Silent Alter - 02
茅嶋家を出た後、陵は隼人と二人、他愛のない話をしながら神社へと向かっていた。気にしなくていいとは言ったのだが、隼人が神社まで送ると言って聴かなかったのだ。律から通り魔の話を聞いたせいかもしれない。陵としても隼人のことが心配ではあるのだが、今回は甘えることにした。そうする方が隼人の気が済むだろうと思ったからだ。
神社が見えてきて、ではここでと言いかけて言葉が止まる。神社の前に、確かに『人影』がある。姿はないが、何かが居ると分かるそれを知覚した瞬間、思わず隼人の方を窺った。隼人も既にそれを認識して、強張った表情で構えている。
「隼人くん、大丈夫ですよ」
「でも、」
「君はアレを知らない。そうですよね」
「ッ……、はい」
言い淀んだものの、素直に隼人は頷いた。しかし、その身体の力が抜けることはない。
仕方ないことだということは分かっている。この『人影』は先日、万寿を助けてくれと依頼してきた、そのときは『楠 明神』の姿を借りていた『カミ』。つまりは彼女と共にいる『鏡像』だ。今は誰の姿も取っていないため、人影だけの存在に見えているのだろう。
先の事件の際、『鏡像』は律と約束を交わしている。それによって、人に危害を加えるようなことはできなくなったはずだ。その点については警戒の必要はないだろうし、ましてや通り魔の正体だとも思えない。
「……急に訪ねてごめんなさい……」
「そうですね。また何か御用でしょうか?」
「……あの、万寿が、いなくなって……」
その言葉に、顔色を失ったのは隼人だ。だがしかし、何も言わずに口を噤んでいる。ここで口を出してはいけないことは、百も承知なのだろう。そのことにほっとする。
「……どういうことです?」
「万寿が、思い出したりしたらいけないと思って……ちゃんと約束もしたし、万寿の傍にいた。それなのに、急に消えるみたいにいなくなって……契約は切れてないから無事だと思うんだけど、でも、そもそもまだ意識不明で起き上がれるような状態じゃないのに……」
おろおろしている様子の『鏡像』に、陵は眉を寄せる。意識不明の人間が、自分の意思でいなくなるとは思えない。ましてや半年も意識不明なのだから、目が覚めたとしても急には動けないだろう。確実に誰かの介入があったと考えるべきだ。
「万寿がさらわれた目的とか、そんなのも全く分からないし……その、どうしたらいいか分からないし、見つけられないし……だから、あの、手伝ってほしくて……」
「……とはいえ、貴方もう支払える対価がないと言われるでしょう」
万寿を探すとなれば、どうしても律に助力を乞うことになる。しかし、律は対価のない案件では動かないことは陵も知っていることだ。
先の事件で、既に『鏡像』からの対価は支払われている。『鏡像』自体にはもう、万寿を助けるための対価を差し出す方法があるとは思えない。だからこそ、律ではなく陵に助けを求めようとしているのだろう。
しかしどちらにしろ、万寿がいなくなったという事実自体を見過ごすことはできない。そもそも今、隣に隼人がいるこの状況でそんな話を聞きたくなかったというのが本音だ。
「……ちなみに。麻宮の分家の仕業ではないんですか?」
「分家の人たちも、万寿がいなくなったって騒いでて……本家と万寿どこだって揉めてるみたいで……」
「それはまた面倒ですね……」
――こればかりは、話を聞いても陵にはどうすることもできない。溜め息ひとつ、陵はスマートフォンを取り出して、律に連絡を入れたのだった。
『もう麻宮潰そうそうしよう、そうすれば俺が平和』
「本気で怒ってるじゃないですか」
その日の夜。陵からの連絡を受けて、麻宮本家に問い合わせて情報収集を行った律から電話があった。
いつも通り恭を経由して禮知に連絡を取り、現在の状況を聞きだしたのだという。万寿が突然いなくなったことについては当然把握しており、分家の仕業ではないかと問い質している最中との返答があったとのことだった。しかし、分家も誰一人万寿の行方を知らず、逆に本家の仕業ではないかと疑われ、かなりの揉め事になってしまっているらしい。そこまでは『鏡像』からの情報とも一致している。
「何で分家が本家を疑うんですか」
『結局、現当主の知江ちゃんが麻宮じゃなくて麻葉の血筋だからってことでしょ。麻宮の血を引いてる万寿ちゃんのことを厄介払いするために動いたんじゃないかってアレ』
「またそれは……随分と命知らずな発言をしてますね……」
『あともう一つ、追加の問題が起きてて』
「何ですかその嫌な報告」
『麻宮 与々が行方不明』
「うわ……」
以前出会った、禮知と共に居た白髪赤目の飄々とした男を思い出す。その実力は不明だが、禮知と共に知江の護衛をしていたというのは彼の筈だ。律が妙に嫌がっていたな、という記憶はある。『ウィザード』として、思うところがあったのだろうとは思っているが。
恭は前から与々のことを知っていたようだが、どういう知り合いなのかということは聞けていない。出会った後も色々と起きていたこともあり、その辺りの情報が共有できていないのだ。何より麻宮の関係だということで、家同士の問題になるからと律があまり深い話をしようとはしていない。
「……しかしそれなら、麻宮 与々が犯人ということになるのでは?」
『俺もそう思ってるけど、ちょっと指摘しにくい。ま、今回はそれを解決するからって形で依頼してもらった。『鏡像』から対価取れないのは気にしなくて大丈夫』
「なるほど。ちなみに対価は何を?」
『ん? 禮知くんに、これからも恭くんと友達でいてあげてねって』
「……え、そんなことでいいんです?」
電話の向こうで、いいんだよ、と律が笑う。仕事内容に対してあまり大したことのない対価のようにも思えるが、律には何か考えがあるのかもしれない。どちらにしろ律の仕事の話にはなってしまうので、その辺りは陵が口を出せることでもないだろう。
『麻宮の術式の開示も対価として示されたんだけどね、それは断った』
「あー……でも、興味あったんじゃないんですか?」
『興味はあるけど、前に歴史は見たし。結構術式自体も何度も見てるし、わざわざ開示してもらう情報でもないかなと思って。家にとって術式って本当に大事なものだしね』
「それってもしかして自分で分かるからいいやって話になってません?」
『あはは、それはどうかな。ま、禮知くんはとりあえず万寿ちゃん探すのと、分家が情報持ってないか引き続き確認するって言ってた。麻宮 与々までは手が回らないってさ。情報としてはそんなとこかな、何かあったらまた適宜共有する』
「分かりました、お願いしますね」
じゃあまた、と電話が切れる。少し聞いただけでも、気になることは多い。それに加えて通り魔の件もある。
明日から忙しくなりそうだ、と陵は大きく溜め息を吐いた。
そして翌日。
「たのもー」
「それ挨拶だったんですか?」
ふらりと英二が現れたので、二人でカステラをつつきつつ、陵は昨日のことを英二に話すことにした。万寿の件には英二も関わっている。いなくなったという話には、さすがに英二も表情が険しくなる。
「あの家の件は、茅嶋くんも相当迷惑を被ってたな、確か」
「そうなんですよね。仕事として動くそうなので、私もお手伝いの形で調査するつもりです」
「じゃあ俺も手伝うか」
「あ、手伝っていただけるんですか? それは助かります」
状況を把握した英二は、すぐに手伝いを申し出てくれた。調べなければならないことは多い。人手を増やしたくても神社のことを疎かにするわけにもいかないので、そちらはルキたちに任せるという形になる。手伝ってほしいのは山々だが、英二が手伝ってくれるのであれば神社のことを任せておくのが正解だろう。
ひとまずは万寿の足取りを追ってみようということで、意見は一致する。万寿が入院していた病院を訪れて聞き込みをしてみたところ、どうにも忽然と消えてしまったとしか言えない状況のようだった。監視カメラに何らかの細工がされており、万寿の姿も犯人の姿も確認できなかったのだという。さすがにほぼ一般人のはずの分家が、そんなことができるとは思えない。
聞き込みでは、それ以上の情報は得られない。監視カメラの映像を見せてくれということもできないので、ここで手詰まりになってしまう。
「……これ、麻宮の関連は一度茅嶋くんに任せておくべきかもしれないな」
「そうですね……魔術のこととなると私たちでは分かりませんし……」
一旦万寿の捜索は諦め、通り魔の情報を得ることに切り替える。こちらも現場で聞き込みをしてみたところ、何人かの目撃者から話を聞けた。
犯人らしき者の情報は一切なかったが、被害者の情報を得ることはできた。被害者の傷は、およそ刺し傷とは思えないもの。まるで何かにくり抜かれてしまったかのような傷だったという話で、恐らく搬送先は一般の病院ではないだろうという予想はつく。そうなると、被害者本人から話を聞くのは難しそうだ。
一旦律に情報共有をしてみようという話になって、電話をかけてみる。数回のコールの後、律は電話に出た。
『もしもし。ごめんね、何かあった?』
「いえ、今例の件で丁野さんと調査に出ていまして。お時間大丈夫でしたら、少し情報共有させていただきたいのですが」
『お時間大丈夫じゃないけどそれは聞きたい』
電話の向こうでは、ばさばさと紙の音がしている。恐らく書類と格闘していたのだろうなというのが透けて見えて、陵は苦笑した。こんなときでも、相変わらず仕事量は多そうだ。
陵の報告を聞いた律は、そっか、と軽い返事を返してそのまま黙ってしまった。何かを考えているのだろうということは分かったので、陵は言葉を続けることにする。
「今のところはこんな感じですが、どうしましょうか。やはりもう一人の行方不明もこちらで追ってみましょうか?」
『いや、そっちは多分俺が追った方が早いと思う。これから動くよ、なかみーたちは手出さなくて大丈夫』
「お忙しいのでは?」
『まあでも、麻宮のこと解決するのも、仕事として受けたしね』
何とかするよ、と笑う律に無理はしないよう念押しはしておく。何か分かったら連絡するという約束と共に、電話は切れた。こうなってしまうと、現時点では陵と英二ができることはない。
溜め息を吐く陵に、英二が少し心配そうな表情を見せた。
「茅嶋くん大丈夫そうか?」
「声はお元気そうでしたので、まあ。それでも次に日本を発たれる前に飲みに連れていった方がいいかもしれませんね、家にいたいかもしれませんが」
「いっそ家に押しかけてやるか。……それで、どうする?」
「お昼時ですし、一度神社に戻って茅嶋さんからの連絡を待ちましょう」
果たして律の調査で何が出てくるのか。
一抹の不安を覚えつつ、陵と英二は帰路についたのだった。