Silent Alter - 閑話07
疲労の話
ホテルに戻って、ネクタイを緩めて。着替えるのが煩わしい。疲労が誘うままに、律はソファに倒れ込んだ。後から入ってきた恭が、ジャケットを脱ぎつつ肩を竦める。
「律さんスーツ皺なるー、起きてー」
「むり……」
「……まーじでお疲れ様っす……」
連日会議だ打ち合わせだと社交の場に出ていると、どうにも精神的な疲労が蓄積していく。何も考えずにただ話すだけでいいのなら気楽なものだが、どこもかしこも政治的なやり取りばかりだ。裏にあるものに気付けなければ、致命的な事態に陥ってしまう可能性もある。気を張り過ぎているせいか、頭が痛い。
「今日は何の話だったんすか?」
「……手組んでたとこと縁切りたかったんだって。相手方に『サイコジャッカー』いたっぽい」
「……そんなとこと手組む方が悪い?」
「まあそういうことだよね。自業自得なのでうちを頼られても困るって言っといた」
「そういう交渉、律さん以外でもできたらいいんすけどねえ」
「なかなかそういうわけにもね。俺が直々に出ていくっていうのは、牽制も兼ねてるし」
代理人を通して話せることもあるが、基本的には律が直接会った方が早い。依頼人本人から確実に話を聞くための、最も手っ取り早い手段になるからだ。お互いに代理人を介していては、話が歪曲されてしまう。当主自らが出るとなれば、依頼人本人が出てこざるを得ない、という算段だ。
とはいえ、いつまでもこの状態を続けていると律の負担が減らないことは分かっている。それでもここだけは、他人に任せることができるものではない。
「そのうち恭くんに英語で喋りそう」
「100パー分からん」
「ていうか毎日英語聞いてるのに全く覚えられないの才能では?」
「はろー! くらいは分かるし! てかそんなん言ってー、俺が頑張って英語覚えたら律さん困るでしょ!」
「もっともらしいこと言ってるけど覚えられないでしょうが」
「ハイ……」
――実際、話している内容が恭には全く分からないからこそ、恭をボディーガードとして連れていくことができているのは確かだ。
知ろうと思えば『分体』もいる。話を聞くこと自体は不可能ではない。だが、『分体』に頼んでリアルタイムで翻訳するのは控えてもらっている。話の内容云々ではなく、恭は良くも悪くもすぐに感情が顔に出てしまうからだ。そういう理由もあって、こういう場に揃っていくことは、日本の仕事ではほとんどないに等しい。
溜め息ひとつ、のろのろと体を起こす。今日はこの後に仕事は入れていないので、一度ゆっくり頭を休めておくべきだろう。
「……明日は現場仕事だし、気合い入れ直さないとな……」
「明後日また打ち合わせって言ってなかったっけ」
「言った……。そっちは事前情報通りなら仕事受けると思う」
「はーい。それ終わったらしばらく日本すかね」
「シーズン的にもそうなるね」
毎年、夏は日本での仕事が爆増する。日本国内をあちこち回ることになるので、家にいられる時間はそれほど増えない。それでも、帰ろうと思えば帰ることができるという点では、海外仕事より少し気楽な部分もある。
どちらにしろ、やりたいことも調べなければならないことも、かなり日本に残しているままだ。後処理も全てが終わったわけではない。気がかりを片付けるまでは、気が休まらない日々は続く。
――もっとも、片付けたところで次の問題が起こるのだろうな、とも思ってしまうが。
「あー……甘いもの食べたい」
「疲れすぎっすよマジ。着替えて夕飯行きましょ」
「めんどくさい……」
「だめ」
「はーい……」
体を動かすのも怠いが、そうも言ってられないので。
ジャケットを脱ぎつつ、律は何度目ともしれない溜め息を吐いたのだった。