Silent Alter - 閑話05
疑念の話
麻宮関連の大きな仕事については、おおよそ片付けた。まだこの先も細々と様々なものが出てくるだろうが、喫緊で対応する必要のある案件は落ち着いたと考えていい。徐々にではあるが、知江も話ができる程度には回復したと桜から聞いている。
――となれば、どうしても目に付くのは別件だ。
「……さって、これどうしようかな……」
律の手には、数枚にわたる報告書。先日警視庁を訪れた際、渡瀬から受け取ったものだ。彼も今回の件で相当に激務だった筈だが、きちんと仕事を進めてくれていたのは本当にありがたい。
以前依頼した、高階 華純に関する報告書。
やはりその経歴に不審な点はひとつもなく、それだけを見れば一般人だと言われても何の疑問も持たない。やはり彼女がモルテンとヘルトに律の殺害を依頼したというのは、何かの間違いではないだろうかと思ってしまう。或いは、彼女になりすました別人が。
しかし1点だけ、彼女を『院』の関係者ではないかと疑うことができる記述が、報告書の中には記載されていた。
「……やっぱり疑わしいことには変わりなし、か」
――2月に、出国履歴がある。
前『ロード』が崩御したという知らせを受け、葬儀と『ロード』継承の儀に参加しなければならなかった2月。憂凛の誕生日が近い時期であったにも関わらず恭が一緒にいた、という記憶があるので、それが2月だったことは忘れていない。呼び出しの文章からしても、『院』に関わりのある『ウィザード』が全員参加しなければならなかったのは明らかだ。
ただの観光旅行の時期がたまたま被っているだけ。その可能性ももちろんある。しかし、あの場に高階 華純はいたかもしれない。断定はできなくても、疑うには充分すぎる。
そしてもうひとつ、律には引っかかっていることがある。
デスクの上に戻した報告書、その隣にある書類。それは先日の工場での一件。このタイミングで、恐らく『院』の関係者としか思えない『ウィザード』が仕事に横槍を入れてきたこと。
警察が調査をしている段階では、『怪異』が引き起こしている事件だけだった。そかしそれを律が引き受けたことで、別の事象が重なり、恭がその罠に引っ掛かってしまった。無事だったからよかったものの、とは言い難い。今後も同じような形で邪魔が入るようであれば、仕事に差し支えるどころの騒ぎではなくなる。仕事にならなくなってしまうリスクを、これから抱え続けていかなければならない。
「……とはいえ、一旦打ち止めかな」
今のところは、これは仕事ではない。茅嶋家単体の問題であり、そして律の問題だ。仕事に支障をきたすわけにはいかないし、これ以上に調査をするとなれば本人に会いに行くしかない現状、ここで手詰まりだ。既に次の仕事は決まっているし、出国のための準備も進んでいる。
どうしてこうも次から次に、と言いたくなる気持ちはあるが、落ち着くことができる立場ではないことは重々承知している。
「タイミングよく重なっといて、これで何の関係もなかったら逆にやばいなー」
自覚している通り、命を狙われる覚えはあり過ぎる。それでもこうもタイミングよく様々な事象が重なるかと考えたとき、どうしても同一犯を疑った方が早い。違う場合はそのときに軌道修正をすればいい。
この先調べを進めていくのであれば、工場での一件だ。残された術式についてはきちんと記憶している。今後、そこから辿っていくことができるものもあるだろう。
逃がすつもりも、許すつもりもない。次の一手の準備は、こちらも進めておかなければならない。
ゆっくりと大きく息を吐き出して、律はデスクの上に並べた書類を片付け始めたのだった。