Velvet Thorns - 03
車に戻るべく一度村を出たところ、律のスマートフォンに鬼のように着信が入っていた。どうやら相手は渡瀬――を介した公安の依頼主だったようで、少し話してくる、と律は水の入ったペットボトル片手に車の外で電話を始める。何か新しい情報が入る可能性も高いので、今は邪魔をするべきではないだろう。恭と陵、そして『とおる』はひとまず車の中で休息をとることにした。
「なかみー、お茶でいい? てかお茶と水とスポドリしかないんすけど」
「いただきます。……そろそろ経口補水液とか入れておいた方がいいですよ、茅嶋さんのために」
「あ、ほんとだ。今度から気を付けるっす」
「それにしても、きちんと買い出ししていたんですね」
「軽くっすけど。お菓子もあるからパーカー元気出して」
「食べる……」
依然としてルキの行方は知れない。早く見つけ出したいところではあるが、手がかりらしい手がかりもないのが現状だ。
軽食を取りつつ喉を潤していると、律が電話を終えて車に戻ってきた。暑い、と文句を言いながら、持って出たペットボトルではなく、冷えている水に口をつける。
「お電話、何だったんですか?」
「ん? まあ、この村に関する追加情報って感じ」
曰く。
かつて旧陸軍と繋がっていた『特殊課』と呼ばれる部署が、公安内部には存在しているのだという、その特殊課が何らかの実験を行っていた際、その実験が妙な方向に進んでいき、最終的に兵器として『人造怪異』が生み出された。その『人造怪異』は実験場を逃亡し、どこかに身を潜めている。
――恐らくそれがこの村である可能性が高い。
「その『人造怪異』の特徴は分からないんですか?」
「微妙。性質としては出会った相手をコピーする、写し鏡みたいなものらしいけど」
元々行われていた実験は、凶悪犯に対して自己を律する、殺人等の犯罪を犯そうとしない人格を転写するのが目的だったらしい。しかしそれがどう転がってしまったのか、二人の人間が一つになるという事件に発展していった。
その実験ではかなりの非人道的な行為が行われ続けていたこともあり、その『人造怪異』は逃げ出したということらしい。そして逃げた先で力を増し、『領域』を創り出す能力まで発現してしまった。それが現状ではないかと推測されているようだ。
「確定情報じゃなくほぼ推測らしいけど、まあ間違いないんじゃないかな」
「ええ……それはつまり公安の不祥事という話では……?」
「まあ諸々やばいところが関わってるのは確定だろうね。だから陰陽連だって動いたんだろうし」
「それでルキも巻き込まれてしまったと」
「そういうこと」
正直なところ、律の話の半分も恭には理解できていない。それでも、あまりよくなさそうなことにルキが巻き込まれているのだな、ということは分かる。難しい顔でああだこうだと話している律と陵を眺めながら――さて、自分にできることは。
とにもかくにも、どうにか村長に会って話を聞く必要がある。今のままでは会えそうにないことは分かっているので、何か手を打たなければ。しかし、村人たちでもあまり会っていなさそうな様子だった。そうなると村人たちに頼んでどうにかできることではない。
ふとそこで、恭の頭にひとつの場所が浮かんだ。
「よっし! 俺ちょっと村に戻ってくるっすー」
「え、何で」
「あっ俺も行く! 一人で動くなっ」
車を降りた恭の後を、慌てて『とおる』が追いかけてくる。一緒に行こー、と声を掛けつつ、恭は村の広場へと向かったのだった。
出会った村人に、念の為村長が次に村に来る予定を聞いてみる。その返答は恐らく明日か明後日、という言葉だった。できれば今日、今すぐにでも会いたいのが本音ではあるので、のんびりはしていられない。
――ということで。
「村長さんに会わせてくださいっ、お願いします!」
「……何やってんのきょー」
「祠の中に何かいたらお願い聞いてくれんじゃないかなって」
「なくない?」
「何で? パーカーだって普段は祠の中にいるじゃん」
「それ社……いやまあ似たようなもんだけど……いやそもそも、そうじゃなくない……?」
恭の行動に、『とおる』が完全に困惑している。とはいえ、恭と『とおる』は友人なのでという部分が大いにあることも分かってはいるので、祠の中に何かが居ても、見ず知らずの恭を助けてくれるとは限らない。
それでもどうにか、とああだこうだと話していると、不意に後ろからとんとん、と肩を叩かれた。振り返ると、立っていた村人の一人がにこりと笑う。
「君、村長に会いたいって言ってたよね?」
「へ? あ、そうっす」
「良かったね、ちょうど来られたよ」
向こう、と指差された方を見れば、村人たちが集まって人だかりができているのが見える。その中心にいるのが、恐らく村長なのだろう。
声を掛けてくれた村人に礼を言って、恭はそちらに駆け出した。何人かの村人があ、と気付いて道を開けてくれる。恐らく、恭が村長に会いたいと言っていたのを聞いていた人々だろう。
人々の中心にいたのは、和装と洋装を組み合わせたような服装をした男だった。村人たちが畑で何ができた、困っている人がいたから助けた、そういった明るい話題の他愛のない話を穏やかな笑顔で聴いている。そのうちの一人が村長に会いたいって言っている人がいたよ、と恭に気付いて手招きをしてくれた。助かった、と思いながら恭は男の前に出る。ん、と恭を視る男の表情は柔らかい。
「すみません、初めまして! この村の取材に来てて! この村について聞いてもいいですか?」
「初めまして、構いませんよ。どんなことが聞きたいですか?」
「えっと、とりあえず、この村の歴史とか」
取材というからには、それらしいことを聞いておかなければならない。それにここが『領域』であるなら、何かしらのヒントになる可能性もあるだろう。
いいですよ、と頷いて男は話し始める。この村は元々、過疎化の影響で廃村になりかかっていた土地だった。そこを訪れた男やその仲間が古民家のリフォーム等を行って居住を始めたところ、同じような趣味を持つ人や田舎暮らしを求めている人が集まるようになったのだという。そうして、今のような村として成立しているのだということだった。
しかし、それがいつ頃からなのかという質問には、何年前だったかな、という曖昧な返答が返ってきた。あまり記憶にないのだろうか。
「そうだ! そういや俺、村長さんのおうちに辿り着けなかったんすけど……」
「ああ。あの山の中は迷いやすいからだろうね」
誤魔化されている、ということはさすがに恭でも分かる。屋敷は見えていたにも関わらず、気付けば集落まで戻っていたのだ。迷ったというレベルの問題ではない。
とはいえ、これ以上食い下がるよりは前向きに考えた方がいいだろう。ひとまずあの屋敷に辿り着くには、村長の許可が必要だという話だった。それなら今、この男に許可をもらった方が早いので。
「あのっ、今度是非村長さんちも取材させてください!」
「もちろんいいですよ」
「マジすか!?」
「ああ、でも、今日と明日はお祭りの準備もあるので、それ以降にはなるかな」
条件はあるものの、ひとまず許可は下りた。これで山に登れるかもしれない――後でもう一度試してみる価値はあるだろう。
そしてもうひとつ。村長であるこの男に、聞いておくべきことがある。
「ところでなんすけど、あの、友達がこの村に来たことあるっぽいんすよね。会ったことないすか?」
「へえ、友達。どんなかたですか?」
「えーと、20代? くらいの……前髪長めで、和服で、水色の袴着てる男の人……?」
先に陵に写真をもらっておけばよかったなと思いはしたものの、今からもらいに行くこともできない。悩みつつ身振り手振り、しどろもどろにルキの特徴を伝える。ううん、と考え込んだ男は、ややあってああ、と声を上げた。
「そういえば、数日前にそんな人が村に来ていたって話を聞いた覚えがありますね」
「マジすか!?」
「自分で見た訳ではないから、詳しくは分からないけど……」
「あー……」
「その友達がどうかされたんですか?」
「実は今、行方不明になっちゃってて……取材しながらその友達のこと探してるんす」
「そうなんですか……、それは心配ですね」
「あの、もし! もし何か分かったり思い出したりしたら、教えてもらえると嬉しいっす!」
「もちろん」
頷いてくれた男に、恭は深々と頭を下げる。これでひとつでも情報が増えればいいのだが。
今のところ、これ以上できることはないだろう。焦れったいが、行われる予定の祭りを待つしか方法はなさそうだ。許可はもらったので、もう一度山を登ってみるつもりではいるが。
じゃあ、と戻ろうとした恭を、ふと男が呼び止める。何かと思い首を傾げると、返ってきたのはにこやかな笑み。
「もしこの村にまだ数日留まる予定でしたら、手入れをしている空き家が幾つかあります。村人たちに聞けば案内してもらえると思いますから、そちらに泊まっていただいて構いませんよ」