Storm Harbinger - 閑話01

久しぶりの話

 芸能事務所というのは何故こんなに忙しいのか。事務所に人手が足りないせいなのか、それとも売り出し中のアイドルを抱えているからなのか。或いは他にも様々な要因が重なっているか。兎にも角にも毎日残業続きで、一体働き方改革というのは何なのだろうか。溜め息を吐きつつ、乙仲 響は『エンブレイス』の事務所を出た。明日も仕事は詰まっている。早く帰って寝よう、とタクシーを捕まえようとして。
 足が止まったのは、闇に溶け込む漆黒の男を見つけたから。

「……あれ。リノさん」
「や、ヒビキ。元気そうだね」

 気付いた響に笑って手を振る男――大鴉の『化生』、リノ=プリド。
 彼は響が『エンブレイス』で働き始めた後、ふらふらと世界中を巡っていると聞いていた。元の生活に戻っただけだよ、という連絡を最後に、長らく音沙汰がなかったのだが。

「日本に戻ってきてたんですね」
「コトハに会いにね。しばらく滞在しようかと思ってたんだけど、事情が変わってすぐ発つことしたから、その前に顔でも見ておこうと思って」
「何かお仕事ですか?」
「リツから楽しそうなことを頼まれて、協力することにした」
「茅嶋さんですか」
「うん。まあ、リツには借りもあるからね」

 そう言って、リノは笑う。その笑顔は、出会った頃とは少し性質が変わったように思う。憑き物が落ちたような、という表現が正しいのだろうか。彼の中で、何かが大きく変わった。結局のところ、自分だけが置いていかれていたのかもしれない、あの頃。
 未だに心の整理はつかないまま。それでも昔馴染みと働いているうち、いろいろな感情が落ち着いていっているような気がしている。
 時間が解決してくれる、というそれとは少し違う。きっと真実を知って、それを少しずつ呑み込んでいっている、というのが正しいのだろう。

「で? 何で俺に会いに?」
「本当に顔を見に来ただけだよ。元気そうで何より」
「……怪しい。何企んでるんですか?」
「人聞き悪いなあ。……まあ少し頼み事ができたら、とは思っていたけどね」
「あー……すいません。あれこれ動く時間全くないですね……」
「そうみたいだね。忙しそうだ」
「聞くだけ聞いてもいいですけど」
「大丈夫」

 そう言って、リノは笑う。食い下がるのも変な話だ。そもそも、響は『サイキッカー』としての力を失って久しい。できることなど知れている。
 散々リノには振り回されているがしかし、どこかでこの人の役に立ちたい、と考えてしまうのは、リノの中にどんな理由があったとしても、彼がいなければ真実に辿り着けなかったことを知っているから。どうしても、響にとっては恩人だ。

「そう言えばキョウに会ってるって?」
「……まあ」
「そうか。仲直りしたなら何よりだ」
「仲直りって言わないですよ別に……」
「はは。せっかくの友人だろう? 大事にするといい」

 リノらしくないその言葉に、響は肩を竦める。彼が響のことを心配しているとは思えないが、気にはしてくれていたのだろう。
 恭のことを傷付けるつもりは、ない。響の中にあった大きな感情は、少しずつ小さくなっている。――消えることはなくとも。

「じゃあまたね、ヒビキ。仕事頑張って」
「……ありがとうございます。リノさんも気を付けて」