そんな状態ですので、ルキを神社の外に出せなくなってしまい……」
「あー。ルキくんの場合、新しい住人って紹介されるところまでいってたもんね……」
「はい。このままでは神社の仕事にも支障が出ますので、もう一度あの村の調査に行こうかと。そのご助力をお願いできますか、という相談をしようとした矢先に貴方があんなことになっていたので」
「それは本当にごめんって」

 いいですけど、と言いながら息を吐く陵は、完全に疲れている。ルキのことだ、もう大丈夫だと言って陵の代わりに仕事をしようとしかねない。それを止めつつ、神社の仕事をしつつ、他の仕事も――となれば、かなりの負担だろう。

「俺よりなかみーが休むべきでは?」
「どの口が言いますか」
「とはいえ。確かにそれは恭くんもやばそうで気になるな……」
「そうですよ。ルキも柳川くんも、あの村と完全に縁を切るには、あの村自体を何とかするしかないでしょう」

 恭にこのところ妙なものを感じたことはない。なので縁は切れているようにも思える。だが、何かの拍子に悪い方向に転んでしまう可能性は、残念ながら十二分にある。
 陵の依頼であることを抜きにしても、解決まで持っていきたい案件だ。頭の中でさてスケジュールは、と思い出す。今回律が動けなかった間については恭と禮知が二人で仕事を片付けてくれていたお陰で、進行に遅れはない。落ち着いてきている現在であれば、どこかに空きを作るのは然程難しいことではないだろう。

「分かった。2、3日空けられるように調整するね。早くて明後日かな……すぐ調整して連絡する」
「お願いします」
「あと一応公安に村のその後についても問い合わせてみるよ。あ、だからなかみー、『陰陽連』で情報収集しといて」
「ええ……それ必要です……?」
「必要です。ルキくん、『陰陽連』の仕事であの村に行ったんでしょ。別で情報持ってるだろうから、嫌でもそれは知っておくべきだよ」
「分かりました……」

 渋々といった様子で頷く陵に、律は苦笑する。どうにもこうにも、律の周囲には組織と折り合いの悪い人間が多い――人のことは言えないが。
 じゃあ、と話を切り上げて社務所を出ると、ルキが境内の掃き掃除をしていた。少しだけ当たり障りのない会話を交わしてから、律は神社を出て。
 ――神域である神社の中にいるにも関わらず、ルキに良くないものが絡んでいるように感じたのは。

「……なかなか厄介な案件だなあ……」

 思わず口から本音が漏れて、笑ってしまいながら。律は神社の外で待機してくれていた伊鶴の車に乗り込んだのだった。


 取り込まれる危険性があるとはいえ、仕事となれば恭に黙っておくわけにもいかない。何よりしっかりと解決しなければならないだろうということもあり、恭には同行してもらうことにしたのだった。

「……俺よく分かんないけどめっちゃ怒られた記憶しかない……」
「そうね、私も怒った記憶しかないわ」

 今回、助手席に座っているのは『黄昏の女王アリス』である。あの村に行くと話が決まった瞬間に、彼女は顕現したまま恭の傍から離れなくなった。万が一にもあの村に取り込ませるわけにはいかない、ということだろう。『黄昏の女王アリス』がついていてくれるのであれば、ある程度は安心できる。
 さすがに今回、恭が自由に行動することを認めるわけにはいかない。何かあれば『黄昏の女王アリス』が止めてくれるだろうが、村の人間とは会話しないこと、そして律か陵の傍から勝手に離れないことを言い聞かせている。恭は不服そうではあったものの、「次は家に帰れなくなる」という忠告が余程効いたらしい。恭にとって、帰れないというのは何よりも避けたい話だ。
 神社の下で車を停めて待っていると、待ち合わせ時刻から少し遅れて陵が現れた。後部座席、律の隣に乗り込んで、おはようございますと挨拶する陵の様子はいつもと変わらない。

「おはよ、なかみー。ごねられなかった?」
「ルキは気付いてはいましたけれど。まあ龍神様に駄目と言われてしまえば」
「あはは。さすがに突破できないか」

 どちらにしろ、村の住人と認定されてしまっているルキを再度あの村に連れていってしまえば、どうなってしまうか分からない。大人しく神社で留守番をしていてもらうのが正解だ。
 村までの道中で、互いに手に入れた情報について交換する。公安からは、「村があるはずの場所を訪れたが、残念ながら村自体が見えなかった」という返答が返ってきている。念の為鉄塔の下で見つけた『人造怪異』の証拠を探し、念入りに調査したが何も出てこなかったという話だった。
 恐らく、あの村に入るためには何らかの資格を満たしている必要があるのだろう。誰を派遣したところで、例え村には入れても犠牲者が増えるだけになるとの判断で、現在はあの村に行って生きて帰ってこられるだけの人間を選定している状況らしい。

「まあ公安の人間も調査に行ってたわけだし、公安自体が拒絶されてるわけではなくて、人の問題だと思うけど。なかみーの方は?」
「こちらをご確認いただけますか」

 渡された資料に目を通す。それは『陰陽連』からあの村に調査のために派遣され、そして戻ってこなかった者たちのリストのようだった。ルキへの依頼内容としては、彼らの安否確認――そして生きているなら連れ帰ること、というものだったらしい。

「ルキは仕事前に、あの村は『怪異』の『領域』になっている可能性が高いので、村のものを食べないこと、村の人間と関わりを持たないこと、という注意は受けていたようです」
「なるほどね。『陰陽連』はもう動かない感じ?」
「あの『領域』が根深くなっていて太刀打ちできそうになければせめて情報だけでも、という形で仕事を進めても誰も戻っていないので、現状、太刀打ちできそうな人間が見つからない限り、あの村には触れないでおこうという方針のようです」
「ずるいねえ」
「本当に」

 肩を竦めつつリストを捲る。一人、確実に見覚えのある人物を見つけて、律は目を細めた。
 それは森で一行を追ってきていた人物だ。会話も交わしているので、『古賀』と書かれたその男のことは、よく覚えている。

「……なるほど。村人になっちゃったか」
「そういうことでしょうね。となると、彼らは自分の職務は忘れてしまった、ということになりますが」
「洗脳の類とはまた違う気もしたけどな……まあしっかり調査してみるしかないね」
「あ、次のサービスエリアにコンビニあるんで寄るっすー」
「よろしくー」


 軽食と飲料を調達し、3人は昼過ぎに村の入り口へと辿り着いた。公安は村が見えなかったと話していたが、そこには前と変わることなく村が存在している。
 さて、と律は恭に視線を向けた。村まで来たことで、恭にもまた色濃く縁が絡みつこうとしているのが見える。あと一押し、としか言えない状態になっている現状、本当にこれ以上村に関わらせたくないというのが本音ではあるが、車に置いていくわけにもいかない。

「恭くん、重ね重ね言うけど」
「ハイ」
「絶対に村の人たちと喋らない、挨拶もなし。無事に家に帰りたければ、言うこと聞けるね?」
「うす……がんばる……」
「不安しかありませんが、大丈夫ですかね……」
「最悪口塞ぐしかないね」

 律の言葉に、『黄昏の女王アリス』がこくりと頷いた。どうやら元よりそのつもりでいるらしい。
 ひとまずはということで、村の広場へと向かう。ちらほらと見掛ける村人たちの中にはやはり、陵に見せてもらったリストで見かけた顔がちらほらと。彼らは一様に、恭に対して親しげな視線を向けていた。対して、律と陵を見る視線は冷淡だ。よそ者と認識されているということだろう。

「……前回来たときよりも家が増えている気がしますね」
「住人が増えたか、新たに迎える準備をされてるか。どちらにしろあんま嬉しくないな」
「人増えてないっすか? ……イテ」
「喋らない」
「うー……」

 口を開けば何を言い出すか分からない。腕を抓ると、しょんぼりと恭が肩を落とす。文句を言わないのは、律の意図が分かってはいるからなのだろう。先程から何人か村人が恭に話しかけているが、そちらは『黄昏の女王アリス』が口を塞いで返事をさせていない。

「……あのちなみに律さん質問だけいいすか」
「何?」
「村長さんちって行けるんですかね……?」

 恭が困っていると知れば、恐らく村人たちは放っておかない。なので会話は聞かれるべきではないということもあり、声のトーンを落とした恭が小声でぼそぼそと尋ねる。律は首を横に振り、そして『黄昏の女王アリス』が恭の首根っこを掴んだ。勝手に動かないようにするための保険だろう。

「絶対駄目」
「俺もアリスちゃんに賛成。不用意に近づくべきじゃない」
「はあい……」
「まあでも、村長は探してみましょうか……、あ」
「あ?」

 周囲を見回していた陵が、一点で動きを止める。そちらに視線を向けると、見覚えのある後ろ姿。――服装から見ても間違いなく、村長の男だ。
 そしてその横に、子供の姿があった。後ろ姿であることもありよく見えないが、白い髪に白い和服を纏っていることは分かる。二人の姿は程なく山の方へと消えていった。行先は村長の家だろう。

「……見てください茅嶋さん、子供でも山登りはできるんですよ」
「うるせえわ」
「子供の住人が増えたんすかね?」
「どうかな。この距離じゃ判別はできないね」

 あの子供は人間なのか、この村の住人なのか、或いは『怪異』なのか。確認するにはこの村自体の気配が邪魔をする上、離れ過ぎていた。山に入ったところで二人には追い付かないだろうし、村長の家に辿り着くこともないだろう。後を追う意味はない。
 さてどうしたものかと考えているうちに、近づいてきた村人が恭に話しかけていた。泊まっていくなら、前に貸した家を掃除しているから、ということらしい。応じないよう自主的に口を塞いだ恭が、困った顔をして村人と律の顔を見比べている。
 元来人なつっこい恭には、今の状況はかなりつらいだろう。友好的に話しかけてくれる村人たちと、何も話すことができずにいるのだから。やはり連れてくるべきではなかったかもしれないとは思いつつ、律はにこりと村人に笑んでみせた。帰ってくるのは社交辞令の、張り付いたような笑顔だ。明確に態度が違うことがよく分かる。そそくさと退散した村人を見送って、律は大きく息を吐いた。

「……村長さんいたし、やっぱ村長さんち行った方がいいのでは……?」
「駄目って言ってるでしょう。今あそこに行ってしまうと、前と違って私では連れ戻せない可能性の方が高いわ。力が強くなっているように感じるもの」
「まあ、人が増えているかもしれないということは、その分強くなっているかもしれないということでしょうね」
「……どうする?」
「あの人を探してみませんか、古賀さん。彼は割と話が通じたでしょう」
「通じたっていうか、俺が脅迫したようなもんだけど、まあ」

 少なくとも彼――古賀は、一行を村の住人にすべく招き入れるような行動はしていなかった。どちらかと言えば、無事に帰らせようとしていた印象が強い。あのままであれば、確かに古賀からが最も話を聞き出しやすいだろう。
 そうと決まれば話は早い。3人は古賀を探すため、村の中を回ることになったのだった。