Silent Alter - 閑話06

慰労の話

「それでは諸々の慰労会ということで」
「雑だな」
「まあそこはいいじゃないですか、別に」
「はいかんぱーい」
「かんぱーい」

 事件が落ち着いた後、律が別件の仕事で日本を発つ前日。
 慰労会、そして報告会という名目で飲み会が開催されることになった。参加者はいつもの通り、律と英二と陵の3人。場所は今回は茅嶋家である。翌日律が発たなければならないことと、「ストレス発散にすっごい料理したい」という欲求に抗えなかった結果である。和洋折衷の食事と酒を揃え、陵と英二を招待した形だ。

「実際茅嶋くんも家族と過ごしたいだろうし、次の飲み会は押しかけるかと思ってはいたんだが」
「思ってたんかい」
「でも本当によかったんですか? 桜ちゃんと咲ちゃんと過ごさなくて」
「飲みに行くと朝までコースになるけど、自分ちだし。適当な時間でお開きにできるでしょ」
「なるほど。つまり俺たちはいい時間に追い出されるわけか。中御門さん、二人で二次会はどうだ」
「何でもう二次会の話してるんですか。そもそもどうせ丁野さん、うちに泊まる気満々でしょうに」
「まあそれはそうなんだが」

 はは、とわざとらしく笑う英二に、仕方なさそうに陵が肩を竦める。いつも通りだなと笑いつつ、律は早々に缶ビールを飲み干すと、2本目に手を伸ばした。自宅で醜態を晒す気はさらさらないが、アルコールの力を借りておかないと話しづらいこともある。
 報告は主に麻宮の面々のその後だ。禮知は退院の目処が立っている。知江に関しても徐々にではあるが回復している。少しずつ話ができる時間が増えてきた、と桜が嬉しそうに話していた。もう少し回復した後は、彼女も事情聴取やら何やらで忙しくなるだろう。律は今のところ、知江には会えていない――直接会うのは、恐らく帰国後だ。それほど長い出張にはならない予定だが、帰ってくる頃にはもう少し事態が落ち着いていると信じたい。
 そして、麻宮 与々については。

「憑いてた『カミ』は引き剥がしたし、恐らく今回の一件についてはその『カミ』の影響を多大に受けたんだろうということは分かってる。万が一根深くまだまだ残っている可能性も考慮した上で、かなり厳重な『処理』をした上で治療は進んでるらしい。それ以上のことは聞かないことにした」
「そうですか。……あんな状態でしたが、治療は滞りなくできているんでしょうか……」
「我妻先生ならまあ、何とかするんじゃないかな。とはいえ身体機能の幾つかはどう見ても崩壊してたから、まあ生命維持はできても、話はできるようになるかどうか、くらいが関の山の可能性は高そうだけどね。麻宮は術式が術式だし、どう転んでも不思議ではないなーって個人的には思う。ゆくゆく知江ちゃんから話を聞いて補完はするみたい」
「また面倒ごとにならなければいいんですけど」
「言ったらなっちゃうからやめて。俺はもう本気で嫌だよ……」
「まあ話を聞く限り、茅嶋くんはなかなか散々な目に遭ってきているしなあ」
「なかみーもだけどね」

 英二の指摘に、律は肩を竦める。実際、この数年あれこれと麻宮関連の事件に巻き込まれ続けていたのは事実だ。さすがにこれ以上は何も起きないでほしい、と心底思う。それは禮知と知江のためにも、そして隼人のためにも。
 何より正直なところ、これ以上に何かが起きるとなると、常に巧都の力を借りて動くことを想定しなければならなくなる。それなりの反動が返ってくることになる以上、あまり多用したくないというのも本音だ。

「今回さあ、俺引くほど椿に怒られてさあ」
「ふふ」
「え、何だその面白そうな話」
「別に何も面白くはないよ? そんな無茶をする人に桜のこと任せられない! まで言われちゃって」
「いや離婚の危機じゃないかそれ」
「その後、椿くんが桜ちゃんに怒られるところまでがセットでしたね」
「コントか?」
「椿くんに本気で怒る桜ちゃんは、なかなか怖かったですよ?」

 状況を思い出したのだろう、笑いながら陵が説明する。実際、そのお陰で椿の説教はそこで終わったのだが。
 見たかったな、と呟いた英二が、ややあってにやりと笑い。

「愛されてるなあ、茅嶋くん」
「やかましいわ」
「そういう丁野さんはいかがなんですか。最近よくうちにふらっと来られますけど」
「そうなの? まあ先生ヒモニートだからヒマだろうけど」
「うるせえ。ヒメが新しい事業を始めたとかでな、不在がちなんだ」
「離婚の危機かって言い返したいところなんだけど、ヒメ先生に限ってそれはないんだよな」
「つまらないですね」
「ねー」
「人をワイドショーのネタ扱いしようとするな」
「お互いさまでは?」

 笑いながら缶ビールに口をつける。次はハイボールにしようかな、と考えながら、テーブルの横に並べているアルコールに目を向けた。飲み慣れた銘柄のウイスキーに、多めの炭酸水でいいだろう。多少薄めにしておいた方が、後が楽だ。そもそも今日はそれほど酔うつもりはないので。対する英二が陽気なのは、何だかんだ飲み会を楽しんでくれている証拠だ。
 律や陵の料理の師は誰なのかという話や、英二が見張りをしていたときのあんぱん談義などをしながら宴は進み、酒も食事も落ち着いてきた頃、不意に陵が口を開いた。

「そういえば茅嶋さん、気になっていたんですが」
「ん、何?」
「麻宮周りがどたばたしていたのですっかり忘れていたんですが、柳川くんのときの件はその後どうなんですか?」
「……おー、そのまま忘れていてほしかったー」
「こら」
「あ! 駄目だぞ、絶対に教えろよ。アイツの顔面は一発殴るって決めてるからな」
「マジかー」

 見逃してもらえるとは思っていなかったが、さて。
 どこまで二人に伝えるべきなのかは、正直難しいところだ。そもそも、あの件の調査自体はそれほど進んでいない。工場自体はどうにか取り壊しや建て替えに向けて動けそうだとは聞いているが、進捗らしい進捗はそれだけだ。

「俺もばたついてたし、全然調査進んでないよ」
「本当かあ?」
「まあ確かにそれどころではなかったですが。でも貴方、麻宮の件と並行して仕事も進めていたでしょう」
「あー、いや、完全に別件。明日からの仕事の準備とかいろいろあったし」
「仕事のし過ぎで死ぬぞ」
「有能な事務さんが入ってくれたおかげで、前よりは楽させてもらってるよ」

 とはいえ、芹には時間の制約もあれば見せたくないようなものもあるので、全てを任せているわけではないが。それでも細かな処理に関しては、本当に楽をさせてもらっている。とてもではないが、既に一人でこなすことができる量を遥かに超えてしまっているので。いつもは本当に桜にかなり助けられていたのだなと改めて感じて、律としては感謝しかない。
 恭がいて、桜がいて、伊鶴がいて、そして芹がいて。助けられながら、何とか仕事は成り立っている。こうしてばたばたと仕事をする日常にいると、改めて実感する。

「……茅嶋くんは絶対隠してることがあるんだよなあ。全部一人で抱え込むからな、この男」
「鏡見ながら喋ってらっしゃる?」
「うるせえ、おら吐けっ」
「おえー」
「いやそういうことじゃないでしょう、全くこの酔っ払いたちは……」
「分かっててやってるだろ」
「そりゃまあ」

 笑ってはみるものの、この状況で二人を誤魔化しきるのは難しい。とはいえ、この二人には『院』で最近起きた出来事をそれほど話してはいない――はずだ。工場で出会った『ウィザード』の件については最悪巻き込まなければならないかもしれないが、それ以外の件については二人には全く関係がない。
 それに、一度関わらせてしまうと、その後に何も起きない保証はない。最近起きた様々な出来事も、気軽に相談できるような内容ではない。そもそも、本当に律の個人的に抱えている問題であって。
 そこまで考えて、緩く首を振る。二人は友人として心配してくれているのだ。逆の立場であれば、自分だって同じように心配する。それぐらいのことは理解している。それでもどうしても、巻き込みたくないという気持ちが先立ってしまう。

「本当に茅嶋くんはなあ。危ないことを抱えている気がするんだよなあ」
「いや、日々してる仕事が仕事なんだから、危ないことはずっと抱えてるよ。そりゃそうでしょ」
「そうじゃなくてだな……、ああもう、中御門さん何か言ってやってくださいよ」
「私ですか」
「そう。言ってやってくださいよこいつに」
「ええー……、……仕事で危ない目に遭うのは仕方ないところもあるでしょうけれど、仕事じゃない部分で危ない目に遭ったりはしていませんか?」
「麻宮の件とか?」
「それもありましたけど、それ以外もですよ」

 怒ったような、困ったような視線を向けられる。意図的に話を逸らそうとしているのは当然バレているのも分かっているが、ここは退くわけにはいかない。何もないよと笑うだけだ。
 何か起きたときにこっぴどく叱られてしまうのだろうな、と。その日の自分が想像できてしまって、嫌になる。

「本当に何もないかあ? 中御門さん、今の言葉神に誓って言えるか的なアレないのか」
「茅嶋さんが神に誓うような男だと……?」
「ひどい。俺だって結婚式のときに誓いますって言える男だし」
「それはただの定型句だろうが。こいつ黙ってたりはぐらかしたりするからな……、殴りに行かせろって言ったときも頷かなかったの覚えてるからな!」
「うわバレてた」
「ほら確信犯! 聞いたか中御門さん、今自白したぞ!」
「だってこの先どうなるか分かんないのに、安易に約束できないじゃん」
「もっともらしいこと言って誤魔化してますよね」
「そんな疑う? 嘘吐いてないよ」

 実際本当に、この先がどうなるのかは分からない。犯人を見つけた、と二人に報告できるかどうかも分からない。場合によっては事後報告になってしまう可能性だってある。安易に約束することができないのは職業病でもあるので、正直見逃してほしいところだ。
 どんな言葉を並べても言い訳でしかないことは、自分が一番よく知っているのがつらいところだが。

「てかそもそも何で俺怒られてるの?」
「何でじゃないんですよ本当に」
「茅嶋くんのことが心配だから言ってるんだ」
「あはは、ありがとう」
「ありがとうじゃねえんだよなあ」

 はああ、と特大の溜め息を返されて、律は肩を竦める。心配されているのは素直にありがたいと思っているのは本当だ。
 それでも、だからこそ。律に今言える言葉は、ただそれだけだ。

「じゃあ例えばですけど、組織的なことで困ってることとかないですか?」
「うちが万年人手不足なのはいつも困ってる」
「……今逃げましたね?」
「逃げたな」
「ホントだって。麻宮が落ち着いたら禮知くんに仕事手伝ってもらうことになったし、それでちょっとは楽できるといいんだけどねえ」
「手が空いたら中御門さんのところに泊まり込んで矯正してもらえ」
「何を。てかやだよ。桜と咲のことどうすんの。何よりなかみーが大変になるやつじゃん」
「くっそこいつああ言えばこう言う! 何とかしてくださいよ、中御門さん」
「本当、茅嶋さんは……」

 じろり。睨んでいるにも近しい呆れた視線は、受け流しておく。
 巻き込めない。そもそも現状、明確に何かが起きているわけではない。命を狙われたり、恭を狙われたりということは起きたが、まだその程度だとも言える。対処できなくなってしまうほどの事件は起きていない。
 目下の問題は、本当に仕事が大量に押し寄せてきていることだ。ある程度落ち着かないことには、私事の調査に割ける時間も労力もない。そんなことを口にしてしまえば、それこそ二人は手伝うと言い出すだろう。だが、二人には二人の生活がある。
 たまにこうして集まって、飲みながら話をして、くだらないことで笑って。それだけで充分助けられている。だから、今のままでいい。

「……まあ今日はこれくらいにしておきますが、絶対また聞きますからね」
「個人的にムカつくから絶対に殴りたいところだしな」
「と言われてもなあ……」
「渋い顔するんじゃありません」`

 ぺち、と軽くはたかれたので、痛いと大げさに痛がって笑いながら。
 ――どうにか二人を巻き込まずに済めばいいな、と心底思ってしまったことは、黙っておくことにした。