Silent Alter - 03

 麻宮 与々の足取りを追うために、どうするか。
 悩みはしたものの、律は恭を呼び出すことにした。『分体』の力も借りる形で、監視カメラの映像を確認するのが早いだろうと踏んだからだ。二つ返事ですぐに茅嶋家を訪れた恭と二人、『分体』が入手してきた映像を全て確認し。

「……これ、イッチわざとっすよね?」
「だろうね」

 首を傾げる恭に、律は頷く。街中にある要所要所の監視カメラに、与々の姿が映っていた。時折カメラ目線の映像がある辺り、彼は分かっていてやっているとしか思えない――追跡には必ず監視カメラを確認することを。
 麻宮家から市街地を歩いていき、そして最後はかつて知江が入院していた廃病院となっている建物に入っていく映像を最後に、足取りが途絶えた。
 誘い込まれていると思うべきか、となれば挑発だろうか。律が思案していると、不意に恭のスマートフォンに着信。発信者は禮知だ。

「おーらっちっちが電話くれた! もしもし!」
『るっせお前に用事ねえ。御曹司に取り次いでくれ、分かったこと報告したい』
「律さん? ちょうど今隣にいるから代わる!」

 はい、と恭にスマートフォンを渡される。もしもし、と電話に出ると、向こうから聞こえたのは咳払い。恭相手と同じように話すわけにはいかないため、切替の努力だろう。

『……ええと、すんません。分家の人間はほぼ全員シメるだけシメたんすけど』
「それはお疲れさま。何か分かったことはあった?」
『アイツらマジで何も知らねえってことが分かっただけっすかね……マジで関係なさそうで。それでやっぱ、どうしても知江の方が疑われてる状態って感じで』
「ああ、やっぱり? でも知江ちゃんも禮知くんも、万寿ちゃんには手出ししてないんでしょ」
『それは勿論。んで、こうなってくるとやらかしてんのうちのアホだと思うんで……やっぱ捜索対象をそっちに切り替えようかと……』

 万寿がいなくなった原因に、十中八九与々が関わっている。禮知としても考えるしかない状況だということだ。
 礼を言って、電話を切る。挑発かもしれないが、それでも足取りが途絶えた廃病院を訪ねてみるしかないだろう。何かしらの痕跡が見つかれば、そこから更に何かが分かる可能性もある。

「恭くん、車で来てる?」
「うす。どっか行くっすか?」
「とりあえず、病院跡地行ってみよう。調べてみないことにはね」
「了解っす!」

 話はまとまり、恭の車に乗って一路廃病院へと向かう。ガス爆発があったことにされている廃病院の周辺は、人気もなく静かなものだ。元々この辺りは市街地から少し離れているということも、警察の方で一般人が入り込まないように『対処』しているということもあるのだろう。入り口には未だにKEEP OUTと書かれた規制テープが残ったままになっている。
 車を降り、律と恭は廃病院の中に足を踏み入れた。少し荒れてはいるが、半年前よりは片付けられている。状況が整い次第、ここは解体され更地になるのだろう。
 病院内を一通り確認して回るが、与々の姿はない。既に拠点を移しているのか、それとも何かが仕掛けられていて、見落とすように仕向けられているのか。

「……恭くん、アリスちゃん連れてきてる?」
「うっす。この間の件怒られたから……」
「あはは」

 かの女王はやはり大層ご立腹だったらしい。また嫌われたかな、と思いつつも恭が取り出したスマートフォンについている、チェシャ猫のキーホルダーに目を向ける。加えてアリスちゃん、と呼ぶ恭の声に反応して、『黄昏の女王アリス』が姿を顕した。じろりと睨まれてしまったので、にこりと笑って返しておく。今は彼女と喧嘩するつもりはない。
 律が『黄昏の女王アリス』に何を要請しようとしているのか、彼女は気付いていたのだろう。ふい、と目を逸らして周囲を見回し。

「……二重になってるわよ。位相が違う場所がある」
「イソウ? ってなに?」
「それ破れる?」
「……、無理ね」
「分かった、ありがとう」

 それだけでも分かれば充分だ。再度律に嫌そうな視線を向けて、しかし何も言わずに『黄昏の女王アリス』の姿は消えた。

「一回撤退しようか。なかみーと丁野先生に情報共有した方が動きやすいかも」
「はーい」


 神社を訪れると、陵と英二が二人でスナック菓子を食べていた。見た瞬間に欲しい! と英二にねだりに行く恭のことは放っておいて、律は陵の隣に腰を下ろす。

「調査、どうでした?」
「マジクソ」
「でしょうね」
「律さん最近ジッポ先生の口の悪さうつってないすか?」
「それは俺に喧嘩を売ってるのか? ん?」

 やいのやいのと一通り本題からずれた話題になりつつも、律は禮知からの連絡と廃病院の件を報告する。位相がずれているらしい場所に関してはもう一度調査をする必要があるが、その前にやっておきたいこともあるので一旦保留の扱いだ。

「俺マジで全然意味分かんない。ってか通り魔ってうっかりイッチだったりしない?」
「そもそも俺はそのイッチさんとやらを知らんのだが」
「イッチ悪いやつ! でもごめんなさいは言うからなー、心こもってないけど……。らっちっちのおじさん? らしい?」
「……なあ茅嶋くん、コレの教育って」
「してみる?」
「義務教育が敗北したな」

 遠い目をする英二に笑いつつも、律は与々のことを英二に説明する。とはいえ、麻宮の人間である――という以外のことはあまり分からない。麻宮の術式を使う『ウィザード』ないし『メイガス』であることは確かだが、お互いに手の内を晒していないというのが現状だ。
 知っているが、何も分からない。それが麻宮 与々という相手。

「しかし、そうなると通り魔かどうかというのは一概には判断できないな」
「そうだね。ただ、前に通り魔みたいなことしてたの、万寿ちゃんと一緒にいた『鏡像』じゃない『カミ』っていうのもあってさ」
「成程。麻宮関連の可能性は高いってことか」
「なかみーどう思う? ちなみになかみーと丁野先生は現場見たんだよね? 通り魔の」
「そうですね。とはいえ、私たちにできたのは聞き込みだけですが」
「あ! これはぶんちゃんの出番だ! ぶんちゃん通り魔のこと調べて!」
『任しとけ!』

 恭のスマートフォンから聞こえる、元気な返事。通常手に入れることのできない監視カメラの映像を得るのであれば、『分体』の力を借りるのが一番早い。
 事件が起きた時間帯の映像を出してもらい、一通り確認する。犯人らしきものは何も映ってはいないがしかし、被害者は市街地から繁華街へというルートで被害を受けていることは分かる。繁華街の先には駅があり、その駅前には今現在隼人が宿泊しているホテルがある、というのがどうにも気にかかる。

「……よし。ついでに調べておきたい場所もあるし、二手に分かれようか。丁野先生、恭くんと一緒に繁華街の方調べに行ってもらってもいい?」
「通り魔の調査の続きだな。分かった」
「となると私が茅嶋さんについていく形になりますね。どこへ?」
「ん、とりあえず楠家」

 半年前、火事で焼け落ちた楠家は現在更地になっているはずだ。何もないとしても、今いなくなっているのが万寿である以上、確認をしておいた方がいいだろう。
 何かあればすぐに連絡すること、と約束をして、4人は神社を出た。


 住宅街の中にある、楠家跡地。
 更地になっているその場所は特に売地になっているというわけでもなく、ただの空き地となっていた。何かしらの痕跡がないか確認はしてみたが、特に何も見つからない。何かあったとしても、恐らく既に痕跡は消されていると考えていいだろう。
 それについては想定内だ。律が二手を分かれることを提案したのは、別の理由がある。

「それではなかみーに悲しいお知らせなんですが」
「……何です……?」
「これから麻宮家に行こうと思います」
「……はい……」

 途端しおしおと勢いをなくす陵には悪いが、律は最初からそのつもりだった。更地になっていることが分かっている楠家の跡地を調べるためだけに、二手に分かれて調査することを提案したわけではない。恭と英二を組ませることにしたのも、麻宮家に訪れた際にスムーズに話を進めるためだ。陵が必ずついてくるであろうことは、さすがに分かっていたので。
 楠家跡地から麻宮家までは、それほど遠い道のりではない。話しながら歩いているうちに麻宮家へと辿り着き、――そして陵が言葉を失った。
 人が住んでいる場所だとは思えないほど、穢れている。
 果たして中で何が起きているというのか。かすかに聞き覚えのある声の悲鳴が聞こえてくる。恐らく、以前調査をしているときに出会った分家の面々だろう。黙って何度かインターホンを押してはみたものの、そちらに反応はない。

「……茅嶋さん」
「一応構えててね」

 こうなれば、こちらとしては強硬手段を取らざるを得ない。銃を取り出し、いつもの雷弾ではなく目くらまし程度の光弾を装填する。深呼吸ひとつ、狙いを定めて麻宮家の中へと撃ち込んで。炸裂した光弾は周囲を照らし出し――飛び出してきたのは、『猟犬大公ミゼーア』。
 明らかな攻撃の意志を持って襲い掛かってきたそれを、避けることなく防御壁で受け止める。ここで退くつもりはない。退けば、追われることは分かっている。

「……誰に喧嘩売ってるの。ご主人様に怒られるよ?」

 努めて冷静に吐き出した言葉は、『猟犬大公ミゼーア』に届いたらしい。ぐるる、と唸り声を立てながらも、殺意は全く感じられないほどに消失している。警戒はしているようだが、攻撃されることはなさそうだ。

「ミゼーア」

 冷静な呼び声。途端、しゅるりと『猟犬大公ミゼーア』の姿が消失する。代わりに立っていたのは――知江だ。深々と礼をする姿に違和感を感じてしまうのは、こんなときに彼女がする行動を知っているから。いつもの知江であれば土下座をして謝罪する場面だが、知江は堂々とした足取りで律と陵の前に歩いてくる。常日頃杖をついて歩いている筈の彼女が、独力で悠然と。
 半年前から感じてはいたが、何かがおかしい。そう感じるには、充分な姿だった。

「お迎えもできず、大変申し訳ございません」
「急に来ちゃったから、それは構わないけど。……どうしたの、ゴミ処理場みたいになってるよ」
「ゴミ処理場、ですか?」

 心底不思議そうな顔をしている知江には、恐らく自覚はないのだろう。普段神社という清廉な場所で過ごしている陵は、穢れに弱い。今も気分が悪そうな表情で、それでもこの場にいられるのは彼の経験値故だ。一般人でもあっという間に調子を崩してしまいそうなほどに澱んだ空気が分からない時点で、それは異常と言っていい。
 ――それでも、言葉は選ばなければならない、まだ。

「ところで、お二人は何の御用でこちらまで?」
「……単純に、今の状況が続くようであればこの辺の治安が明らかに悪くなってしまうので、注意喚起、かな」
「それは大変申し訳ございません。麻宮万寿の件を含め、早急に対応いたします。おじさまの件に関しても後手に回ってしまっておりますが、あと少しで解決も可能かと考えておりますし、これ以上茅嶋様の手を煩わせるつもりはございません」

 淡々と、しかし堂々と答える知江の姿は、やはり今までの知江とは似ても似つかない。
 以前感じた違和感は、何も誤ってはいなかった。当主の自覚が出てきたからだ、と言えるような変化ではない。その要因は分からないが、彼女は確かに何かに影響されて変わってしまっている。悪い変化だと断じることはできないが、これではまるで別人だ。
 この場に桜がいなくてよかった、と心底思う。知江の思いはどうあれ、彼女は桜にとっては友人なので。

「……なかみー、大丈夫? 今日のところは帰ろうか」
「……すいません……」
「気にしないで。じゃ、また来ます。お邪魔しました」
「大したお構いもできず、申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げる知江に、律と陵も頭を下げてから麻宮家を後にする。――お陰様で次にすべきことは見えてきたが、あまり楽観視できる状況ではなさそうだ。
 陵が目に見えて調子が悪そうなこともある、今日はこの辺りで引き上げるべきだろう。そう考えながら神社の方へ帰ろうと歩き出したとき、律のスマートフォンが音を立てる。相手は英二だ。

「もしもし、どうしたの?」
『すまん、ドジ踏んだんで治療できる人材寄越してくれるとありがたいなあなんて……』
「は!?」