Silent Alter - 閑話08
情報共有の話
「ただいまー……、あ」
「おかえりなさい、律様」
「お帰り、先生。久しぶり」
自宅に戻ると、来客が一人。
芸能事務所『エンブレイス』に所属し、アイドルグループ『Lovit』の『Mio』として活動している、律の『ウィザード』としての弟子――菱川 澪生。ひらひらと律に手を振るその腕の中には、愛娘の咲の姿。
「……はっ、もしかして咲って俺より澪生に懐いてたりする?」
「まあ俺、人に好かれるのが仕事みたいなとこあるから」
「咲、澪生さんが来るといっつもにこにこしてますよ」
「それは……妬いちゃうな……」
この状況だと、どうにも抱っこを代わってくれとも言い難い。うっかり泣かれると立ち直れなくなりそうだ。
代わりに咲の顔を覗き込むと、きょとんとした表情で見返された。久しぶりに会う愛娘は、やはり記憶しているよりも少し大きくなっている。知らない間に成長しているのは少し寂しさもあるが、無事に成長してくれているという喜びもある。
「で、どうしたの澪生」
「どうしたもこうしたも、今日から久々に連休だから修行でもつけてもらおうと思って。桜さんに聞いたら、先生ちょうど今日帰ってくるって聞いたから待ってた。あ、今日はさすがに顔見に来ただけだけど」
「なるほどね。……俺の? 咲の?」
「咲ちゃんの」
「生意気になったなーこの弟子」
「俺、先生に対しては初対面から割と生意気言ってない?」
「それはそう」
自分の力が嫌でたまらない、と澪生が言っていたのは数年前のこと。その頃から比べれば、随分と丸くなったとは思っている。
自分の出自を、自分の力を受け入れて、正しく扱えるように。忙しい日々の中、よく努力しているなと感心してしまう。『ウィザード』一本で仕事をしている律とは違い、澪生の本職はアイドル。魔術の研鑽にも手を抜かずにいるのは、なかなか難しいはずだ。
「そういや最近会ってないけど、大樹くん元気にしてる?」
「相変わらず。社長よりひーさんの仕事量のがだいぶやばめ。何か賭けに負けただの何だの」
「あはは、仲良さそうで何より。人手不足はねー、いつもなかなか難しいよね」
大方、大樹が思いつきで無茶を言って、響がそれに振り回されているのだろうなという予想はつく。響としても忙しい方が色々と言い訳はつくから、などと考えていそうではあるが。
せっかく澪生のスケジュールが空いたというなら、教えておきたいことはある。ただでさえこのところの澪生は多忙で、なかなかスケジュールが合わなかった。年に一度や二度しかないような機会だ。
それに――律の現状に関しては、ある程度澪生には共有しておいた方がいい。彼も律の弟子であるという関係上、狙われないという保証はないのだ。表向きは秘匿していることだが、どこから露見してしまうか分からない。
「3連休かー。……俺明日は桜と咲と過ごしたいので、連休最終日だけになっちゃってもいい?」
「それは全然大丈夫。ありがと」
じゃあ、と澪生は腕に抱いていた咲を桜に預ける。咲は少しだけぐずる様子を見せはしたものの、大人しく桜の腕に収まった。何となくそれにほっとしてしまうのも複雑だ。
じゃあまたね、と何故か咲にアイドルスマイルを向ける澪生に苦笑いしつつ、さて何をどこまで話すべきか、と律は頭の片隅で思案するのだった。
2日後。約束通り、澪生は茅嶋家を訪れた。
先に少し話がしたいからと声を掛け、ひとまず場所は律の書斎になった。何をどこからどこまで話すべきかは悩んだが、基本的には隠しても仕方がないだろうと判断して、ほとんどの情報を共有することにする。『院』での話、そして命を狙われているらしい話。
話を聞いた澪生の表情が、げんなりとしたものに変わって。
「……何でちょっと会ってないうちにそんなめんどくさいことに?」
「俺が言いたいすぎる。まあとりあえず、澪生には一番迷惑掛けちゃう可能性があるから話しておかないと、って思ってさ」
「つっても、俺が先生の弟子って知ってるの、ごく一部だけじゃん」
「とはいえ、澪生はうちに出入りしてるからね。何らかの関係があることはどうしても分かるし、弟子かどうかよりも実は血縁があるていう、そっちを辿られるとまずい可能性があるから」
「……あー……」
律の言葉の意味を、澪生は正確に理解したのだろう。嫌そうに顔をしかめつつ、困ったように息を吐く。こればかりは、今からどう手を打ったところで隠しようのない事実だ。きちんと調べれば分かってしまう。
律と澪が従兄弟関係にあるということは、そして澪生が『ウィザード』であるということは、充分に『院』が澪生に興味を抱く可能性を内包してしまっている。
「……雪乃さん、結局菱川の戸籍からは消せなかったか」
「消したところで辿れなくなるものでもないっていう判断でね。完全に縁は切れてても、だからと言ってなーみたいなところはすごくある」
「まあそれはそう……。でもそれなら、もっと早く『院』とやらには俺のことバレてない?」
「バレてるとは思う。ただ今向こうが興味あるのは俺だし、母の直系となると俺な訳で、向こうからすれば澪生は取るに足らない、と判断されてるかも」
「それはそれで腹立つな」
「それに澪生はあくまでも『アイドル』だからさ。『ウィザード』専業じゃない時点で、対象外なのかもしれないね」
外から見れば、魔術の研鑽をしているとは思えないと考えられている可能性は非常に高い。実際、澪生はそれほど『ウィザード』としての実力を磨いているわけではない。彼の場合、必要最低限身を守ることができるように、という考え方だからだ。優先されるべきは芸能活動であり、そちらに支障をきたすようなことはこの数年、一度もしていない。
――それでも。可能性はないと切り捨ててしまうのは、あまりにも危険だ。
「一応、何かあったら必ず連絡は入れてほしい。些細な違和感とかでもいいから」
「分かった。……できれば先生の取り越し苦労であってほしいけどな」
「本当にね……。でもまあ、相手が何をしてくるのか、本当に分からないからさ」
――かつての雪乃と、その相棒だった『ヒロイン』の間に起きた顛末のように。
或いは、柳川 玲の身に起きた悲劇のように。
矛先の分からない恐怖は身を削る。気にしすぎていては、自滅する。だからこそできることは、できる限りいつも通りの日常を送りながら、警戒を怠らないことだけだ。
「……先生も、何か俺に手伝えることあったら」
「あはは、ありがと。今のところそれは大丈夫だよ。仕事も助っ人が増えてるしね」
「ん。……無茶はすんなよ」
「善処する」
「そういうトコ」
「お互い様」
二人で顔を見合わせて、肩を竦めて、苦笑い。――お互いに、こればかりは性格の問題だと知っている。
さて、と切り替えるべく、律は手を叩いた。話が長くなってしまったが、澪生の本来の目的は修行だ。短時間であったとしても、そちらもきちんとしておかなければならない。何せ、次はいつこうしてスケジュールが合うか分からないのだ。
「移動するかー。てか澪生、最近魔術使ってる?」
「あんまり。さすがにちょっと鈍ってるかも」
「じゃ、復習からだね」
「お手柔らかに」
「それは約束しないけど」
「鬼教官……」