Alley Curse - 02

「二人とも重々反省してくださいね?」
「ごめんなさい……」
「俺もかー……」

 数時間後。3人は車に戻ってきていた。手にはそれぞれアイスがある――なお、このアイスは禮知の奢りだ。暑いから休憩がてらアイスを買いに行くと言い出した恭に、禮知が「パシらせてるみたいで嫌」という理由でついてきたためである。
 コンセプトカフェでは後から禮知が入ってきたものの、同じように女の子たちにもみくちゃにされ、どうすることもできなかった。最終的に見かねた『分体』が陵に助けを求め、事なきを得た。
 店員たちは事件についてはあまり詳しくはなく、怖いね、と言い合っていた程度の認識だったという。大学生くらいの年若い子も働いているようで少し心配になったが、そこは今回の件と関りはないので口には出せない。
 そして問題は2階の雀荘である。ガラの悪い男に誰だ、と凄まれた恭が身分証代わりに警察手帳を提示してしまったばかりに、かなりの大事になってしまった。雀荘は違法賭博を行っていたため、店内にいた人間が我先にと逃げ出したのだ。受付を調べた禮知が違法賭博の証拠を見つけたこともあり、恭が警察に連絡して違法賭博を検挙するというよく分からない事態に陥った。

「……茅嶋さん、よくお前と仕事してるよな……」
「ひどい」
「ひでえのお前だよ……」

 恭が何かをする度にツッコミを入れていた禮知は、心底疲れたのだろう。はああ、と大げさなほど大きな溜め息を吐く。その姿に笑ったのは陵だ。実際、陵がいなければ全く調査が進んでいないので、さすがに禮知も陵に対して文句が言えないらしい。
 続く3階は貸金業の事務所だったようだが、誰一人出てこなかった。階下での騒ぎのせいでもあるのだろう。諦めて上がった屋上は、階数の割には眺めがいい場所だった。
 この界隈で起きた事件現場を、全て見渡すことができる程度には。

「……で、どうするんすか今から」

 アイスを食べ終えた禮知が、ちらりと雑居ビルへと視線を向ける。違法賭博の検挙という形になってしまった結果、ビルの前には未だ多くの赤色灯がくるくると回っていた。落ち着くまでには、まだ少し時間がかかるだろう。

「なかみー的には犯人あのビルの中にいるっぽいんすよね?」
「そうですね、恐らくですが。ただ、色々なにおいがする場所ですから、特定するのも難しいところですね」
「コンカフェは香水くせえし、雀荘ヤニくさかったし」
「うっ香水……思い出してしまった……」
「ヤニの臭いで上書きできてんじゃねえのそれ?」
「無理だと思う……」

 思い出すとげんなりしてしまう。悪いことをしたわけではないし、下手な言い訳はせずにきちんと説明するつもりではいるのだが、憂凛が怒るのは目に見えている。先日の件もあったところだし――と考えて、恭は首を横に振った。そちらもそちらで、あまり思い出したくない話だ。
 自分が警察沙汰にしてしまったせいでもあるが、雑居ビルの捜査はそうそう終わらないだろう。恐らく数日はこの辺りを警察がうろうろすることになる。その間事件が起きないようであれば万々歳――ではあるのだが、犯人が分からないままになってしまう。何も解決しないままというのは、仕事を任せてくれた律に対して申し訳ない。

「……おや」

 最初に反応したのは陵だった。雑居ビルから数人の女の子たちがぞろぞろと出てくる。恐らくは警察の事情聴取を受けていたのだろう。チャイナ服から私服に着替えている女の子たちは、店の中で会ったときとは随分雰囲気が違う。
 各々帰宅するのか、ばらばらの方向に散っていく女の子たちを眺め、不意に陵が呟いた。

「……禮知くん。犯人はパーカーを着ていて、フードを被っていて、顔は見えないんですよね?」
「え? ああ……そうっすね」
「あの子、怪しいと思いませんか」

 視線を向けた先には、フードがついたパーカーを着ている女の子。きょろ、と周囲を見回したその女の子は、そのまま足早に走り去っていく。
 特徴は合致している。3人は顔を見合わせて、女の子を追うことにしたのだった。


 女の子の行方を追っていると、チンピラのような男の怒鳴り声が聞こえた。慌ててそちらに向かえば、男がパーカーを被った女の子に怒っているのが目に入る。仲裁に入ろうとした瞬間、男が女の子を蹴り上げるのが見えた。
 しかし。

「っでぇ……!?」
「えっ」

 悲鳴を上げて蹲ったのは、男の方だった。蹴られたはずの女の子は、何事もなかったかのようにそこに立っている。

「大丈夫っすか!?」

 思わず、恭は男の方に走り寄っていた。腹を押さえて蹲っている男は、恐らく何が起きたのか分かっていない。介抱する恭を横目に、女の子がまた走り出してしまう。
 ――このままでは、逃げられる。

「ちょ、待って……待って! らっちっち、逃げちゃう!」

 叫び声が、別方向を探していた禮知に届いたらしい。走ってきた禮知が女の子の逃げ道を塞ぐ。慌てて方向転換したその先には、陵の姿。3方向を塞がれて、女の子が逃げ場を失う。
 どこから逃げるべきかと視線をさ迷わせた女の子の目が、恭を見た。チンピラの男を介抱している今の状況では追ってこないと踏んだのだろう、こちらに走ってくる。
 逃がすわけにはいかない。幸いこういったときの反応速度には自信がある。

「ちょ、待ってってば……!」

 横を走り抜けられる前に、手を伸ばす。ひとまず事情を聴くのが先決だ。何とか手首をつかんだ――と思った、その瞬間。

「いって……!?」

 手を思い切り掴まれた痛みが、恭の手首に走る。あまりのことに一瞬手の力を緩めかけて、しかし慌ててその手を掴み直した。今逃げられてしまえば、次はいつ遭遇できるか分からない。
 どうにか恭の手を振り払おうと暴れる女の子に、どう声を掛ければいいものか。とにかく待って、と必死に声を掛けている間に、陵がこちらに走ってきて女の子を取り押さえてくれる。禮知はチンピラの男に何かを伝え、男は腹を押さえながら慌てた様子で去って行った。

「はな、して……!」
「ちょっとお話をお伺いしたいだけですよ。大人しくしていただけませんか」
「知らない……っ」
「そう言わず」

 陵が柔らかな声で女の子と話している。観念したのか、女の子の抵抗が緩くなっていく。いい子ですね、という陵の言葉とともに、彼女の抵抗は完全になくなった。
 やれやれ、と恭は女の子から手を放す。相当抵抗されたこともあり、手が痺れてしまっている。

「……何だあのひと」
「え、なかみー」
「いやそれは知ってっけど」

 ドン引きした様子で陵と女の子が何か話している様子を眺めている禮知に、恭もそちらに意識を向ける。どこかぼおっとした、熱もこもった瞳で陵を見ている女の子と、優しい表情で女の子に話しかけている陵。
 似たような光景を、恭は知っている。そして――それよりも遥かに、何とも言えない妙な雰囲気。

「……こわ……」


 陵が女の子に話を聞きだしたところ――なお何回話しかけても恭は無視された――『彼方』の人間、『シャーマン』の力を持っているのは確かだが、どうにも様子がおかしい、という見立てだった。
 どうしてこんな事件を起こしているのかと何度問うても、「自分の限界を知りたくて」「どこまでできるのか確認しようと思って」といった趣旨の返答が返ってくるだけで、どうにも要領を得ない。
 犯人を確保はしているので、警察に身柄を引き渡して幕引きにすべきか、という話が出たところで、恭は首を横に振った。

「今の状況だと、警察連れてっても同じことして逃げるだけだと思う……」
「あー……まあそれはそうか」
「もし何らかの要因で『シャーマン』になっている、という形であれば、龍神様のお力をお借りすればどうにかできるかもしれません。一度神社に連れ帰ってみましょうか」
「あ、じゃあこっちまで車回してきます」

 捕まえても、逃げられてしまえばまた同じことが起きるだけだ。正直なところ、そうなってしまうと今度は律の手を煩わせてしまうことになってしまうので、恭としてはそれを避けたい気持ちもあった。どう頑張っても律が多忙であることには変わりないので、ひとつでも仕事は減らしておきたいのだ。
 そんなわけで、一行は神社に戻ることになった。神社の中に入れない禮知には表で待っていてもらい、恭は女の子を連れていく陵についていく。拝殿に入るとスーツ姿のままで陵がお祓いを始めたので、変な光景だなあと思ってしまったものの、それは黙っておく。さすがに茶化したようなことを言う状況ではない。
 続けていると、すう、と女の子の雰囲気が変わっていくのが見て取れた。状況を理解できていないのか、きょとんとした表情で女の子は二人を見比べている。

「あ、れ……? ここは……?」
「ああ、落ち着かれたようですね。大丈夫ですか?」
「は、はい……私、何でこんなところに」
「あれ、何も覚えてない感じっすか」
「どこかでお会いしましたか……?」
「えと、おねーさんコンカフェで働いてる人……っすよね?」

 恭の言葉に、さっと女の子の顔色が青くなる。どうしてそれを、とでも言いたげな雰囲気だ。恐らく周囲には隠して、あの店で働いているのだろう。
 女の子の話を聞いてみると、恭に会ったことも、陵に会ったことも覚えていないと言う。最近の記憶についてもどうやらかなり飛び飛びになってしまっているようで、事件を起こしたことは覚えていないようだった。余計なことは言わない方がいいだろう。恐らく、『シャーマン』であった時間の記憶が飛んでいるのだ、というのは恭でも察しのつくことだ。
 熱中症ですかね、とにこにこと話しながら、陵が水を差し出す。清められている水で、体内から綺麗にしておこうという魂胆だろう。ありがとうございます、と水を受け取った女の子は、こくこくとその水を飲み干し。

「――っ、けほっ」

 咳と共に、女の子の口から吐き出されたものは――血の塊。見た瞬間、恭は思わず女の子の背を撫でていた。自分が吐いたものに驚いた顔をしていたものの、女の子に変わった様子は見られない。

「えええ、大丈夫っすか!?」
「だ、大丈夫です。どちらかと言えば……つっかえていたものが取れた感じで……」
「すっきりされましたか?」
「はい」
「で、でも血だし! 一応びょーいん! 俺琴葉先生に連絡するっす! 念の為に診てもらった方がいいっすよ!?」
「そうですね。……それにしても、これは何でしょう」

 血の塊を見て困惑した表情になった陵が、ふと思い立ったようにそれを写真にとる。しばらくそのままスマートフォンを操作していたものの、その視線が恭に向けられ。

「……茅嶋さんって結構忙しそうな感じですか?」
「あー……多分? スマホあんま見ないかも……」
「仕方ないですね……。柳川くん、この件麻葉さんに伝えてきていただけますか。魔術師としての視点で見れば、何か分かることがあるかもしれません」
「お、なるほど」

 写真を禮知に転送してから、電話をかける。何か吐き出したのだと伝えれば、恐らく清めた方がいいのではないかという返答。加えて、そこから何か追った方がいいのであれば現物を見せてほしいとのことだった。急いでビニール袋を用意し、血の塊を入れて神社の外で待つ禮知のもとへ走る。

「……てか俺が入れてもらえたら早かったんだけどな」
「なかみーが今んとこまだだめって」
「じゃあまあしゃあねえか……」

 溜め息を吐きつつ、禮知はビニール袋の中にある血の塊を眺める。そのまま何かしているようではあったが、恭にはその内容は分からない。こういうときは邪魔をしてはいけないことは重々承知しているので、禮知の作業が終わるまで大人しく待つ他ない。
 ややあって、よし、と禮知が頷いた。どうやら結果が出たらしい。

「追えた」
「まじ!? ありがとー、らっちっち!」
「すぐ追うか?」
「ん、なかみー呼んでくる。あっ、あとあの子病院に連れていきたい!」
「分かった」

 すぐに車の用意を始める禮知を置いて、恭はもう一度神社の中へと戻る。陵に事情を説明し、女の子にはやはり一度病院で診てもらうべきだと説得して。
 追いかけた先に何がいるのかは分からない。それでも万が一、この女の子のように意図せず事件を起こしてしまう人間を増やしてはならない。
 不安を抱えながらも、ひとまず一行は病院へと向かったのだった。


 病院に女の子を預けてすぐに調査に出ようとして、主治医――鹿屋 琴葉に捕まった。
 恭としてはすっかり忘れていたのだが、女の子を捕まえようとしたときに自身にダメージが返ってきている。目敏くそれを見つけた琴葉に、「怪我したことくらい覚えてなさい」と怒られつつ、治療をしてもらった形だ。きちんと治療を施してもらうと手首が楽になったので、それなりに痛みがあったのだと思い知らされる。
 琴葉に礼を言い、女の子を任せて車に戻る。そうして本来の目的である、血の塊から追ったものを探し。
 ――それは、繁華街の中にいた。
 人気のない路地裏にひっそりと、しかし確かに。手足がやたらと細長い、真っ黒な何か。どう見ても、明らかに『怪異』だ。何がどういうことなのかは分からないが、この『怪異』が女の子を『シャーマン』に変えていたのだろう。
 会敵、即座に『変身』。迷っていると、あっという間にやられてしまう。
 現れた3人を振り払うかのように、『怪異』の手が動く。細長いその手が向いた先にいたのは――禮知。

「っ、ちっ……!」
「らっちっち大丈夫!?」
「あ!? 気にすんな!」
「柳川くん!」
「……っ、うす!」

 がくんと動きを止めた禮知には、何らかの負荷が掛かっているのだろう。思わずそちらに駆け寄りかけたものの、言葉で制される。次の瞬間には陵が鉄刀を抜いていた。
 今は『怪異』を制圧するのが先決だ。足の向きを変え、そのまま『怪異』の側に跳躍。陵が鉄刀を『怪異』に斬りつけ、それに一瞬遅れて蹴りを叩き込む。が、まだ『怪異』はびくともしない。
 黒い影にしか見えないにも関わらず、視線がこちらを向いた、と感じる。再度振るわれた手は、今度は陵へ。現れた『式神』が攻撃を受け止め、消え失せる。
 その間に体勢を整えた禮知が動く。恭には聞き馴染みのない、いつもと違う何か。呼応するように反応して、禮知の肩から飛んだ黄色い小鳥がくるりと周り。

「え、かっこよすぎる」
「呆けてる場合かお前!?」

 場に現れたのは、黄色いドラゴン。ぽかんとしてドラゴンを眺める恭に、禮知の怒声が飛んできた。はっと我に返る頃にはドラゴンが『怪異』を薙ぎ払い、体勢を崩した『怪異』にとどめを刺すべく陵が動いている。
 今度は、タイミングを合わせて。前方と後方、両方から衝撃を受けた『怪異』が奇怪な悲鳴を上げ、さらさらと消えていく。どうやら、逃がすことなくとどめを刺すことができたらしい。
 ほっと息を吐けば、『怪異』が消えたからかドラゴンの姿は小鳥へと戻り、禮知の肩へと戻っていった。

「……らっちっち」
「んだよ」
「ドラゴン呼べるとか聞いてない! かっこいい! ずるい!」
「ずるいって何だよずるいって!?」

 わあわあと言い合いを始める恭と禮知の後ろで。
 完全に呆れ切った溜め息を吐きながら、陵が鉄刀を仕舞ったのだった。