Silent Alter - 01

「たのもー」
「最近それ流行りなんですか?」

 恭の身に起きた事件から数日後。水乃登神社にふらりと英二が現れた。先日ヒントを得るために被った穢れがようやく消えたのだと英二が笑う。一応報告のつもりではあるのだろう。
 そのまま他愛のない立ち話をしていて、ふと鳥居の方に人の気配を感じて視線を向ける。そこに立っていたのは、見知った人物――柊 隼人。彼に憑いている『カミ』の関係で神社の中に入れないのだと察知し、英二との話を切り上げて隼人の方へと向かう。それに気付いた隼人が、陵を見て深々と頭を下げた。

「お久しぶりですね、隼人くん。日本に戻ってきていたんですか」
「はい。色々考えた結果……。その説はご迷惑をお掛けしました」
「話には聞いていたが、初めましてだな」
「あっ、そうですね」

 隼人の件については都度報告していたこともあり、英二も弁えている。初めまして、と挨拶を交わしている二人の姿を見ているとどうにも妙な気分になってしまうが、必要なことであることは分かっている。
 どうしたのかと聞くと、諸事情が片付いたこと、子供ができたこと、育てるなら日本がいいだろうということもあり、半年ぶりの帰国を決めたのだということだった。諸事情が占めるウェイトが一番大きくはあるのだろうが、彼がそう決めることができたという事実は喜ばしいことだ。

「それで、中御門さんには本当にお世話になりましたので、あの……これ、つまらないものですが」
「おや、わざわざありがとうございます」

 差し出されたのは、高級そうな包装紙に包まれた菓子折りだ。色々と考えて持ってきてくれたのだろう。陵が受け取ったのを見て物欲しそうな顔をする英二のことは、一旦無視しておくことにする。話が終わった後で1つ2つは強奪されることになりそうだ。
 ところで、と言葉をつづけた隼人は、どこか困ったような顔をしている。また何かあったのかと訝しみつつも首を傾げると。

「……あの、これは御相談なんですが」
「はい、何でしょう?」
「茅嶋さんにもお礼をしなければと思っているのですが……その……」
「茅嶋くんか? 今ならちょうど日本にいるな」
「そうですね。連絡取りましょうか?」
「あっ、いえ、連絡先は知ってますので……! 違うんです、その……」

 言い淀む隼人に、思わず陵は英二と顔を見合わせる。律と何か問題でもあったのだろうかと思ったそのとき、隼人の口から出たのは意外な言葉だった。

「……あの……ああいう良家のかたに菓子折りって、何をお持ちすれば……?」
「あ、そこです?」
「住んでいる世界が違うので……こう……消えものをお持ちしても、その辺の百貨店で買ったものじゃあ下々のものって感じで失礼に当たるのでは……? と……」
「心配するな、茅嶋くんは意外と庶民派だ。安い飲み放題がある駅前の大衆居酒屋とか普通に行くぞ」
「えっ」
「この前行きましたね、そう言えば。まあそんな感じなので、何も気になさらなくて大丈夫だと思いますよ。こういうものは気持ちですし」

 何なら同じものでも、律であれば全く問題ないだろう。思いがけない悩みに笑ってしまったものの、普段の律をそれほど知らない隼人からすれば切実な問題だったのかもしれない。ほっとしつつもまだ不安そうな隼人から、一緒に茅嶋家を訪問してもらえないかという打診を受け、陵は笑って頷いた。


 一方その頃。律は警視庁に出向いていた。
 仕事の山を粗方片付けたタイミングで、渡瀬から連絡を受けたのだ。曰く公安所属の警視正から、茅嶋家と繋いでほしいという依頼が下りてきたのだという。それはただの命令なのではないかと思いつつも、二つ返事で了承した。茅嶋家自体には結界の都合上、辿り着けない者も多い。その為、こういった場合は基本的に律自身が出向くようにしているのだった。

「すいませんね、わざわざ御足労いただきまして」
「いえ。聞きたいことがあるとお伺いしましたが」

 あまり長居をするつもりはないので、すぐに本題を切り出す。警察から茅嶋家に依頼する場合、現在は必ず渡瀬を通すことになっている。窓口を一本化しておかないと、あちこちから話が来てパンクしてしまうからだ。
 今回の場合は恐らく、公安が調査している事件か何かの情報収集であろうことは想像がつく。今後の為にある程度の協力はすれど、全面協力の必要はあまり感じない。

「半年ほど前……昨年の話ではあるんですが、少しお伺いしたいことがありまして」
「はあ、何でしょうか」
「かなりやばめのものが出てきたの、御存知ですよね。所謂蛸のようなもの。その現場に茅嶋さんがいらっしゃったと伺いましたので、お話が聞ければと」
「……ああ……、心当たりはありますが、お話できることは特にないですよ」

 半年前に起きた、楠家絡みの事件を思い出す。楠 万寿――彼女が入院している先で遭遇したもの。動けなくなるほどの重圧を放つもの。それを見て面白がった巧都が、勝手に律から対価を徴収する形で力を貸してくれたお陰で、誰も特に怪我をすることなく切り抜けられた一件だ。

「あれって茅嶋さんが倒された?」
「……どうでしたかね、複数人が一緒にいましたので。あまり記憶にないというか……必死でしたし……」

 嘘ではない。思いがけず突然巧都に対価を持っていかれたこともあり、あのときはかなりの疲弊を強いられた。処理をしなければいけないことも大量にあったため、後々までかなり苦労したことしか覚えていない。
 そうですか、と返した警視正の感情は読めない。胡散臭い笑みに、こちらもにこりとわざとらしい笑みを返しておく。

「そもそもどういう状況でアレが出たんですか?」
「出現条件等はこちらではまったく。そもそも知り合いから頼まれたので行ってみたらそんな事態が起きていたという感じだったので、詳細は分からないんですよ」
「では、その対処した件に関して、再発の可能性は如何程とお考えです?」
「0と言えば0だし、100と言えば100だと思いませんか? この世界」
「……まあ、それはそうか」

 納得したのか、していないのか。どちらにしろ、相手にも律がこれ以上情報を出すつもりがないことは分かったらしい。

「じゃあ今後、もしあの事件の関連で何かあったり、思い出したことがあれば是非教えていただけると」
「何のために?」
「公安でマークしている人物に関係している可能性が非常に高くてね」

 にこやかに言われたその言葉に、律は内心舌打ちする。――麻宮家関連をマークしている、と言外に言われているようなものだ。知江との関係もある手前、そうそう簡単に情報を渡すことはできない。何より、今のところこの情報提供に何らかのリターンがあるとは思えない。
 しかし、今後もまた巻き込まれる可能性はある。リターンとして公安が掴んでいる情報をもらうことは可能と考えてもいいだろう。今のところは断っておいて、有事の際に使う伝手という見方はできる。

「情報提供元としての要請であれば、それなりに対価をいただけるというお話でないと困りますね」
「と言われても、こちらも得られていない情報にリターンは確約できないのでね。何も起きない可能性もあるわけで」
「一方的な約束というものは基本的にしないことにしていますので。まあ、何かありましたら渡瀬さんを通じてご連絡しますよ」

 直通で繋がるつもりはない、と敢えて牽制はしておく。情報を抜くだけ抜かれるのはまっぴらな上、万が一あれこれと仕事を持ってこられるのも困る。公安も警察の組織の一部であることを鑑みれば、今までどおり対応に慣れている渡瀬を通してもらう方法が一番健全だ。――渡瀬に気苦労をかけることになるのが、どうにも心配ではあるが。
 差し出された名刺は受け取らないまま、律は警視庁を出た。車に乗った瞬間溜め息を深々と吐き出すと、運転席に座って待っていた伊鶴が笑ったのが分かる。肩を竦めて見せれば、何も聞くことなく伊鶴は車を発進させた。後は帰るだけだ。
 帰路の途中、律のスマートフォンが着信を知らせる。取り出して、相手を見てすぐに電話に出たのは、珍しい相手からの着信だったからだ。――隼人。

「もしもし、隼人くん? 久しぶりだね」
『お久しぶりです、茅嶋さん。今ってお時間大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ。どうかした?」
『いえあの、今、日本に帰ってきていまして……。できればご挨拶にお伺いしたいんですが』
「わざわざ? 何かごめんね。……えーと、いつ来る? 日時指定してもらった方がいいかも。その時間帯を空けるから」

 戻ってきているなら、会っておきたいのはこちらも同じだ。先に起きた事件の報告は電話だったので、長らく顔を合わせてはいない。最後に顔を合わせたときに起きた事件が事件だったというのもある。元気そうな声をしているな、とは思うが、顔は見ておきたい。
 では明日の昼過ぎに、と言う隼人の言葉にOKを出して、電話を切る。――しかし、半年前の事件について聞かれた直後に隼人から連絡が来る、というのは何の因果だろうかと考えて、律は緩く首を振ってその考えを振り払った。


 翌日。約束通り、隼人は昼過ぎに茅嶋家を訪れた。入れない可能性もあったからか、それとも他の要因があるのか、陵と二人での来訪だったので思わず笑ってしまったが。実際のところ、訪問の連絡をもらっていなければ茅嶋家に隼人が辿り着くのは難しかっただろう。

「あのすいませんこれいいものです」
「その渡し方は初めてされたな?」
「こう……何か……茅嶋さんにつまらないものを渡すのも失礼かと……」
「何で。ありがとう、せっかくだから3人で食べようか。なかみー時間ある?」
「ありますよ。じゃあお邪魔しましょうか」
「えと……なら、お言葉に甘えて……。色々と報告したいこともありますし……」

 茅嶋家への訪問は慣れている陵とは対照的に、隼人は緊張した面持ちだ。かちこちと言いたくなるような動きの隼人から菓子折りを受け取って、律は二人を客間に通す。キッチンでもらった菓子折りを確認すると、入っていたのは和菓子だった。このセレクトなら、と茶を淹れてから客間に戻ると、やはり隼人はおどおどしている様子のまま。どうにもこの状況に慣れないのかもしれない。どうぞ、と二人の前に茶と和菓子を差し出してから、律は正面に腰を下ろす。
 3人で舌鼓を打ちつつ、隼人の近況報告を聞く。今回の帰国で日本に住むことを決めたこと、そして決まるまではホテル暮らしとの話だったので一瞬口を出そうかとも思ったが、黙っておいた。あまり世話を焼き過ぎるのも良くないだろう。これからのこともあるのだから、そこは隼人が家族と決めることだ。
 隼人の妻と子供の写真を見せてもらったり、ちょうど恭の子供と同い年だという話をしているうちに、あっという間に時間は過ぎていき。会話が途切れたタイミングで、ふと隼人が居住まいを正した。

「……実はひとつ、茅嶋さんに謝罪したいことがありまして……」
「隼人くんが? 俺に? 何で?」
「いえ、あの……この間教えていただいた件で……いやそれとは別件のようなそうでないような……すいません、いろいろと諸事情ありまして言いづらいんですが……」

 話をどう切り出せばいいのか、悩んでいるのが見て取れる。ひとまず茅嶋家の結界の中ではあるが、さらに強める意味合いを込めて遮断の術式を組んでおく。それの意味が分かったのか、隼人の後ろに何かが現れた。へらりとした笑みを浮かべる、マスク姿の男。すぐにそれが『カミ』だということは分かる――そしてその『カミ』の気配に、律は覚えがあった。
 半年前に遭遇した、気配が非常に希薄だった『目玉』のものと、同じ気配。

「……あー……?」
「身内ではないんですが、ちょっとこう、縁のある存在が茅嶋さんにも中御門さんにもものすごく迷惑をかけたことが後から発覚しまして……。代わりというわけではないのですが、謝罪をさせてください。大変申し訳ございませんでした」

 隼人としては本当に申し訳ないと思っているのだろう。滲む苦々しさは、『カミ』に向けたものだろうか。深々と頭を下げてから、はっとしたように頭を上げ、背後の『カミ』にお前も下げろ、と言いながら無理矢理頭を下げさせる。『カミ』の雰囲気は変わらない。へらへらと笑ったまま頭を下げるその姿からは、一切の謝意が感じられなかった。
 陵と二人、顔を見合わせる。あの事件は、この『カミ』の手引きがあってということなのだろうという想像はつく。しかし、そこに隼人の意思が介在しているとは思えない。

「それは隼人くんが謝罪することではないのでは……?」
「俺もそう思うよ。結局のところ無事に解決した話だしさ。ほら、顔上げて」
「いえ、でも、本当に申し訳なくて……」
「全然気にしなくていいから」
「そうですよ」

 掛けた言葉に、隼人はもう一度頭を下げる。この謝罪が、隼人にとっては一番の用件だったのかもしれない。
 その後、日本での定住地が決まったら連絡するという話になって、解散ということになった。陵と隼人を玄関先まで送り出して、ふと思い出したことが口を衝いて出た。

「そうだ、二人とも気を付けてね。また通り魔出てるみたいだから」
「通り魔」
「ああ、茅嶋さんも今朝のニュース見られてたんですね」
「うん。ワンチャン犯人なかみーであってほしかったな」
「いつまで引きずるんですかそのネタ。さすがに怒りますよ」

 肩を竦める陵に、ごめん、と笑う。今朝、この界隈で通り魔が出たという事件の報道がされていた。通行人が刺された、命に別状はないという形のニュースだったが、内容の割に情報は薄く、それほど報道もされていない。規制が敷かれている可能性が高そうな案件だ。
 ――つまりは、仕事かもしれない事件の可能性が高いということ。

「ま、二人とも自力で対処できると思うけど。念の為、くれぐれも気を付けてね」
「はい、分かりました」
「茅嶋さんもですよ」
「はーい」