Silent Alter - 閑話04
対価の話
とある日、別件の仕事の依頼主のところを訪れた帰り道。
「そういや律さん」
「ん?」
「らっちっちに聞いたんすけど、今回の対価が今後も俺の友達でいてあげてって話、ってマジすか?」
「ああ、それ」
運転手兼ボディーガードとして同行していた恭と、車の中で雑談に興じていたのだが。そこでふと思い出したように、恭の口からその話題が出た。恭は毎日禮知の病室に顔を出していると聞いている――話のひとつとして聞いたのだろう。
恭の友人でいてあげてほしい。それは確かに今回、律が禮知に提示した対価だ。
「言ったよ。仕事自体の対価としてはそれだけ」
「えー。そんなん律さんに言われなくても俺とらっちっちは友達!」
「はいはい、知ってる。いや別に、念押しだとか禮知くんに強制したとか、そういうことじゃなくてさ」
――禮知の意識が戻ったと聞いて、すぐに見舞いには行けなかった。桜が知江のところに通っていることもあったし、咲の面倒も見ていた。山のような後片付けの仕事は、今も片付け終わっていない。そんな状況だったので、なかなか会いに行く時間が取れなかったのだ。それでも昨日、やっと時間を作って見舞いに行くことができた。
律を見るなり、詫びて礼を言った禮知には、改めて確認された。本当に対価がそれだけでいいのかと。今回の件はその程度で釣り合うようなものではない、と。他にもできることがあればと打診されたが、律としては充分釣り合いは取れていると考えている。冗談交じりにじゃあこれからは俺の仕事手伝ってよ、ということは言っておいたが。仕事が山積みではあるので。
「――嫌でも生きろって『約束』でね、アレ」
「え」
「よかったよ、地獄まで対価の取り立てに行かずに済んで」
本当に、何が起きるか分からない事件だった。そして知江が、恐らくは普通の状態ではなかったからこそ。
恭がやたらと禮知に懐いていることは、よく知っている。相手は『ソーサラー』だ。何かあったらと心配していた時期もある。しかし今日は絶対に禮知を疑うようなことはしなかったし、対する禮知も色々と思うところがあっただろうが、恭に直接的な悪意を向けることはなかったはずだ。
だから、信用することにしたのだ――恭の友人として。
「……いや、確かに今回らっちっち、死んでもおかしくなかったっすけど」
「うん。間に合ってよかった」
「……ええ? 律さん最初かららっちっちが危ないかもって思ってたってことすか?」
「可能性のひとつとしては、それも当然あったよ。勿論何もなくて、万寿ちゃんも見つかって、一件落着万々歳って可能性もあったしさ。もし何か最悪の事態が起きた場合、危ないのは知江ちゃんと禮知くんだろうなっていうのも頭にはあった」
――そしてあともう一人、隼人もだが、それは恭には黙っておく。話がややこしくなってしまうので。
「えー……そういうの早く教えてくれてもいいのにぃ……」
「教えたところで何もできなかったし、もしもの事態に戦力割けるような状況でもなかったでしょ。四六時中麻宮家見張るわけにもいかないんだから」
「そうっすけどー……」
むう、と頬を膨らませる恭は、納得がいかないのだろう。それでもこればかりは仕方がない。仕事の関係上、できることとできないことがある。恭であればいつでも禮知に連絡ができるから、と考えていたのも理由のひとつだ。
隼人には何事も起きずに済んだ。知江と禮知に関してはぎりぎりだったが、間に合った。それが今回の結果だ。最悪の事態の一歩手前。それで済んだのは、彼ら自身の運だろう。
「恭くんの友達だからね。禮知くんが死ぬと恭くんがつらい思いをするので、そんなことは俺は許しませんよ」
「それ喜んでいいやつ?」
「いいやつ。これから先も元気に恭くんの友達でいてもらわないと」
「むー……。あ、そうだ、らっちっちと知江ちゃんが元気になったら、一回うちに呼ぼうと思って!」
「お、いいじゃん。憂凛ちゃんに紹介?」
「そうっす。ちゃんと紹介したことなかったなあと思って」
一歩間違っていれば喪われていた未来は、そこにある。
ああでこうで、と一転して嬉しそうに話している恭の横顔を見ていると、自然と笑みがこぼれた。これ以上恭に友人関係で傷ついてほしくない、と言えば過保護だと笑われるだろうか。それでも、恭にはなるべく笑っていてほしいと思っているので。
これからもあの子のことをよろしくね、と言ったときの、禮知の何とも言えない表情を思い出す。律の意図を察知した彼は、あのとき何を考えていただろうか。
――それでもきっと、この先は大丈夫だ。根拠はないが、確かにそう思えた。