Velvet Thorns - 01

「恭くん、仕事の依頼受けたから明日朝イチから車出してもらっていい?」
「はーい。……律さん起きれるんすか?」
「車で寝る」
「こら」

 そんなやり取りをしたのが、昨夜の話。
 律曰く、以前の事件で知り合った公安の人間から、個人的に依頼を受けることになったのだという。とある村の調査に向かった部下が行方不明になり、そのまま反応が途絶。生存は絶望的ではあるものの、自ら調査に向かおうとすると上層部からストップが掛かったのだという。
 振り切って調査に行くことも不可能ではないが、上からの命令には逆らえないのが組織の人間のつらいところである。そういった判断で、律に協力と調査を依頼したいという話が回ってきたとのことだった。

「その行方不明の人探すお仕事ってことになるんすか?」
「いや、そうでもあるけどちょっと違うって感じかな。公安の中で別の部署も関わってるみたいでね、他にも行方不明者は出てるんだって。何らかの『怪異』が関わってそうだから、行方不明になった人に関する何らかの証拠か、そこに何かがいるっていう痕跡を見つけてほしいっていう依頼。それで上層部に掛け合って動くつもりみたい」
「じゃあ本当にメインは調査ってことっすね。……えーと、じゃあ、取材のテイ?」
「そうだね。それが一番動きやすいと思う」
「了解っすー」

 打ち合わせをして、その日は解散。翌朝は軽いトレーニングのみ行い律を迎えに行くと、やはりあまり寝ていなさそうな律が待っていた。仕方がないので助手席で寝かせておいて、道中のコンビニで食料品や飲料を適当に調達、車に積んでいるクーラーボックスに入れておく。そうして時折休憩を挟みつつ車を走らせ、目的地には無事到着した。

「よく寝たー……」
「夜にちゃんと寝てほしいんすけど」
「寝るつもりではいたんだけどね……。さて、1日で調査終わってくれるかなあ」
「あ、来る途中でスーパー銭湯的なやつ見つけといたっすよ」
「偉い」

 車を降りて、周囲を確認する。
 山奥にひっそりと存在している村、という雰囲気だ。少なくとも、最寄りのコンビニまでは片道30分ほど掛かる。村の左手には川と池、右手には広場とそれを取り囲むように集落があるのが確認できる。集落の民家は古そうではあるが、朽ちているような様子はうかがえない。

「フツーに人住んでそうな村っすねえ」
「そうだね。……、ん?」
「あれっ」

 後方から聞こえた車の音に、律が振り返る。つられて恭もそちらに視線を向けてみると、一台の軽トラックが走ってきた。村の住人が買い出しにでも行っていたのかと思いきや、二人から少し離れた位置で停止した軽トラックの助手席から降りてきたのは。

「あっなかみー! パーカーも! あれ? 何で?」
「奇遇だね。仕事?」
「茅嶋さん、柳川くん……お二人、ここでお仕事でしょうか、もしかして」
「うん」

 中御門 陵、そして水乃登神社の境外社に祀られている『カミ』の『とおる』。二人を下ろして、軽トラックは去っていく。恐らく知り合いにここまで送ってもらったのだろう。
 心なしか、陵の表情が強張っている。どうしたのだろうかと首を傾げたそのとき、『とおる』が恭に飛びついた。

「きょー! るきが! るきがゆくえふめいで! えんがきれて! いなくなった!」
「……え?」
「……どういうこと? 詳しく聞いても?」
「と言われましても、徹の言葉通りで」

 困った表情をしている陵を見ていれば、『とおる』の言葉が嘘ではないことは分かる。そもそも、『とおる』が話に出た百々目鬼 ルキのことに関して、そんな冗談や嘘を言うのは考えにくい。

「……陰陽連の仕事で、ルキがこちらを訪れているはずなのですが。そのまま行方不明になってしまっていて……徹がこうして騒ぎ出したので、ただ事ではないと思い、調査に来た次第です」

 陵もまだよく事情が呑み込めていないのかもしれない。律が質問を重ねていった結果、ひとまずルキが仕事内容を陵に詳しく伝えていないということは分かった。『とおる』がルキとの縁が切れた場所として、ここに辿り着いたのだという。

「えっじゃあ律さん、俺らもるっきー探す!」
「いやまあ、俺たちは仕事優先になるんだけどね……」

 今回の仕事内容から考えて、似たような事案にルキが巻き込まれている可能性は高い。陵に仕事内容を説明している律の声を聞きつつ、恭は『とおる』に視線を向けた。そわそわと落ち着きのない様子の『とおる』からは、早くルキを探しに行きたいという気持ちが透けて見える。
 ぽんぽん、とその頭を撫でて、恭は笑う。何が起きたかは分からないが、ルキのことだ。そうそう危険なことにはならないだろう。何らかのトラブルに巻き込まれてはいるのだろうが、それでも大丈夫だと信じるしかない。

「俺も一緒に探すし! るっきーなら大丈夫!」
「……きょーはちょっと不安だな……」
「ひどい」


 集落の方へ調査に行こうとした陵に対して、律が「水に対してアドバンテージあるなかみーが川と池調べるべきじゃない?」などと言ってそちらに行かせていた。完全に自分が調べたくないだけだなと思ったものの、さすがに黙っておいた。怒られる気がしたので。
 そんなわけで恭は律と二人、広場へと足を踏み入れていた。それなりにちらほらと人がいる様子はうかがえる。

「あ、祠ある! ご挨拶してこよー」
「こら恭くん、一人でどっか行かない」

 広場の中央よりは少し端寄りに、小さな祠が一つ。綺麗に手入れもされていて、お供え物も置かれている。きちんとされているところにはきちんと挨拶をするべきだというのは、この数年の仕事で恭の身に付いた習慣だ。
 屈み込み、祠の前で手を合わせる。そのまま数秒、目を閉じて。

「初めまして、お邪魔しますっ」

 返事はない。祠の主は不在か、それとも恭には感じ取れないのか。どちらにしろ挨拶はしておいたので、怒られることはないだろうと思いつつ顔を上げ。

「――恭くん」
「はえ?」
「……や、いい。ちゃんと挨拶した?」
「したっすー」

 律は恭の少し後ろから祠の様子を眺めていた。その表情は、心なしか険しいようにも思える。ふと律は祠に挨拶をしたのだろうかと考えたのは、こういった場所に挨拶を欠かさないのは律の方だからだ。しかしすぐに律がさて、と言い出したので、恐らく済ませたのだろうと判断して。

「今回は取材のテイで進めるって話は覚えてるよね。恭くん、頼める?」
「もちろんっす!」
「じゃ、お願い」

 取材という形で調査をするのであれば、律よりも恭の方が得意だ。恭に対しては他人が警戒心を抱きにくいのだ、と律に言われたのはいつのことだったか。
 広場からぐるりと集落を見回す。畑らしき場所で農作業をしている村人を見つけ、恭はまずそちらに向かうことにした。

「すみませーん! ちょっとお話いいですか? この村の取材に来たんすけど」
「取材? こんな何もない村に? ご苦労様」

 声を掛けると、村人は驚いた様子ではあったが友好的な雰囲気だった。これ幸いと恭が話を聞いているうちに、あちらこちらから村人たちが集まってくる。
 何もない村と言いつつも、この村に人が訪れることは多いのだと言う。どんな人が来るのかと問えば、あまり印象に残っていないのか、誰からも明確な返答はなかった。それほど関わってはいないのかもしれない。

「あ! ちなみになんすけど、和服着た人って来てました?」
「和服……うーん。そう言われてみるとちょこちょこそんな人を見る気もするね」
「うーん……えっと……例えばなんすけど、袴……水色の袴着てる……前髪長めで……えーっと、20代くらい? の男の人とか……? ちょっと丁寧な感じの人なんすけど……」

 話を聞くついでだ。村人たちに、ルキの情報がないか尋ねてみる。とはいえ、手元にルキの写真でもあればよかったのだが、あいにく持ち合わせていないので特徴については口で説明するしかない。しどろもどろの恭の説明を聞きながら考えていた村人の一人が、あ、と声を上げた。

「何日か前に見掛けた人かも」
「マジすか!? その人、どこに向かってたとかって分かります?」
「うーん……ごめんね、そういうのは分からないな……」
「そうすかー……いや、でも、ありがとうございます」

 そうそう簡単に情報は集まらなさそうだ、と恭は肩を落とす。どちらにしろ、数日前にちらりと見掛けただけであれば分からなくて当然だろう。
 しかし、ルキらしき人物がここを訪れている。ひとまずはそれが分かっただけでも収穫だ。

「遠くから来たんだったら疲れてない? うちでお茶でもどう?」
「あー……っと」

 村人の一人からの提案に、恭は律を振り返る。何を話しているかはさすがに聞こえていなさそうな距離であることも手伝ってか、律の表情は厳しい。聞いた話について、共有は早めにしておいた方がいいだろう。

「すみません、一緒に来た上司待たせたままなんで、怒られちゃうかもだし」
「そっか、それなら仕方ないね」

 残念そうにはされたものの、暑いから気を付けてね、と言われ、もう一度礼を告げて頭を下げる。恭が歩き出したのを見てか、集まっていた村人たちは元いた場所に戻っていった。
 恭が話を聞いている間に、陵と『とおる』も律と合流したらしい。ぶんぶん手を振れば、大きな溜め息が返ってきた。

「……恭くんの周りにいた人たち、ちょっと変な感じしたけど大丈夫だった?」
「え、そうすか? いい人たちだったっすよ?」
「そっか……、ちょっとヒトと『怪異』の境目みたいな感じだなって気がしたから」
「……んん?」
「地縛霊みたいな感じ。ヒト寄りだけどね」
「うーん……? でもお茶飲んでってーとか、すごい優しかったっすけど……」

 意味が分からずに眉を寄せると、そっか、という返答だけが返ってきた。交流しない方がいいのかと思ったが、律からストップがかからないということはそういうことでもないのだろう。一旦様子見なのかもしれない。

「話聞いてみたんすけど、るっきーどこ行ったか分かんなかったっす」
「うん、俺らはルキくんの調査に来たわけじゃないな?」

 呆れられながらも、村人に聞いた話を説明する。話を聞いた『とおる』が指折り数えて、少し首を傾げた。

「どうした、パーカー?」
「いや……うーん……?」
「……日が合わないですか?」
「うーん……ちょい違う……? 変な感じあるけど上手く言えない……」
「あ! なかみーとパーカーの方の調査はどんな感じだったんすか?」
「ああ……柳川くん。何があってもこの土地のものを食べたり飲んだりしてはいけませんよ」
「げ」

 陵の一言に、すぐに意味が分かったのは一度痛い目に遭ったことがあったからだ。さすがに嫌でも覚えている。
 先程のお茶の誘いを断っておいてよかった、と心底思う。暑いのは事実なので、適宜車に戻って水分補給をするということになりそうだ。道中で買い物をしておいたのは正解だったかもしれない。

「出入りはできるけど、基本的にこの場所は『カミ』の『領域』の中だと思って動くこと。分かった?」
「はーい」