Deep Resolve - 閑話
帰宅後の話
自宅に戻る頃には昼前になっていた。既に芹が来て仕事をしてくれているという話を聞いて、芹の執務室に割り当てている客間を覗く。人の気配にパソコンから目を上げた芹が、ひらひらと手を振った。
「お。おかえりなさーい、茅嶋くん」
「ただいま。今日は芹ちゃん来てくれてたんだ」
「すーぐお仕事溜まっちゃいますからね」
話しながら横からパソコンの画面をのぞき込んでみると、カレンダーが表示されている。今後の打ち合わせ予定を調整してくれている最中だったのだろう。
例年のことだが、どうしても夏は仕事が多くなる。こちらとしては、冷房の効いた部屋でのんびりしていたいところなのだが。
「あ。茅嶋くん、麻葉くんから報告書来てますよ。読みます?」
「おー、じゃあそれから片付けようかな」
「了解です。……ちなみに茅嶋くん、イレギュラー入りそうな気配ありますか? あと体調悪くなったりしてません?」
「今は多分まあ、イレギュラーで対応するようなことはないはず……? 体調は大丈夫」
「なら、この辺の予定がさっと埋めちゃっていいです? 茅嶋くんが話聞いてきて割り振り考えてくれないと後の予定が立ちません」
「りょーかーい。……多いな……」
「これでも減らしておいた方です。というわけでどうぞ」
「ありがと」
芹から報告書を受け取って、律はソファに腰掛けつつ内容に目を通す。
仮にも禮知は当主補佐をしていた人間でもあるし、報告書には今までも何度か目を通したことがある。内容にこれといった過不足は見当たらない。必要事項はきっちりと網羅されているので、この報告書に少し手を加える程度で済みそうだ。
ふと思い出して、昨夜適当に確認した陵からの報告のメッセージを開く。おおよそ禮知の報告に嘘はないだろうが、陵のメッセージの最後に『それなりには働いていました』と書かれていたところから察するに、恐らく相当恭に振り回されていたのではないだろうか。
「……ねえ芹ちゃん、恭くんの説明書作るなら何て書く?」
「急ですねー。うーん、恭ちゃんは基本的に、コマンドは先回りして早め早めに言わないと好き勝手しちゃう大型犬です?」
「言い得て妙」
「恭ちゃん、いい子なんですけどね。茅嶋くんにお仕事任されると張り切っちゃうし、本当に早く言わないと言う前に行っちゃうでしょう。トレーナーさんも大変ですね」
「いや本気で犬扱いしてるじゃんそれ」
「おっきくてかわいいわんこだなあと思ってますよ、昔から」
にこ、と笑う芹は本気で言っている。そうですか、と苦笑しつつ、律はもう一度報告書に目を落とした。
「……禮知くんに、今後恭くんと仕事に行ってもらうこと増えるかもって言ったら怒るかなー。仕事ドタキャンされたら笑っちゃうな」
「あはは。二人に仕事させて、自分は打ち合わせ関係とか増やしていくつもりですね?」
「そういうことです、さすが芹様。ちょっと俺もその辺頑張らないと、仕事が減らないからねえ」
「仕事はね、減らしたら増えるんですよ」
「地獄か?」
げんなりとした律の一言に、芹が笑う。それでも日本にいる間、それで上手く仕事が回っていくようになれば、それが一番手っ取り早い選択肢だ。どちらにしろまだ、禮知相手に一人で仕事を任せることはできない。
それは彼の立場的な問題が絡んできてしまうことでもある。黙らせることができるだけの実績は、きちんと積んでもらう必要があるので――しばらくは。
「ま、しばらくは試用期間みたいなもんだね」
「厳しいですねえ、先生」
「俺もねえ、先生が厳しかったんですよねえ」
――仕事が落ち着いたら、久しぶりに連絡しよう。
そう心に決めつつ、律は報告書を仕上げるべく、ペンを手に取ったのだった。