Silent Alter - 閑話02
友人の話
「知江さんの治療に参加させていただけませんか」
桜がそう切り出したのは、事件の翌日。一晩水乃登神社の世話になり、自宅に帰ってきて。咲を寝かしつけた後のことだった。
「……え。鹿屋先生も我妻先生もしっかりやってくれてるよ。それでも?」
「それでもです」
「ちなみに……知江ちゃんがどういう状態だったか、見てた上で言ってるよね……?」
「はい」
桜の返答は揺らがない。全て理解した上で言っているのだということは、それだけでよく分かる。
さてどうしたものか、と律は天を仰いだ。駄目だと言ってしまうのは簡単だ。これから片付けなければならない仕事も山のようにある。咲のこともある。気軽に了承を出せる状況にはない。しかし、そんなことは桜も承知の上で申し出ている。それでもどうしても、と考えているから、こうして律に頼んでいるのだ。
仕事の手伝いは芹に頼んで。桜のことは伊鶴に任せて。桜が居ない間の咲の世話は当然自分が全て行うことになる。帰ってきた桜の様子によっては、基本的に面倒を見るのは律だ。その間は絶対に仕事ができないことは分かっているので、仕事に割ける時間は咲が寝ている間。頭の中でひとつずつスケジュールを組み立てていく。どちらにしろ律自身、巧都に力を借りた反動もあるので、それが落ち着くまでは外出は控えたい。問題は、知江の治療にどの程度時間を要するかだ。
「あのっ、勿論咲のこともきちんとします! 1日数時間、えと、数十分とかでも全然構いませんので、その、少しでもと」
「分かってるよ、大丈夫。……大事な友達だもんね」
「……はい」
以前の事件で知江が入院していたときは、桜は妊娠中であったこともあり、大事を取って見舞いにはいけなかった。その後も、今は麻宮の家が大変だろうからと連絡を控えていたことも知っている。桜にとっては友人でも、知江にとっては難しい立場なのだということは、桜も分かっているから。
そんな中で起きた、今回の事件だ。居ても立っても居られない気持ちは分かってしまう。
「……よし、分かった。病院に掛け合ってみる、向こうも人手が増えるのは助かるかもしれないし」
「……! ありがとうございます!」
「でも、無理はしないでね」
「……それは律様がおっしゃってもあまり説得力ないです……」
「うっ……それを言われると……」
わざとらしく胸を押さえる律にくすくすと笑う桜は、昨日のことを思い出しているのだろう。反動の疲労で動けなくなり半分意識が飛んでいた律は、重傷者の治療を終えて搬送を見送った椿にたたき起こされた。疲れ切っていることは重々承知の上で、今文句を言わなければ絶対に聞かないからと言い切って、かなりの勢いで怒られた。すいませんごめんなさい、しか返せずにいた律を、陵が物珍しそうに見ていたことは忘れたい。あの過保護な弟に、律は意外と弱いのだ。
「……知江ちゃんが元気になったらさ。今度はもう家のこととか関係ないし、もっと仲良くなれるといいね」
「……、はい」
何はともあれ、知江の回復が最優先ということにはなるが。
予断は許さないが、一命は取り留めたという連絡は受けている。問題はどこまで取り戻せるか、そしてどこまで今まで通り『カミ』の力を借りて日常生活を送れるようになるか。手は尽くすが、前よりも少し不自由になる可能性は高いとのことだった。あとは彼女自身の精神的な部分に頼らなければあんらない、とも。
だからこそ、折れぬように、支えられるように――桜は知江の傍にいたい、と思うのだろう。
「俺もお父さんと仕事頑張るかー」
「すいません、我儘を言ってしまって……」
「全然いいよ、気にしないで。てか俺も頑張るのは当然だし。だいぶ咲の世話慣れてきたと思わない?」
「……30点ぐらい……?」
「桜さん厳しいですね」
「ふふ。いいお父さんになるのって大変なんです、ってことです」
「そだね」
笑い合いながら、律はスマートフォンに手を伸ばした。そうと決まれば、話は早い方がいい。
いっそ恭と憂凛に助力を求めるべきかと思いつつ、まずは病院へ連絡を取ったのだった。