Silent Alter - 閑話03
署名の話
「これが地獄である」
「この量を一人で片付けていた前までの茅嶋くんは本当に大馬鹿です」
「返す言葉もございません……」
机に突っ伏して呻く律に、積み上がっている書類をひとつずつ精査している芹が冷静なツッコミを返す。事実、芹がいなかった場合、咲の世話をしながらこの仕事量を片付けるのにどれだけ時間がかかったのかと考えると寒気がする。考えたくもない。
溜め息を吐いてのろのろと体を起こしつつ、律は手元の書類をめくる。今回の事件で片付けなければならなくなったことは非常に多い。何せ、一つの『ウィザード』の名家が滅んでいるのだ。ただでさえ今回の事件自体に大きく関わっているというのに、付随して茅嶋家に流れてくるものが多すぎる。
「……ん、よし。茅嶋くん、こっちの書類は全部サインしてください。大丈夫だと思いますけど、一応タイトルだけ確認してもらって」
「はーい……」
「こっちは私では判断できないので、ちゃんと目を通してもらって」
「うん」
「あとこれ請求書上げなきゃいけないやつなんですけど」
「お金のことは任せた」
「ふっかけます?」
「適当にふっかけて大丈夫です。後で適宜調整してもらっていい?」
「お任せあれー」
書類ひとつ取っても、こうして芹が選り分けてくれるのは非常に助かる。言われた通り、タイトルをざっと確認して順にサインを書き込みながら、ふと1枚の書類で手が止まった。
委任状。今後の麻宮 与々の処遇について。
今後行われる処罰の是非について、そしてその内容についての決定を委任する内容。いつもであれば一任する、とすぐにサインをしていた書類なので、芹もそう判断してくれたのだろうことは分かる。しかし、今回はどうしたものか。ある程度の希望程度は伝えておくべきなのかもしれないが、しかしその先にはあまり関わりたくはない。それは、律の仕事ではないからだ。
「……あ。かーやしーまくーん」
「ん?」
「眉間に皺寄せて考え事するの、癖になるからやめた方がいいですよー?」
「あー……もうなってるかも……」
「もー。……何でもかんでも、茅嶋くんが責任を取る必要はないんですからね」
「……うん」
どこまでが自分の仕事なのかを、見失ってはいけない。何より、自分はそれほどできた人間ではないのだから。人を裁く者は別にいる。
いつも通り任せよう、と決めて書類にサインを書く。この先彼がどうなろうと、それは茅嶋家に関わりのあることではない。そういう立場でいなければ、自分で自分の首を絞めてしまう。
手を止めて律の様子を眺めていた芹は、ややあって呆れたように肩を竦め。
「……本当に茅嶋くんはいつまでも甘っちょろいですねえ」
「耳が痛い……」
「上に立つの、本当は向いてないのに大変だな、ってさすがに思いますよ」
「……でも、やるって決めちゃったしね」
「損な性格。あ、これサインのやつでした」
「増えた……」
「はいはい、咲ちゃんが寝てる間にもっと頑張ってくださいねー」
言いながら、律がサインした書類を引き抜いて、代わりにばさりと新しい書類を乗せる。律がサインをやはり撤回すると言い出さないようにするためだろう。さすがにその辺りの対応は上手い。
今回与々が行った数々の暴虐は、許されるものではないだろう。その動機が何であったとしても、行為自体の是非は問われる。過去の例に則り、適切な処罰が下される。それは律が委任してもしなくても、関係のないことだ。
これは、一人の人間の行く末を最後まで確認するかどうか。その意思表示を、求められているだけだ。
「もうめんどくさいから誰か当主代わってくんないかなー」
「ぽーいってできる性格ならよかったですねえ」
「本当にねえ」
苦笑いひとつ。改めてペンを握り直して、律は追加された書類へのサインを始めたのだった。