Alley Curse - 閑話
拗ねられた話
足が痺れた、などと言えるような状況では当然なかった。
にこー、と笑っている憂凛が怖い。目が笑っていない。ここに来て、帰り際に禮知が「一緒に行って事情説明してやろうか?」と言ってくれたのを断るべきではなかったと心底思う。
何も悪いことをしていない。なので、言い訳をするつもりもない。事実をきちんと話せばいいだけだ。――それはそうなのだが、そして事実をきちんと説明したのだが。
「つまり恭ちゃんは」
「ハイ……」
「何のお店かよく分からずに聞き込みに入ったら、いろんなお姉さんに言い寄られ、べたべた触られ、体を押し付けられていたっていうことでいいのかな?」
「いや……えっと……そうです……」
ひとつも違うところはない。全て事実である。
本当にそういうお店だなんて、ちっとも思ってはいなかったのだ。普通のカフェだろうと思い込んだ自分が悪いことは、重々承知している。しかしやましい気持ちなど全くなかったし、聞き込みが目的でなければ絶対にすぐに店を出ていた。
「中御門さんがいなかったらどうするつもりだったの?」
「ハイ……」
「はいじゃなくて」
「いやほんっと、どうしたらいいか分かんなくて……ごめんなさい……」
助けに来てくれた禮知も、もみくちゃにされていた。本当に律が陵に手助けを依頼してくれていなければどうなっていたか分からない。そもそも場所が場所なのだから、そういうこともあるかもしれないと考えておくべきだったのだ。
――いつもああいうときは、律が上手く立ち回ってくれているのだなということを実感する。いつもそれに助けられていて、だから今までああいうことは起きなかったのだ。
「……あの、ちなみに、俺やっぱそんなにおう……?」
「レディースの香水の甘ったるいにおいと、いつもと違うキツめの煙草のにおいがすっごい染みついてて本気で嫌」
「あう……」
「せっかく恭ちゃんがおうちにいるのに、私、しばらくこのにおいと戦うことになるのかと考えるとげんなりする。ぎゅーってしても恭ちゃんのにおいしなくなっちゃってるんだよ?」
「ハイ……」
――ついでに言うなら、憂凛が香水を苦手としていることもきちんと知っている。
不可抗力だった。入ったが最後、避けるすべはなかった。絶対に憂凛に怒られる、と即座に覚悟した。だがしかし、本当に怒られるとやはり何をすればいいのか分からない。どうしたら許してもらえるのだろう。大人しく怒られていることしか、恭にはできない。
いっそ子供たちが起きてくれないだろうか、といく邪心がちらり。とはいえ、顔を見に行ったときは既に二人ともすやすやとよく眠っていたので、そうそうタイミングよく起きてはくれないだろう。このまま憂凛の怒りが過ぎ去るのを待つしかないというのも、どうにもむずむずしてしまう話だ。
「前も言ったけど、私は別に、万が一にも恭ちゃんが浮気するとか、そんなことは全然思ってないし考えもしないけど」
「……ハイ」
「それはそれとして、他の女の人にべたべたされるの、ほんっとーに、やだ」
私の旦那さんなのに。
ふてくされた表情でつぶやく憂凛に、ぎゅう、と胸が締め付けられる。仕事の一環であることは憂凛も分かってくれていて、それでもどうしても。その葛藤がちらりと見え隠れする。
「……あ、の、ゆりっぺ」
「何」
「……俺今からがっつりシャワー浴びてできる限りにおい落としてくるから、その」
「うん」
「……ゆりっぺのにおいで上書きするのは、解決になったり、しません……か」
いっぱい抱きしめるから。
そういう意味で言ったはずの、その言葉の結果として――翌朝寝不足でトレーニングに行き、今度は陵に怒られてしまったのだが、それはまた別の話だ。