Velvet Thorns - 05

 翌朝。
 トレーニング代わりに山登りに再度チャレンジしてみたが、やはり村長の家までは辿り着けなかった。少なくとも祭りが終わるまでは近づけないということだろう。
 村人たちの朝は早いようで、ちらほらと姿が見受けられた。おはようございまーす、と声を掛けると、にこやかに手を振ってくれる。

「おはよう。こんな朝早くからどうしたの?」
「トレーニングっす。習慣だから、しておかないと気持ち悪くて」
「えらいなあ。あ、喉渇いてない? お水あるよ」
「あー、えと、大丈夫っす! でも、いっつも気に掛けてくれてありがとうございます」

 村人の申し出に、スマートフォンから『分体』の『あかんぞ!』という声が飛んできて、恭は慌てて首を横に振る。
 確かに喉は渇いているが、ここのものを口にするわけにはいかない。車に戻った方がいいだろうと頭を下げれば、村人からはそれならいいけれど、と少し心配そうな、しかしどこか嬉しそうな回答が返ってきた。恭が礼を口にしたからだろう。
 車に戻ると、陵と『とおる』は起きていた――のだが、目に入った光景に思わずぎょっとする。

「……え、パーカーだいじょうぶ……?」
「……ちょうしわるい……」
「よな」

 どろり。人の形を保っていない、何とも形容しがたい状態になっている『とおる』の姿。その『とおる』を撫でながら、陵が困ったように息を吐く。

「何か起きるかもしれませんね」
「おお……、どうしよ。パーカー、帰る? 大丈夫マジで? 俺送ってくよ?」
「……るき、みつけてない、かえれない」
「俺がちゃんと代わりに見つけてくるからさ」

 な、と声を掛けても、『とおる』は首を横に振る。ルキを心配している気持ちも分かるので、こればかりは無理強いするものでもない。しかしどう見ても普通の状態ではないので、どうしても心配になってしまう。だが、陵が帰すと言わないようなので、大丈夫だと信じるしかないだろう。

「……うーん……これ以上調子悪くなったら言えよ?」
「……うん」

 頷きつつ、『とおる』はぎゅう、と陵に引っ付いた。その方が落ち着くのだろう。
 水を一気飲みしてから、まだ寝ている律をたたき起こす。うだうだと言いながら目を覚ました律は、不意にじっと恭の顔を眺めた。どうしたのだろうと首を傾げると、はああ、と深い溜め息をひとつ。

「……恭くん汗くさい無理」
「ひどくないすか!?」
「スーパー銭湯あったんじゃなかった? 村の様子も変わらないみたいだし、皆でお風呂入りに行こうよ」
「……それもう昨日行けばよかったんじゃないですかね……」
「まあ一応夜の様子も確認しておきたかったからね。ごめんごめん」
「じゃあ銭湯で朝食にしましょうか」
「そうだね。お祭りはまだだろうし、さっぱりしてから今日の調査に移るってことでどう?」
「……仕方ないですね」

 祭りが始まるのであれば夕方か、夜か。明かりを灯すようなものも用意していたような気がするので、どちらにしろ暗くなってからだろう。
 今日は何か見つかるだろうか。そう思いながら恭は車を走らせ、一旦村を後にしたのだった。


 銭湯で昨日からの汚れを落とし、朝昼兼用になる程度に食事をしてから、一行は村に戻ってきていた。調査に出る前に、一度提供された空き家に集合する。空き家には村人からだろう、フルーツの盛り合わせが置かれていた。

「駄目ですよ」
「美味しそうなのになあ……」
「食べてもいいけど家に帰れなくなっても知らないよ」
「え、それはやだ」

 そんなやり取りを挟みつつ、問題はこれからどうするかという話だ。
 今朝の時点でも村長の家には辿り着かなかったので、山に登るのは今日のところは無駄足になる。そして昨日、陵と律で森の調査は簡単に済ませておいたらしい。いつの間にと聞けば、恭が村長に話を聞くべく祠にいた間とのことだった。そちらでも何も見つけられなかったようで、そうなると後はどこを調べられるか、ということになる。

「……あ」
「どうしました?」
「そういえば鉄塔の周辺調べるの忘れてるな」
「あー、追っかけてきた人の対処してたっすもんねえ」

 言われてみれば、そちらに気を取られていてあの辺りの調査はできていない。辺りを見回したときに村長の家を見つけたから、というのもある。そのまま集落に戻ってきてしまっているので、恐らくまだ調べるべき箇所はあるだろう。
 そうと決まれば、と一行は鉄塔へと向かう。昨日集落から行き来できる道を知ったこともあり、逆を辿って難なく鉄塔へと辿り着くことができた。後はこの場所に何らかの痕跡がないかを調べていく他ない。
 手分けして暫し捜索していると、陵が声を上げた。声に反応してそちらに行こうとした恭は、しかし律に止められてしまう。

「何で!?」
「恭くんが見たくないものの可能性の方が高いかなって。ちょっと待ってて」
「……ええ……」
「そうですね。柳川くんは見ない方がいいです」
「……はあい」

 二人にそう言われてしまっては、大人しくしておく他ない。陵が見つけたものを覗き込み、何事か話した後、律はそれを写真に収めた。

「ごめんぶんちゃん、あとで俺のスマホからデータ転送関係手伝って」
『任しとけ!』
「何かあったんすか?」
「多分、『人造怪異』がここにいる証拠……だと思う。だから俺らの仕事はこれで終わりだね」
「マジすか!? じゃあるっきー探すのに集中できるっすね!」
「そうだね」

 とりあえず公安に連絡、と呟きながら、律はスマートフォンを弄る。しかしやはり村の中から外部に連絡が取れないのだろう。水分補給も兼ねて、一度車まで戻ることになった。
 鉄塔から集落に戻ると、村は既にお祭りモードのようだった。どことなく村人たちが浮足立っているのが分かる。

「あ、お祭り始まりそうっすか? そういや何のお祭り?」
「もうすぐ始まるよ。新しい住人を迎えるためのお祭りなんだ」
「やっぱ新しい人来るんだ」
「そう。おめでたいことだから、いつも村のみんなでお祝いするんだよ」
「へー」

 元々は過疎化した村だ、と村長の男も言っていた。それほど人が多い村ではないからこそ、新しい住人が来るというのは喜ばしいことなのだろう。
 どんな人が来るのかと聞こうとして――しかしそこで、律に腕を引かれた。

「何してるの恭くん、行くよ?」
「へっ? あっ、ハイ、すみませんまた後で!」
「うん、後でね」

 手を振ってくれる村人に、恭もぶんぶんと手を振り返して。
 ――あれ、と少し違和感を感じたが、それが何に対してなのかは分からなかった。


「公安は明日朝イチくらいに来るって」
「やる気あるんですかそれ」
「今から上層部シメるって言ってた。まあ、それに時間がかかるってことでしょ」

 車に戻って。
 公安に電話をした後で助手席に腰を下ろした律が、溜め息交じりに情報を共有してくれる。陵が鉄塔で見つけたものは、『人造怪異』が確実にこの村にいるだろう、という証拠になったらしい。撮った写真は『分体』が確実に届けた後、何も残らないように削除したとのことだった。予想通り、これで仕事は終了ということになる。
 あれこれとしている間に随分と時間は経っていたようで、既に日は暮れ始めている。ひとまずこの後は祭りに参加してみる、ということになりそうだ。

「とりあえず、何が出てくるか分かりませんし……戦えるようにはしておくべきですね」
「はーい」
「そうだね。……それに」
「?」
「そうですね」

 律と陵の視線が恭に向けられ、その意味が分からずに恭は首を傾げる。今回に関しては普通に村の調査をしているだけで、そしてルキの行方を捜しているだけなのだが、二人にとっては違うのだろうか。

「そういや、誰もるっきーのこと印象に残ってないの不思議っすよね」

 どうにも居心地の悪さを感じてしまい、話題を変えようとふと思いついた疑問が口を衝く。恭が抱いているルキの印象から考えれば、彼もそれなりに村人とコミュニケーションを取っていそうだという気持ちもあった。調査でこの村に来ていたのなら、迷うことなく村人たちに話を聞いていそうではあるのだが。
 何かあったのか、それとも思うところがあったのか。考えたところで分からないが、どうにも腑に落ちない。

「……だって。なかみー的にはどう思う?」
「どうでしょうね。ルキは鈍いタイプではありませんから」
「どういうこと?」
「……それに、私たちよりは情報も持っていたはずです」
「あー……そういう……?」

 陰陽連からの依頼。それがどういう形でルキに届いたのかは定かではないが、確かに言われてみれば何らかの他の情報を持っていても不思議ではない。その情報から、村人に話を聞かずに調査をしていたのだろうか。
 この村の人々は皆親切にしてくれるし、聞けば何でも答えてくれる。それなのに聞かない、となった理由が、村人と関わっていない理由が、どうしても恭には分からない。

「……ま、とりあえず腹ごしらえしてから村に戻ろうか。恭くん車出して」
「はーい」
「え、食べに行くんですか」
「長丁場になるかもしれないでしょ」
「……まあ、そうですね」

 祭りもある、早めに行って早めに戻ってきた方がいいだろう。コンビニに行くよりは、今朝行った銭湯の方が近い。そちらで食事を取って戻ってくるのが最善だろうという話になった。
 助手席で仕事のメールを確認し始める律を横目に、恭は車のエンジンを掛けた。


 食事を終えて村に戻ると、既に祭りは始まっていたようだった。
 広場にどことなく流れている浮かれた空気の中にいると、こちらまで浮かれそうになる。

「俺も参加してくるー!」
「何で」
「え、だって用意も手伝ったし。参加した方が話も聞けてよくないす……か」

 振り返って、言葉が止まった。
 律も陵も、表情が硬い。この空気の中で、二人とも真逆の緊張した空気を感じる。――そして何より、『とおる』が獣のような瞳で恭を見ていた。どうしたのかと一歩近づくと、じり、と一歩後ずさられる。

「え……?」
「……柳川くん、本当に気付いてないんですか?」
「待って、何を……? いや、るっきーの情報手に入れないとだし……」
「それはそうですが。あなた馬鹿なんですか」
「ええ? マジで何で俺怒られてる……?」
「どうしたの? こっちだよ、おいで」

 いつの間にか一行に近づいてきていた村人が、恭の手を取る。そのまま広場の中心へと引っ張られかけて、恭は慌ててちょっと待って、とその村人の動きを止めた。きょとんとした村人の視線が、恭から律と陵へと向けられる。
 違和感。
 恭にとって、村人たちは気に掛けて親切にしてくれる人たちだ。だが今、村人が二人に向けている視線は、恭に対して向けるそれとは全く違う。少なくとも、親愛の情のようなものは全く感じない。
 はあ、と律が大きく息を吐いて。

「……本当、勝手に蓄積してるからどうしようかなとは思ってたんだけど、さすがにこれ以上は看過できないな。駄目」
「待って、俺何かやらかしてるんすか?」
「俺の呼びかけで申し訳ないんだけど、アリスちゃん。恭くんのこと、後頼むよ」
「え? え?」

 恭の疑問には一切答えず律が告げると同時、ふわりと恭の目の前に現れた女子高生――『黄昏の女王アリス』 。
 彼女は無表情のまま、恭の手を掴んでいる村人の手を振り払う。そしてそのまま、今度は『黄昏の女王アリス』 が恭の手を掴んだ。
 太鼓が打たれる。笛が鳴る。祭りが、本格的に始まろうとしている。

「アリスちゃん、」
「……村の外、車でいいわね? 魔術師」
「そうだね、お願い」
「徹も一緒に戻ってください。後のことは私たちだけで充分です」
「でも、るきが」
「戻って、ルキくんのことは引き受けるから。それともこのまま二人ともいなくなってもいいの?」
「柳川くんのことは頼みましたよ、徹」
「っ……、行くぞきょー!」
「ちょ、え、えっ!?」

 律と陵、二人の言葉に、『とおる』が村の入り口の方へと走り出す。その後を追うように、『黄昏の女王アリス』 は恭の手を引いて走り出した。何が何だか全く分からないが、抵抗できないまま恭も走るしかない。道中次々に村人たちが話しかけてくるが、『とおる』も『黄昏の女王アリス』 もスピードを緩めない。後でね、と言いつつ何とか走っているうちに、気付けば村の入り口――車がある場所まで戻ってきていた。
 無言で『とおる』が後部座席の扉を開き、そのまま放り込まれるようにして恭は後部座席に乗り込む形になる。姿勢を整える間に隣に『黄昏の女王アリス』 が乗り込み、そしてドアが閉められた。
 さすがに恭も、今自分に何かが起きているのだということくらいは分かる。律も陵も怒っている様子だった、『とおる』もずっと様子がおかしかった。そして今――無表情に恭を見つめている『黄昏の女王アリス』 は、どう見ても完全に怒っている。

「……え、マジでみんな何で怒ってんの……?」
「……」
「アリスちゃん? あの、怖いんですけど……俺別に今回何もしてなくない?」
「――本当に?」
「してないって! 何も悪いことしてないし……、怒られるようなことしちゃった……?」

 本当に心当たりがない。おろおろしている恭に一言、そう、と呟いた『黄昏の女王アリス』 の表情は変わらない上、そのまま何も話してはくれないようだった。ひとまずは律と陵を待つつもりなのだろう。

「えええええ……?」

 一体、何がどうなっているのか。
 全く分からないまま、ただ時が過ぎるのを待つことしかできなかった。