Blockage Effect - 02

 茅嶋家の秘書である伊鶴が運転してくれる車で、現場へと向かう最中。陵と英二は、もう一度律から昨夜の仕事の話を聞いていた。
 曰く、現場自体はもともと何の霊的要素もないただの工場であったこと。若者たちがいつの間にかそこを心霊スポットと呼び、肝試しに使っていたこと。そして3か月ほど前から、そこに肝試しへ行っていた若者たちが一人ずつ行方不明になっており、今回の調査の依頼が来たこと。
 ――結果として、『怪異』が人を呼び戻して喰らっていた、という事件だったとのことだった。

「その肝試ししてた馬鹿どもは動画上げたりしてなかったのか」
「2件くらいはあったけど、単なる悪ふざけ動画だった。霊的な痕跡は一切なかったよ」
「逆に何もないなら『怪異』出てくるのおかしくないか? 人為的な何かがあるんじゃないのかそれ」
「とはいえ、依頼された事象的には解決してるからね。……ああでも、そのとき少し変なことあって。恭くんだけ音っていうか、声が聞こえるって言い出してさ」
「音です? 声です?」
「多分声。最後俺も聞いた断末魔的なやつが同じだったって言ってたから。その後調べるつもりではいたんだけど、恭くん本当にグロッキーだったもので……」
「まあ、桜ちゃんのところに連れて行っているくらいですしね」

 大量の血を浴びながらそれでも戦ったというなら、確かに調査よりも恭のケアに重きを置くだろう。それで大丈夫なはずだったが何かしらのトラップにかかってしまい、それが今現在の恭の不調につながってしまっている。
 話しているうちに、車は工場へと到着した。あちこちで警察が手配したのだろう偽装の術式が動いているのが分かる。一晩では片付けが終わっていないのだろう。

「偽装が雑だな」
「最近人手不足で忙しいみたいだから。後始末もちょっとずつって感じじゃないかな、急ぎじゃなければ」
「そうか。……中御門さん大丈夫か?」
「まあ……すごく穢れた場所であることは確かですね……」

 偽装工作程度では誤魔化しようのない穢れ。律の言っていた大量の血や、『怪異』に人が食われていたことにも関係があるのだろう。しかし今のところ、外から窺うかぎりは何かが中にいそうな気配はない。
 電気は通っていないとのことで、律が魔術で光源を生み出し、工場の内部を照らし出す。

「……俺本気で今日判断能力戻ってる自信ないから、どう調べるか二人に任せてもいい? まっさらな視点で見た方が分かるもこともあるだろうし」
「分かりました。……茅嶋さん、もう少しきちんと寝る生活をされた方がいいですよ」
「ごもっともです……」

 時間をかけても問題のない案件であれば、ひとまず律の睡眠時間を確保することもできたが、今回はそうもいかない。みるみるうちに恭の調子が悪くなっていったのを目の当たりにした陵としては、一分一秒が惜しいのも事実だ。
 注意を払いつつ、工場の中に足を踏み入れる。埃っぽさはあるが、それなりに整然と片付けられてはいるようだ。既に動いていない機械類はブルーシートが被せられており、何の機械がそこにあったのかは現状分からない。

「どう回ったんですか?」
「とりあえずこの手前の部屋、左奥、右奥、上の部屋をざっと見て回ったって感じ」
「ならその道筋を辿ってみるか」

 あちこちで動いている偽装の術式については、必要があれば律が解くことは可能だとのことだったので、ひとまずそのまま工場内を探索する。既に必要最低限の後始末はされているのだろう、これといった痕跡は残っていない。探索の最中に積まれていた資材が崩れてきた程度で、特に何も見つからず。
 ――問題は、『怪異』との戦闘になったという右奥の一室である。中に入っていく英二の後ろを追う形で、陵も中に入ってみる。袖で口許を覆ってしまったのは不可抗力だ。偽装の術式は正常に稼働しているが、穢れが溢れ出しているような錯覚――血の臭い。
 上を見上げれば吹き抜け状になっており、入り口側の端に簡易な廊下と部屋らしき場所があることは確認できる。

「なかみー、大丈夫?」
「まあ何とか……。何で丁野先生も茅嶋さんも平然としてるんです……?」
「慣れてる」
「寧ろこれが普通」

 あっさりとした二人の返答に、返せる言葉はなかった。どう考えてもどちらも褒められたことではない。
 現場検証をするのであれば、ということで律が偽装の術式を解く。同時に現れたのは、一面血に濡れた部屋だ。余すことなく赤黒く染まったその部屋は、吹き抜けになっている壁さえ染め上げている。よく見えないが、恐らくは高い天井まで噴き上がっていたのだろう。事実としてこんな状態で戦闘していたというのが信じられない。正気を疑うレベルの惨状だ。
 周囲を見て回るが、一面血がこびりついてしまっているせいなのか、非常に分かりづらい。妙な違和感があるのは確かなのだが、その大元が全く見えてこない。

「分からん。茅嶋くんと中御門さんは何か分かるか」
「何かあるのだろうな、という感じはしていますが……茅嶋さんは?」
「ごめん、正直あんまり」
「ふーむ……」

 このままでは手詰まりだ。さてどうするかと考えていると、不意にん、と英二が頷いた。

「ちょっとパパに聞いてみたんだが」
「ぱぱとは?」
「あ、これ丁野先生が悪いことした気配がする。なかみー怒っていいよ」
「茅嶋さんが言えることじゃないんですよねえ」
「趣味が悪いものが残ってるってのと、足元に気を付けろって言われた」

 踏めばいいのか、などと言いながら室内を歩き回る英二は、とりあえず掴んでおく。恐らくかかわりのある『カミ』に何かしらの代償を支払うことで、助言を得たのだろう。英二の纏う空気に穢れが混じったのが分かる。
 本当にこの人たちは、という思いをぐっと堪える代わりに、深々と溜め息。原因が分からない今、恐らくそのヒントは重要なものだ。

「ちなみに2階の部屋ってアレか?」
「そう。事務所的なヤツ。めっちゃゴミ屋敷だったけど、この様子なら片付けてくれてるかも」
「ひとまず上に行ってみましょうか」
「順路的にもな。同じ行動をしていれば同じ現象が起きるかもしれんし」

 一旦この部屋は後回しだ。こっち、という律の先導に従って、出入り口近くにあった階段を上がり、2階へと向かう。上からは全ての機械室が見渡せるように設計されているようで、見通しはいい。
 ゴミ屋敷だと言っていた事務所は、かなり片付けられているようだった。ひどい有様だったのだろうな、ということは、部屋の隅に積まれた大量のゴミ袋で想像はつく。

「お、ガラス張りか?」
「全部割られちゃってるけどね。うわ、血こっちまで飛んでたんだな……」
「あまりにも異常な量だと思うんですが」
「3か月人食べて貯め込んでた分の血が体内に残ってたと考えれば、まあ」
「ああ……。それで、この部屋では何があったんですか?」
「特に何もなかったんだけど、ここにいるときに恭くんが何か聞こえるって言い出してさ。んで、音するのがあの部屋って」

 律が指したのは、先程までいた血濡れの機械室だ。なるほどな、と頷きながら窓枠に近づいた英二が身を乗り出して。

「いたっ」
「あ、馬鹿。恭くんでもやらなかったのに」
「言い方に悪意があるな!?」

 ざっくりと英二の掌が切れている。窓枠に残っていたガラスの破片のせいだろう。ゴミは片付いているが、そちらの方は手つかずだったらしい。ついでに何か起きないか、と下に向けて血を垂らす英二に、律が呆れた表情になる。

「届くわけないでしょ。丁野先生の手何メートルあんの」
「お? 伸ばすか?」
「馬鹿言ってる場合ですか」

 付き合っている場合ではない。念の為部屋の中を調べ回ってみるが、何も出てはこない。恭のように声が聞こえるということもないのは、昨夜の時点で『怪異』が既に倒されているからだろうか。
 この部屋をこれ以上探しても仕方ないだろうという結論に達して、3人は血濡れの機械室へと戻っていた。やはり、どう考えても何かあるならこの部屋だ。

「ちなみに茅嶋くん、これが魔術の術式の何かだとしたら、何をすれば発動すると思う?」
「んー、まあ条件仕込むのは人それぞれだから何とも言えないな。不純物混ぜて強制発動したり除去したりすることはあるかもだけど」
「不純物ですか……でもここに『怪異』が人を喰らっていたなら、いろいろなものが飛び散ったのでは?」
「そこは単純な話。少なくともここに3か月前には『怪異』がいて人を喰らってた。前後は分からないけど、この状況で何かを仕込むなら『怪異』が起こす事象は既知のものと判断されて、不純物扱いにならずにスルーするようにすると思う」
「となると俺か」
「何でですか」
「ほら俺って不純物代表みたいなところあるから」
「そんな代表選聞いたことありませんが?」

 英二の発言が、彼自身の来歴のことを指しているのはすぐに分かった。律の溜め息に反応してそちらに視線を向ければ顔を見合わせることになり、思わず互いに肩を竦める。
 調査が振り出しに戻ってしまっている現状、打てる手がない。足元に気を付けろというヒントから考えられるのは、床に何かあるということだが、床は一面固まった赤黒い血がこびりついている。持ってきている霧吹きの水程度では、部屋の清掃をするのは難しい。
 しばしの沈黙。ややあって、英二がその場に屈み込んだ。

「何してるんです丁野さん」
「いやよく見るなら這いつくばった方が早いかと思って」
「あ」
「あ?」

 言いながら英二が手をついたのを見て、律が声を上げ。
 そしてその瞬間、ぐわんと揺れるような感覚と共に、周囲の景色が白く塗り潰されていく。そして感じた感覚は、陵にとっては馴染みのない妙な感覚だった。常に傍に控えている『カミ』の気配がしない。そして神社の主たる龍神の加護を感じない。――何かに切られている。

「あー、結界に閉じ込められたな……」
「何かすまん……? ところでこれ何の術式だ」
「多分『カミ』との繋がりの阻害。丁野先生もなかみーも?」
「茅嶋さんもですか」
「残念ながら『サモン』もさせてもらえなさそう」

 律はおおよその状況が把握できているらしい。『カミ』の力が借りられない状況に持ち込まれたということは、ある程度力が削がれているということだ。
 ふと視線を動かした英二が、徐に剣を抜く。つられて視線を向ければ、黒いフードを目深に被った人間がそこに立っていた。唯一見えている口許が、ゆるりと笑みを象っている。

「……『ウィザード』」
「あれやっていいやつか」
「結界閉じ込めてくるやつは一旦問答無用では?」
「それはそう」

 言いながら、英二の剣がフードの人物を薙ぐ。明らかに一撃を入れている――が、英二の表情は怪訝そうだ。

「どうしました?」
「……いや、なんか、斬った感触がなくて」
「まあ相手『ウィザード』だし」
「それで片付けていいんですか?」

 話している間にも、何らかの術式が構築されていくのが分かる。崩そうと刀を振るった瞬間、カウンターのように発動した術式は炎。じり、と手を焼かれる痛みに、反射的に距離を取り直す。発動には反応できそうだが、それを捌ききるのは手厳しそうだ。
 どこか苛立った表情で、律が銃を取り出す。見慣れた雷弾の装填からの射撃。再度構築されていた術式を正確に撃ち抜いたそれは、フードの人物に到達する。確実に入った一撃――しかし、怯むような様子は見受けられない。
 そこにいるのに、そこにいない。そんな、妙な感覚。

「ちなみに茅嶋くん、知り合いか?」
「術式に見覚えはないです。このパターンは『院』だな」
「本当にどこも組織はクソだな」
「それには同意しますが」

 再度英二が剣を振るうが、再び炎が邪魔をする。先程よりも炎の勢いが増しているようにも感じられる。長期戦となれば、恐らく不利なのはこちらだ。
 ――龍神の加護がいつものように働いていれば、これしきの炎にひるまずに済むのだが。どうにも調子が出ずに焦ってしまう。律の銃撃でできた道を使って再度刀を振るうが、届かない。しかしそのタイミングで、刺突を行った英二の一撃が通り。

「あ」
「……逃げたな」

 ち、と律の舌打ち。霧のようにフードの人物の姿は消え失せ――結界は解け、3人は元の機械室に戻っていた。


「なかみー怪我大丈夫? 応急処置しかできなくてごめん」
「この程度なら、帰ったら治療していただくので大丈夫ですよ」

 ――その後。
 状況が変わったのだから容態が変わったのではないか、ということで、一度恭の様子を確認することにした。ルキに電話をかけたところ、「先程起きて元気に徹と喧嘩してます」という報告が返ってきた。その電話の向こうでは、確かにわいわいと何か言い合っている恭と徹の声がする。見えない、感じないという不調も回復したらしいことが分かって、3人でほっと胸を撫で下ろす。

「ひとまずは柳川くんが無事で何よりだな」
「御迷惑おかけしました……昨日戦ってる最中に用意されてた何か踏んだんだろうね。あれだけ血まみれじゃさすがに見落とすわ……『怪異』の気配で隠れてただろうし……」
「今後は気を付けてくださいね」
「はあい……」

 ひとまずはこれで終了だ。律が偽装の術式を掛け直して、3人は待っていてくれた伊鶴の車へと乗り込む。御無事で何よりです、と出迎えてくれた伊鶴は、そのまま神社へと車を走らせてくれることになった。
 気にかかるのは、消えたフードの人物――『ウィザード』だ。何故あのようなことをしたのか、結局のところ何も分からないままになってしまっている。

「犯人、どうするつもりです?」
「まあ追いますけどそれは。さすがに恭くんに危害加えられて黙ってるわけにはいかないし」
「アレの顔面殴れる機会があったら呼んでくれ、殴らせろ」
「あはは」

 笑う律はしかし、明確な返答を返さない。これは故意に約束しないようにしているなと察して、陵は眉を寄せた。後日きちんと進捗を確認しておく必要がある。この男は、終わってしばらく経ってから「解決した」と報告しかねないので。
 ひり、と痛む手の甲を擦りながら、まだまだしばらく気は抜けなさそうだ、と陵は溜め息を吐いたのだった。