Velvet Thorns - 04

 村長を取り囲む村人たちから離れると、呆れた表情で腕組みをしている律と険しい表情の陵、そしてどこか心ここにあらずといった雰囲気に見える『とおる』が待っていた。ぶんぶんと手を振ると、律に手招きされる。

「何か聞けた?」
「村長さん、るっきーのことは知らないっぽかったっす。で、村泊まるんだったら空き家使っていいよって。あ! あと村長さんち行く許可もらってきた!」
「……その許可もらったの、柳川くんだけですよね」
「あ!?」
「一人で行くつもりです? どうするつもりなんですか」

 陵の声のトーンは、いつもよりも低い。怒っている様子に、恭は思わず一歩後ずさる。とはいえ、あの状況では全員分の許可をくれと頼むのも変な話だ。
 ええとと考えながら視線をさまよわせ、目に入ったのはチェシャ猫のキーホルダー。今回、『黄昏の女王アリス』 は恭に同行してくれている。そうであれば、いつも使っている手段が使えるはずだ。
 即ち。

「えっと、やばそうだったらアリスちゃんと一緒に帰ってくる!」
「……茅嶋さん」
「まあそれはいつも使ってる方法だから。恭くん一人で動かすなら、それが一番安全ではあるよ」
「うん、大丈夫」

 心なしか、陵の隣にいる『とおる』の表情が「コイツ大丈夫か」とでも言いたげな表情になっている。本来あまり使うべき手段ではないのだろうが、恭は『黄昏の女王アリス』 のことを全面的に信頼しているので、その行為自体は全く危険ではないという認識だ。

「てか俺許可取ったの偉くない?」
「それは偉いんですけどね……」

 はあ、と大きく溜め息を吐く陵は、恭のことを心配してくれているのだろう。ただでさえルキのことを心配している陵には申し訳ないなと思う気持ちはあるものの、じっとしてもいられないのは恭の性分だ。
 そうこうしているうちに、一人の村人が空き家を案内しようかと声を掛けてくる。それについていこうとした恭を引き留めたのは、律の手だ。

「恭くん、ちょっと待って。泊まるかどうかは別問題」
「えっ、そうなの?」
「……茅嶋さん的に、この村に泊まる選択肢はあるんですか?」
「ない。村にいる間の拠点としてはいいかもしれないけど、泊まるのはなし。ていうかもう正直さっさと仕事終わらせて帰りたいんだけど、恭くんいないと帰れないしな……」
「しれっと帰ろうとしないでください。……となると、一応案内だけしてもらうということですね」
「そうなるね」

 どちらにしろ、日が暮れ始めている時間帯だ。今からもう一度ルキを探しに行こうにも、山や森の中でこちらが遭難してしまうことが目に見えている。

「パーカー、もうちょい時間掛かっちゃいそうだけど大丈夫?」
「……」
「……? パーカー?」

 何かを考え込んでいるのか、『とおる』の反応は薄い。つんつん、とつついてみると、はっとしたように3人の顔を見回す。
 どことなく『とおる』の様子がおかしいことに、当然ながら陵も気付いている。

「徹? 何を黙っているんですか」
「あー……なんか……すごいヤな感じしたから……」
「ああ……それは私も思いました」
「何が?」

 きょとんとする恭に、しかし返事はない。ね、と分かり合っている陵と『とおる』に首を傾げたままでいると、律が少し笑って。

「さて、なかみーって車の免許持ってるんだっけ」
「ありますが、何か?」
「おっけ。恭くん、なかみーに車の鍵渡して。どうせもう一回山登れるかなとか考えてるでしょ。その間になかみーに夕飯の買い出しに行ってもらおう」
「あ、なるほど」

 律の提案に、恭は車の鍵を陵に渡す。恭が登っている間待っているだけだと時間がもったいない、という話だ。
 鍵を受け取った陵がまた心配そうな表情をするので、大丈夫、と笑う。何をそこまで心配されているのかは分かっていないが、それでも何かしら気を付けた方がいいことはあるのだろう。ルキが行方不明になるほどの事態がこの村にある、ということは変わらないのだから。

「俺は恭くん待機しとくことにする。買い出しよろしくね」
「おにぎり食べたい! 鮭とおかか! あ、ピリ辛の青菜とかあったらそれも!」
「俺サンドイッチ。野菜多めのやつ」
「自由すぎません?」


 結論から言えば、村長の家には辿り着けなかった。
 空き家に案内してもらった後、じゃあここで待ってるから、という律を置いて山登りにチャレンジしていた――のだが。先程よりも少し近づけたような気はするものの、やはり気付けば集落に戻ってきてしまっていた。やはり、今日明日は近づかせてはもらえないのだろうか。さてどうしたものか、と登山道に繋がる場所である集落の端で考え込んでいると、ふと何やら騒がしい村人たちの声が恭の耳に届く。

「何してるんすか?」
「ん? 明日はお祭りだからね、準備をしないと」
「あっ、明日に決まったんすね? じゃあ俺も手伝うっす!」
「本当に? ありがとう」

 何を手伝えばいいのか、どうすればいいのか。悩んで聞く度に丁寧に教えてくれる村人たちと共に、広場の中央に櫓を組んでいく。思っていたより大掛かりな準備をするのだなと思っていると、後ろから頭を叩かれた。いて、と思いつつ振り返れば、そこにいたのは呆れた表情をした律だ。後ろに陵と『とおる』の姿が見えたので、買い出しから戻ってきたのだろう。

「全然戻ってこないと思ったら。心配するでしょ」
「え? あっ結構時間経ってた感じっすか? ゴメンナサイ……」
「お腹空いてない? おにぎりとお茶あるよ」
「あっ、……あーっと、大丈夫! ごはん買ってきてくれたみたいなんで!」

 一瞬受け取りかけたものの、律に睨まれて思い出す。陵がこの土地の物を食べたり飲んだりしてはいけない、と言っていた。普通に見えるが、ここは『領域』の中だ。下手なことはできない。
 残念そうな村人に手を振って、律と共に陵と『とおる』と合流し、一度車に戻ることになった。

「全く、柳川くんに何させてるんですか茅嶋さん……」
「俺が聞きたいよ」
「お祭り会場作る手伝いしてた! お祭り、明日になったっぽい」
「楽しそうだったねえ」
「……本当に見ていて飽きない子ですね……」

 はあ、と呆れ切った溜め息を吐く陵に、律が同調している。褒められていないことは分かるので、何で、と文句を言いながらも、ふと気になって恭は『とおる』に視線を向けた。いつも騒がしい『とおる』がやけに静かだ。ルキが心配だからなのだろうか。それに心なしか、いつもより少し距離が遠い気がする。
 ルキという人間が『とおる』にとって大切な友人だ、ということは、恭も分かっているつもりだ。そんな相手が消息を絶っていて、手がかりもまだはっきりとしたものが得られていない。思うことも考えることも多いだろう、と声は掛けずに口を噤む。きっと今の状況で、ルキは大丈夫だという根拠のない励ましを『とおる』に言うべきではない。
 車に戻って、買ってきてもらった食事を取りつつ。律と陵がこれからどうするか、という話を始める。ルキの行方が分からないのもそうだが、律と恭も本来の仕事である行方不明者や『怪異』に関する証拠や痕跡が見つけられていないのが現状だ。

「ルキくんのことは心配だけど、もう時間も時間だし。探しに行って自分が危険な目に遭ったら意味ないんだから、今日のところは一回休んだ方がいい」
「……しかし、こうしている間にもルキが危険な目に遭っているかもしれないんですよ」
「分かってるよ。でも今は何もできない。我慢して」

 渋る陵を律が説得している、というのも珍しい光景だ。こういうとき、大抵無茶をやるのは律で、陵が怒っているという構図の方が多いので。
 何とか陵を説得し、その日は村の見張りも兼ねて車内で一泊することになった。拠点代わりの空き家に戻らないのかという恭の問いに、首を振ったのは律だ。

「最初も言ったけど、泊まるかどうかは別問題。寝てる間に何かが起きる可能性もゼロじゃないし、体を休めることを主軸に置くなら『領域』の外にいるべき」
「はー……なるほど……?」
「もし明日もってなったら、そのときは宿泊できるところ探した方がいいかもね」
「その前に解決したいところではありますけど……」

 明日になれば。祭りが始まれば、何かが分かるのだろうか。
 早く解決すればいいなと思いながら、恭は村の方に視線を向ける。この村のどこかに、ルキはいるのだろうか。
 何も分からないまま――その日の調査は、幕を閉じた。