Velvet Thorns - 06

 一方その頃。
 村の中に残った律と陵は、本格的に始まった祭りの様子を眺めていた。少しずつ盛り上がっていく空気の中、陵の呆れた視線が律に向けられる。

「……いつまで放っておくつもりなのかと、こっちがひやひやしました」
「ごめんね。俺もいつ止めようかと思ってたんだけど……言っても恭くんには意味が分からないかなって。てか、性格的に無理があるでしょ。――この村の人間と関わるな、なんてさ」

 村に来た最初の頃、恭が祠に挨拶をしているのを見たときから、嫌なものは感じていた。
 その次は、村長の男に家に行く許可をもらっていたとき。そして祭りの準備を手伝っている恭を見たときに、律はようやっと確信を持ったのだ。
 ――村の人間と関わるほど、親密になるほど、恭に『何か』が絡みついていくのを。
 当然そのことには陵も気付いており、そして『とおる』も感じ取っていることだった。何も気づいていなかったのは、当の本人である恭だけだ。そもそもこの場は『怪異』の『領域』、村人たちもヒトであってヒトではないモノだ。その相手と何も考えずに仲良くできるのは恭の長所であり、短所となる。今回は裏目に出たというのが正直なところだ。
 止めたところで、村人と仲良くするのをやめられるような人間ではない。残念ながらそのことはよく知っているので、ぎりぎりのタイミングまでは好きにさせておこうと思っていた。その矢先にまさか早朝トレーニングで更に『何か』を絡ませて帰ってくるとは思っていなかったが、これに関しては完全に律の落ち度である。お陰でその後、恭から一瞬たりとも目を離すわけにはいかなくなった。

「ま、退避させたし。これで当面恭くんは大丈夫でしょ」
「……戻ったら浄化と縁切りが必要ですね……」
「その辺りはよろしくお願いしますね、神主様。今回のルキくん捜索の対価ということで」
「ちゃっかりした人ですね本当」

 話している間にも、祭りは進んでいく。
 一際大きく太鼓が打ち鳴らされ、村長の男が櫓の上に現れた。そしてその後ろにもう一人、よく見えないが恐らく男であろう人影が見える。その人影に、先に反応したのは陵だった。

「……ルキ」
「やっぱりか」

 村長の男に引っ張られる形で、人影の男――ルキが村長の男の隣に並び立つ。俯いていて、その表情はこちらからは窺えない。

「今日はこの村に新しい住人を迎え入れられる、めでたい日です。――さあ、皆さんに紹介しますね」

 にこやかな村長の声とともに、ルキが顔を上げ。
 刹那、ルキは村長の男の手を振り払った。そのまま鋭い爪が村長の男の首元に閃く。到底反応できないようなスピードのそれを、村長の男は驚きながらもひらりとかわした。ざわざわと村人たちの間に動揺のどよめきが広がっていく。
 櫓の上のルキは、『鬼』の姿を強く顕していた。角が生え、全身の目が開いているその姿は、どう見ても彼の半分を構成する『百々目鬼』の姿だ。

「……いやあれ堕ちてない?」
「ルキ! こちらです!」

 律が思わずつぶやくとほぼ同時、焦った様子で陵が叫んだ。今の彼はどう見ても『半人』のそれではなく、『半妖』だ。この村での調査の結果として、そうなってしまうほどの何かがあったということになる。恐らく村長の男――『人造怪異』の力によって。
 ゆらり、『百々目鬼』の瞳が陵を捉え。

「――おそい!」
「ッ……!」

 一瞬の出来事だった。
 そこに滲んでいる感情は、恐らく怒り。跳んできた『百々目鬼』が、陵の鳩尾に拳を叩き込んでいた。避ける様子もなくそれを食らった陵は、避けられなかったのか、或いは甘んじて受けたのか。
 一人でこの村で耐え続ける苦痛は想像に難くない、『百々目鬼』が怒っている気持ちも分かる。だがしかしその光景を見た瞬間、律の中でぶちんと何かが切れた。そもそも恭のことでずっと我慢していたところに、地雷を踏まれたような感覚。

「――そもそもルキくんが何の情報も置かずに一人で仕事行ったのが悪いんでしょうが!」

 雷撃一閃。興奮状態の『百々目鬼』を貫いたそれは、彼の気持ちを落ち着かせるだけの効果は発揮した。この場合、何が起きたか分からずに呆気にとられた、と言った方が正しいのかもしれない。

「何が遅いだ、人のせいにしない。そもそも誰に喧嘩売って誰殴ってんの? 怒るよ」
「え、えと」
「いや茅嶋さんそれもう怒ってますし……それくらいで……」
「心底腹立つ」
「……まったく……大丈夫ですか、ルキ」

 さすがに『半人』に戻るほどのことはないが、ある程度正気を取り戻したのだろう。恐る恐るといった様子でこくんと頷いた『百々目鬼』を、安心した様子で陵が撫でる。
 その様子を、村長の男が呆然と眺めていた。小さな声だったが、確かにどうして、という言葉が聞こえる。
 感動の再会と言えるかどうかは分からないが、それはここまでだ。ルキの身柄を確保した今、この村にもう用はない。次にやるべきことは、脱出だ。

「うちの子ですので連れて帰りますね。――お世話になりました」
「走るよ!」

 膨れ上がる何か。こちらに向けられる、村人たちの無数の目。
 こういうのが一番面倒だなと舌打ちしつつ、律は踵を返した。全員を相手取って大立ち回りをするのは、この場では危険すぎる。何より『人造怪異』の能力は鏡写し、コピーのようなものらしいという情報もあった。万が一自分を相手取るようなことになるのは勘弁してほしい、というのが正直なところだ。
 次々に押し寄せる村人たちを押し退け、3人は村の外へと走り出したのだった。


 車の運転は恭――ではなく、陵に任せる形で。
 ルキの姿を見て泣きながら引っ付いている『とおる』と、『黄昏の女王アリス』 に無言で見つめられどうにか彼女の機嫌を取ろうとしている恭を後部座席に乗せた妙な空気の中、近くのサービスエリアまで車を走らせた。あの村の者は、村の外には出てこない。それでも新しい住人になりかけていたルキと、縁があまりにも強くなってしまった恭を連れている。念には念をということで、ある程度の距離を取ってようやっと落ち着いたのだった。

「……あのー、俺マジで何でこんな怒られてる……?」
「まだ分かってなかったんですか柳川くん」
「そりゃアリスちゃん怒ってるわけだわ……」
「……あなたは本当に、誰にでも優しい顔をするからこういうことになるのよ……」

 苦々しげに、『黄昏の女王アリス』 が呟く。とはいえ、『黄昏の女王アリス』 は恭の優しさに触れた結果として、今恭の傍にいることを選択した立場だ。正直なところ、あまり強くは言えない気持ちも見え隠れしている。
 気持ちのやり場のない八つ当たりか。『黄昏の女王アリス』 に睨まれて、律は肩を竦めた。

「何」
「魔術師、教育不足でなくて?」
「ちゃんとギリギリでストップ掛けた。読み違えてなかったでしょ別に。俺がついてて恭くんを本気でやばい状態にはしないよ」
「ッ……陰陽師から何か言うことはないの」
「私に振りますそれ……?」

 律に返せる言葉がなかったのだろう。『黄昏の女王アリス』 はその矛先を陵に向ける。困惑しながらも、陵は言葉を選びつつ恭に状況を説明してくれた。何となくは把握できたらしい恭が、しょんぼりと肩を落とすのが見える。
 ――それでも、恭のその純粋さも、優しさも、律には持ち得ないものだから。
 囮にするつもりは毛頭なかったし、ひとまず本人の好きにさせておこうと思ったのは事実だ。実際、それで得るものもあった。あとは取り込まれてしまうぎりぎりのところで止めるのが自分の仕事だと、そう踏んだ。
 途中で『黄昏の女王アリス』 が自ら顔を出さなかったのも、今回の恭は確かに何も『悪いこと』をしていなかったからだ。止めるに止められなかったという状況でもあったのだろう。
さて、残る問題はルキである。
大人しくはしているが、『半妖』となってしまっているのは間違いなく事実だ。その辺りは神社に戻ればどうにかなるだろうが、問題は。
考えかけて、律は緩く首を振って思考を追い払った。それは律が関与する問題ではない。ルキと、そして『とおる』と――二人の面倒を見ている、陵の問題である。

「なかみー」
「何です?」
「……ルキくんたちの話、縁の方のやつ。一回ちゃんと話聞いた方がいいんじゃないかな」
「……? 分かりました」

 戸惑いながらも、陵が頷いたのを確認して。
 どことなくどんよりとしてしまっている空気に、休憩しよっか、と努めて明るい声で律は笑ってみせた。