Velvet Thorns - 02
これからどう動くかを話し合った結果、二手に分かれず、ひとまず池の先にある森を目指してみようということになった。律が本気で渋りはしたものの、この村の調査を進めていくのであれば避けることはできない。
「……あー、何か向こうの方鉄塔あるな……」
「ほんとだ! 向こうの方行ってみましょ」
「やだよ」
「行くんですよ」
広場の方にいたときには気付かなかったが、山に隠れるようにして鉄塔が建っているのが見えた。他愛のない話をしつつ、川沿いを歩いて鉄塔の方を目指していくことになった。しんどい、と文句を言っている律のことは、今回は無視だ。
話をしながらも、誰かや何かがあった痕跡がないかについては気を配っておく。今回の律の仕事は痕跡を見つけてくること、という話だったので、早めに見つけてしまってルキを探す方を手伝いたい、という気持ちもあるが。
そんな中、不意に視線を感じて恭は足を止める。振り返ってみたが、誰の姿も見えない。だが確実に、誰かが追いかけてきている。
「恭くん? どうしたの?」
「……誰か隠れて追いかけてきてないすか?」
「……あー……」
足を止めた恭に怪訝そうな表情をした律が、しかしすぐにその意味を理解してくれる。聞こえた口笛は、何らかの魔術の展開だ。数秒を置いて、感じていた「追いかけてきている」という感覚はなくなった。視線は感じるが、向こうもこちらが気付いていることに気付いたのだろう。下手に動くことはなさそうだ。
「律さん今何したんすか?」
「ん? 弱めの防御壁使ってマーキングしといた。気にしなくて大丈夫だよ」
「……でもついてきてるっすよね?」
「若干距離は開いたし、まあいいんじゃない。どう思う、なかみー」
「何もしてこないなら、様子見でいいんじゃないでしょうか。まずは鉄塔まで行ってみましょう」
捕まえて話を聞くのは簡単だが、向こうがついてきている目的は分からない。律と陵の判断に逆らう理由もないので、恭は再び鉄塔を目指して歩き始める。
文句を言いながらも川沿いを歩き続け、ようやっと鉄塔のある場所へと辿り着く。そこから、山の上にぽつんと屋敷らしき建物が見えた。しかしそこに辿り着くには、鬱蒼とした森の中、山の獣道を登っていく必要がありそうだ。少なくとも、こちら側からは舗装された道のようなものは全く見えない。
「……いや、あの山登るとかマジで無理があるんですけど……」
「頑張れ律さん」
「がんばりたくなーい……」
「けれどあのお屋敷が何なのかは気になりますね。調べに行きましょう」
「なかみー本気で言ってる?」
「あそこにルキがいたらどうするんですか」
陵の表情は真剣そのものだ。心配から来る焦りもあるのだろう。実際、ルキがどういった状況にいるのかが分からない現状、陵が焦る気持ちも分かる。
どうしたものか、と恭は山の中の屋敷を眺める。恭一人で行って帰ってくるのは難しいことではない。何かあれば今回は『黄昏の女王』 も連れてきている。彼女の助けを借りれば、一人で行ってもすぐに戻ってはこられるので、それほど危険ではない。
提案しようとしたそのとき――律の手が動いた。魔術、と思ったそのときには、既に雷撃は放たれて。
「ひっ……!?」
「……こんなところまではるばるついてきてた上に、また少々距離が近づいてたもので。ちょっとお話をお伺いしてもよろしいですか?」
律の視線の先には、一人の男。腰が抜けたのだろう、その場に座り込んでしまっている。しかし、律の問いかけには睨んできたので、何かを話す気はなさそうだ。助け起こしに行こうと動きかけた恭の手を、陵が掴んで止める。下手に手出しをせずに、律に任せておくつもりらしい。
数秒のにらみ合い。律の手が再度動いた瞬間、男の周囲に次々に落ちる雷撃。完全に脅迫になってしまっている。余程山に登りたくないのだなということを感じて、思わず恭は目を逸らした。どうにもこうにも、律の機嫌がすこぶる悪い。
「ちょっと、お話を、お伺いしても、よろしいですか?」
故意に力を込めて繰り返される言葉と、にこりとした律の笑顔。さすがに観念したのか、それとも恐怖のせいか。男は律から目を逸らした。
「さて。何で追いかけてきたのか教えてもらえます?」
「……そっちこそ。こそこそと村のことを嗅ぎまわって、何のつもりだ」
「え、全然堂々と取材で調査に来てると思うんですけど」
「うっ……取材とかいって、何か別の目的があるんだろう?」
「目的と言われても。調べたいことがあって訪れただけなので、全部話せば満足だっていうなら全てお話ししますよ」
「……じゃあ聞かせろ」
男の言葉に、律が説明を始める。知り合いがこの村で消息を断ったこと。その前にも何人か、この村を訪れている人が行方不明になっていること。そのため、知り合いの捜索を兼ねて、この村で何が起きているのか調査しに来たこと。
その内容自体は嘘ではない。何だか上手く騙されている気がするなと思うものの、はっきり警察関連の仕事だと言ってしまうのもややこしいことは分かる。と、そこで律が陵を振り返った。
「なかみー、ルキくんの写真とかある?」
「ああ、はい。ありますよ」
スマートフォンを取り出した陵が、男に写真を見せる。写真を見た男が、一瞬びくりと反応した。明らかに知っていると分かる反応だ。
反応してしまったことは、男にも自覚はあるのだろう。気まずそうな表情になりつつ、咳払いをして。
「……何か村に来て色々と嗅ぎまわっていたみたいだが、その後は知らない」
「本当ですか?」
「知らない」
じっと男を見ている陵は、恐らくその言葉を疑っている。しかし、男の方も知らないという証言を翻すつもりはないようだ。
「……確かに来ていた。それは間違いない」
「それ、いつ頃の話ですか」
「さあ……数日前だったと思うが。本当にその後は見てないから知らない」
「私たちにしたのと同じように追いかけなかったんですか?」
「特に気になる動きはしていなかったからな」
「……そもそも何が気になって俺たちのこと追いかけてきたの? 逆に。村で聞き込みしてただろって言ってたと思うんだけど」
「村の調査なのに森に向かうわ川沿い歩き始めるわ、怪しいと思うだろ……」
もっと集落の方にいると思ったんだ、と続けて男は溜め息を吐く。どうやら、鉄塔を目指して川沿いを歩き出したことが不審に思われた原因のようだ。話を聞くに、どうやら集落の方からこちら側に来るルートもあったらしい。それを聞いた律がげんなりとしていたことは、見なかったことにする。
「……自分はこの村の警備とか、そういうところを担当している。何も分からずに森や山に入って遭難する人間もいるからな、それで気になっただけだ」
答える男は観念しきっているように見える。ふうん、と呟きながら、律はじっと男から目を離さない。恐らく男を『視て』いるのだろうと思い当たって、恭は先程の律の話を思い出した。
――ヒト寄りの、地縛霊のような存在。
「ちなみにですが、山の上のお屋敷には何が?」
ずっと気になってはいたのだろう。陵が口に出した質問に、男は口を噤んだ。追いかけてきた理由も、ルキのことも話してはくれたが、それについては話したくないのだろう。となると、ますますあの屋敷が怪しい、ということになってしまうのだが。
「ここから集落に戻る道を教える。だから帰ってくれ」
か細い声でそう告げた男は――それ以降、質問に応じることはなかった。
言われるがままに集落まで戻ってはきたがしかし、現状帰るわけにはいかない。
集落の周りを調べてみたところ、集落から山へ繋がっているルートが一本。嫌がる律を陵と二人で引き摺って山に登ってみた――ものの、屋敷には辿り着けなかった。それどころか、気付けば集落に戻ってきている。そして何故か、恭が集落に戻るタイミングは律と陵よりも少し遅かった。二人より前を登っていたにも関わらず、だ。
「振り返ったら二人ともいなかったんすけど!」
「そんなことより頑張って登ってあげたのに集落まで戻されてる方が問題……何なのふざけんなすぎる……」
「何らかの結界、ということになりますかね」
「そうだね。条件を満たさないと辿り着かない可能性は高い」
「じょーけん」
登るのに条件があるのであれば、村人に話を聞いた方が早そうだ。きょろきょろと周囲を見回した恭は、近くにいた村人に声を掛けてみた。
屋敷に行きたい、と言う恭に、村人は少し困った顔をして。
「ああ……あそこは許可がないとなあ……」
「きょか? どうやったら許可されるんすか?」
「うーん……助けてあげたいんだけど、村長の家には許可がないと行けないんだよ」
「ソンチョー? あそこ、村長さんのおうちなんすか?」
「うん、そうだよ」
男が口を閉ざしていたことの答えがあっさりと返ってきて、恭は面食らう。村長であれば、消息不明になっている人々のことを知っているだろうか。或いは、この村が『カミ』の『領域』ということであれば、その村長が『カミ』である可能性もある。
「村長の家は滅多なことがないと、入る許可が取れないんだよ」
「はえー。ちなみにどんなときに行くんすか?」
「うーん……例えば、新しい人がこの村に住むことが決まったときとかだね」
「なるほど? じゃあこっちの方に村長さんが来ることとかは?」
「お祭りがあるときとかは降りてこられるかな」
「お祭り!? お祭りあるんすか!? え、それちなみに次はいつ……?」
恭の質問に、どうだったかな、と村人が他の村人に問い掛ける。ううん、と悩んでいる様子が見えて、これはしばらくはないのだろうか――と思ったが。
「また新しく住人になる人がいるって言ってたから、そう遠くはないと思うよ」
「え、住人増えたらお祭りするんすか?」
「そうそう。そういうのもあるし、収穫祭みたいなこともするし、まあ色々だね」
「へー……えっと、それってワンチャン明日とかの可能性ないすか?」
「明日だっけ?」
「明後日じゃなかったかな」
「どうだっけ……?」
ううん、と悩む村人たちは本当に分からないのだろう。とりあえず近々だということは分かったので、恭は礼を言って話を切り上げる。話の内容は律と陵にも聞こえていたらしい。恭が戻ってきたのを確認して、律は陵に視線を向けた。
「明日出直してみる?」
「……とはいえ、ルキが今どういう状況なのかが分かりません。一刻を争います」
「でも、村長さんにお話聞くくらいしかあとできることなくないっすか?」
山に登っても、屋敷には辿り着けない。となれば現状としては手詰まりだ。
一旦休憩した方がいい、という律の提案もあり、渋る陵を連れて、一行は村の入り口に停めている車へ戻ることにしたのだった。