Storm Harbinger - 03
モルテン=ニーグレーン、『シャーマン』。
ヘルト=ヴェーメル、『サイコジャッカー』。
互いに危害を加えないという約束を交わした上で、襲撃者の二人はそう名乗った。既に二人からは戦意も殺意も感じない。もう戦うつもりは全くない、ということではあるのだろう。
「で? モルテン=ニーグレーン、俺とビジネスの話がしたいっていうのは?」
「カシヤマって、対価払えば受けてくれるんだろー、依頼」
「内容による。当然誰かに危害を加えるための仕事は受けないし、対価が見合わないものも受ける気はない。まあでもとりあえず、依頼をしようと思うなら襲撃してきた理由から述べてほしい」
「んなもんー、依頼受けたからに決まってない? カヤシマの噂は知ってるけど、本当のところの実力知らねえしな、っていう……? 有名人だし、一回やってみたいなって好奇心……ヤダ顔怖いわ……ごめんなさいってしたじゃん……」
「お陰で俺はロクに寝てないもので」
――とはいえ、彼らの襲撃があったお陰というべきか。突貫ながらも試してみた術式が上手く仕事をしてくれたので、それについては感謝しなくもないのだが。当然、口に出すべきことではないので黙っておく。
ちらり、と恭に視線を向ける。その片耳に見えるのはイヤホンだ。海外での仕事の場合、どうしても会話の主体は英語になることが圧倒的に多い。スピーキングもリスニングもできない恭は、イヤホンを通して『分体』に通訳してもらっている。一瞬席を外させた方がいいだろうかと考えはしたが、先の『院』の一件での忠告はまだ記憶に新しい。どちらにしろ、ここでわざわざ数の不利を選ぶ必要もないだろう。
聞かせたくない話になる可能性はあるが、その辺りの匙加減は『分体』を信用して任せるのが得策だ。
「……モルテン、本気でコイツに頼るのか? 標的だぞ分かってんのか?」
「とはいえ、私たちに今他に手があるかー?」
「そうだけど……こんななよっちいジャパニーズ二人に何ができるってんだ……」
「本気出されると私らじゃ手も足も出ないって分かったからなあ。ということでカヤシマ、とりあえず話を聞いてくれると嬉しいなー」
「……まあ、聞かないと分からないし、それはどうぞ」
話の内容によっては、聞く意味もない可能性は高い。だが、依頼という形を取ると言われた以上、話だけでも聞いた方がいいだろう。促せば、モルテンはありがとう、とやはり力なく笑った。
「私らね、実は逃亡してきた身なんだけどー」
「……ん?」
「予想はついてるだろうけどー、まあ殺しとかして金稼いでー、食いつないでるーって感じ?」
「……となると? 身の安全が欲しいわけ?」
「んーん」
「……俺の姉を、取り戻したいんだ」
苦々しげに、その言葉をつぶやいたのはヘルトだった。視線を向けると、困ったように目を伏せる。
ぽつぽつとヘルトが話してくれた内容はこうだ。元々ヘルトはとある集落の出身なのだという。その集落では年に一回、『成人の儀』と呼ばれるものが慣習的に行われており、その儀式を経ることで成人として認められる。そして次の年はヘルトの姉が儀式を迎える、となったタイミングで、たまたまヘルトはその儀式の内容を知ってしまった。
――神にこの身を捧げます。
一部の人間は奪われ、『繋ぎ直し』をされ、そうして『成人の儀』は終了する。儀式を終えて戻ってきた者たちは、もう全く違う『何か』になってしまっている。しかし集落では、それが普通に受け入れられている。
あまりにも気味の悪いその儀式の内容にヘルトが気付くことができたのは、その年にモルテンが外から集落に引っ越してきた影響だった。『シャーマン』である彼と何となくつるんでいるうちに、ヘルトに『サイコジャッカー』としての才が目覚めていたのだ。
ヘルトはモルテンと相談し、姉を連れて集落から逃亡した。儀式の内容を知ったことは知られていないはずで、だからこそ『成人の儀』を行わないだけで追手はかからないだろうと踏んでいた。だがしかし、それが甘かったことを知ったのは数年後。居場所を突き止められ、ヘルトの姉は連れ戻された。当然二人はそれを追ったものの、既に集落に入ることができなくなっており、それから2年、どうにかヘルトの姉を取り戻す方法を探している――とのことだった。
話の内容として引っかかる点は、幾つかある。だが今は追及する必要もないと踏んで、律は息を吐いた。
「……はっきり聞くけど、それお姉さんが生きてる確率は?」
「ゼロ。恐らくだけど、もう『繋ぎ直し』の『材料』にされてると思っているよ、私は」
「俺もそれは思ってる。でも、俺にとって姉はたった一人の家族なんだ。骨の一片でもいい、取り戻したい」
「……どうするんすか、律さん」
「んー、どうしようね……」
集落の規模は分からないが、それほど小さくはなさそうだ。前からそういった儀式を行っている土地なのであれば、恐らく大きな仕事になってしまう。『成人の儀』の詳細は後で確認するとしても、『材料』という言い方をしたことから考えれば、どれほどの期間『残って』いるのか分からない。2年が経過してしまい、この二人も焦った結果として依頼を持ち込むことにした、ということになるのだろう。
実現できる可能性と、考え得るリスク。そこから対価を考えてはみるものの、この二人が対価になるものを示せるとも考えにくい。
「ビジネスだって分かってるみたいだしはっきり言うけど、俺らは慈善事業で仕事してるわけじゃない。話を聞くかぎり、君たちが俺たちに仕事に見合う対価を払えるとは思えないし、そもそも人殺したりして稼いだお金を受け取るつもりもない。それを前提にして、何を対価にしようって?」
「それなんだけどー、私ら自身、っていうのはどうだろう」
「……それは戦力として有用性を示すって話?」
「この一週間、アンタらは俺らの居場所を掴めなかった。それだけでも俺たちはアンタらにとって評価に値するんじゃないか」
「そういうことー。先払いしろってなら、幾らでも働くよ。それで仕事を引き受けてもらえるならねー?」
「なるほどね」
悪い話ではないな、ということは分かる。その是非はともかくとして、だが。
実際、彼らの足取りを追うことはほとんどできなかった。分かったのは『サイコジャッカー』が関わっているだろうということだけだ。あれほど痕跡を残すことなく動けるのであれば、確かに彼らは非常に有用だろう。その能力を、既に示されている。
「話聞いてみて恭くんはどう思った?」
「えっ俺!? 当然助けたいし、亡くなってるとしても何かに使われてるとか絶対ヤなやつだし、個人的にはまあ……って思っちゃうんすけど……」
「まあ恭くんに聞くとそうなるよねえ。これ、罠の可能性もあるよ。俺たちがその儀式とやらの犠牲にされるかもしれない」
「うー……あ、じゃあ本当かどうか一応先に調べてから! って感じっすかね?」
「まあ現実的なラインはそこになるよね」
知り合いでも何でもない、見ず知らずの『彼方』。その話が本当かどうか、信用できるわけもない。そして、律にはこの仕事を引き受ける義理もない。
「……やっぱ駄目だって、無理言った、やめようモルテン」
「じゃあ他を当たりましょー、って? さすがにもう他に方法考えつかないよー? 殺す依頼も失敗してるしさあ」
「俺らが自分らで何とかするしかないだろ」
「……一応、俺はまだ受けないとは言ってない。受けるかどうか決める前に、ひとつ俺の信用を得るためのテストしようか」
「……それクリアしたら?」
「提案通り、対価として働いてもらう。俺たちはテストの間に情報収集ぐらいはするよ。それで手を打とうか」
律の提案に、モルテンとヘルトは顔を見合わせ。
――数秒の後、しっかりと頷いた。
「よかったのかー、やっしー」
「まあ、ちょっと面白いかもしれないなと思って」
「お前俺に似てきてね?」
「うわ最悪」
「殺そっかな」
真顔になる巧都に、思わず笑いながらごめんね、と謝罪を口にして。
ひとまず話はついたので寝たいと申し出て、一日休暇にした翌朝。恭がジョギングに出る音で目が覚めたので、そのまま起きてコーヒーでも作るか、と思ったところに巧都が現れた。必然的に作るコーヒーは二人分になる。
「まあ俺も面白いこと考えたなと思ったけど。やっしーとしては意外な選択じゃん、真面目チャンだろそういうとこ」
「そうかなー。打てる手は多い方がいいかなって気持ちはあってさ。多少のリスクは許容していってもいいかなって考えてる」
「あの女か」
「そう」
頭の中にはいつも、どうしても『院』のトップとなった『ロード』、レイラ=ブレイザーのことがちらついている。
今のところは静かなものだが、いつ何を仕掛けてくるか分からない。手数を増やすという意味では、『彼方』の存在である二人の力を借りてみる、というのも然程悪い選択肢ではないはずだ。
そしてもちろん、あの二人が『院』の手先かもしれない、という懸念もある。どこかの集落をひとつ丸々実験場にするなど、彼らであればやりかねない。人名や倫理といったものよりも自身の研究を優先させる人間は、『此方』も『彼方』も関係なく存在している。
「どうせ巧都はにやにや見てるだけでしょ」
「当然」
「今んとこあの二人の前ではあんま巧都の力も借りたくないし、俺も頑張らないとなー……」
「まあでも、ちょーっとはできてたじゃん、本の解読」
「ほんと1ページくらいのものだけどね……」
ふ、とテーブルの上に魔術書を喚び出す。日々時間を作って解読を進めてはいるが、あまり進捗としては芳しいものではない。それでも読み解けたほんの少しの中に、『感知に引っかかった場合、強制的に数分動きを止める』術式が書かれていた。今回律が二人を確保できたのは、その術式のお陰である。とはいえ、準備に時間がかかるので多用できるものではないうえ、かなりの集中力を要することもあり、今後の実用性は低い。
――やはり、この魔術書は故意に遺されたのだろう。そう考えて、瞬く。
「んで? あいつらのことは使い物になるって考えてたりすんの?」
「テスト次第かなー」
「意地の悪いこと突きつける気じゃねえかよ」
「でも対価として働いてもらうなら、正直それくらいの実力は欲しいよね」
「鬼じゃん」
「巧都よりは優しいと思わない?」
茶化した律のその言葉に、けけけと巧都は笑う。この魔術の師のスパルタは、鬼という言葉では片付けられないほどのものなので。
二人に課すことにしたテストは、『人探し』だ。居場所を突き止めること。ただそれだけのようにも思えるが、その相手が悪い。痕跡を消すことにも長けているし、もともと居場所を転々としている。連絡を取って、追手をかけるテストに使わせてほしいと相談すると、楽しそうに笑っていた。意図は汲んでもらえたようなので、ありがたい。こんなことで助力を頼みたくはなかったが、こういったことを好きな人だということは知っているので。
吉と出るか、凶と出るか。――やってみなければ分からない。
「ただいまー……あっ巧都さんいる! これは悪い話してた気配!」
「失礼だな弟クン。俺は朝食を食いたいだけだぞ」
「朝食かー……ホテルのビュッフェ二人で行ってきていいよ」
「あ! また朝ごはん食べないなこの人!?」
「だから俺は朝から食べられないんだってば」
帰ってきた恭がわいわいと騒いでくれるお陰で、すぐに思考は日常へと戻る。
さて今日片付ける仕事は、と意識を切り替えつつ、律は魔術書を仕舞い込んだのだった。