Storm Harbinger - 02
警戒する、とはいえど、仕事を全くしない、というわけにはいかない。他に害が及ぶことがないようやり方を変えながら、律と恭は仕事をこなしていた。しかし特に横槍が入ることもないまま順調に、あっという間に一週間が過ぎていき。
「飽きた!」
「んーそうだねえ……さすがに俺も眠気がやばめだな……」
「いや律さんはもうちょっと寝て? 俺ちゃんと起きて見張りしてるっすよ?」
「んー……」
気が立っているせいだろう、ずっと眠りが浅い。このままでは体調を崩す方が先だということは、自分でも分かっている。
ありとあらゆる方法を試してみてはいるものの、未だに襲撃者は引っかかってこない。このまま長期戦に持ち込まれるのであれば、どこかに協力依頼を入れる必要も出てくるだろう。いつまでも煩わされてしまうのは、本当に支障が出る。
「一応ほぼ見様見真似ではあるけど強めの感知系の術式組んでみたから、頼むから襲撃してみてほしい」
「実験じゃないすかそれ。おかしくない?」
「駄目なら他の手考えればいいじゃん。今の状況じゃあどうにもこうにも」
――恐らくだが、見られている、とは考えている。時折ちり、とした違和感を感じることはあるので。
しかし、直接的には一切仕掛けてこない。機会を伺っているのだとしたら、何故先の襲撃をあの程度で済ませたのか、という方が気になってしまう。やりようなら幾らでもあたはずだ。或いは、向こうにも何らかのアクシデントが生じているのだろうか。
「律さんが分かんないってことは、あんま『カミサマ』とかが関わってないアレになるのかなあ」
「まあ完全に対人でってなると、確かに俺じゃ難しい部分も多少はあるけど、ぶんちゃんでも情報拾えなかったしね。完全に手練れのそれだなって感じはしてる」
「カメラの映像とかも何もなかったし、近所のネットワーク全部潜り込んでもらっても何もなかったしー……。いやそんなことあります?」
「もう後は捜索範囲広げるくらいのことしか思いつかない」
「それもう世界中探し回るって話になりません?」
「それね」
調べられるだけのことは調べている。それでも何も出てこない、というのは珍しいことだ。最終手段として巧都の手を借りることも考えはしたが、仕事に差し支えるのが目に見えている。それは本当に最後の手段として置いておくべきだろう。残念ながら今の段階では、まだこなさなければならない仕事は多い。
もう襲ってこないと見て、警戒を緩めたと思わせるべきタイミングだろうか。考え込んでしまうと、このまま事態が動いてくれない気がしてきてしまう。
見え透いた隙は狙ってこないだろう。今必要なのは、日常的で自然な隙だ。
じっと恭を眺める。視線に気付いた恭が、ん、と首を傾げた。
「とりあえず恭くん、明日からジョギング再開してみる?」
「えっいいんすか? あ、囮的な?」
「アリスちゃんのことは必ず連れていくこと。あとぶんちゃん、何かあったらすぐに対応と連絡できる体制は整えて」
『任しとけ!』
「でも俺がジョギング行ってる間は律さんどうする……ん? あ? これ律さんが囮のやつだ!?」
「この子変なとこ鋭くて困るな。だからアリスちゃんとぶんちゃんでしょ。すぐ連絡できるし、すぐ帰ってこれる体制が必要ってことだよ」
「うぐ……それはそうすけど……」
「恭くん戻ってくる前にやられるようなポカはしません。まあ向こうが出てきてくれるとも限らないけどさ」
しかし手がない今は、そうして少しずつ一人の時間を作っておくしかないだろう。それで接触してくれるなら、それに越したことはない。
この状態のままではおちおち帰国もできない。それが一番厄介だ。何があっても家族に手を出させるわけにはいかないのだから。
――さて、どう出るか。
視線を向けた窓の向こうには、平穏な夜が広がっていた。
それから2日後のこと。
ジョギングに出ていく恭が、ドアを閉める音。その音で、ふっと意識が覚醒する。目を閉じたまま寝返りを打って。――今のところ、何かを仕掛けられるような気配はしない。
さすがにいつもよりも睡眠を取ろうともしているので、寝不足の感覚は続いているものの、常に引き摺ってしまうほどでもない。こうしていても警戒することができる程度の余力はあるが、残っている仕事のことを考えると、正直この辺りで決着はつけてしまいたいところだ。さて、今日はどうだろうか。
しんとした静寂が落ちる。すぐに張りつめてしまいそうな意識を努めてリラックスさせて、目が覚めたことを感知させないように注意する。落ちた静寂は、いっそ時の流れを堰き止めているのではないかと思うほどに、冷たく場を支配していく。
――1秒。2秒。3秒。
頭の片隅に届く、『何か』の感覚。寝息を装って息を吐き出して、焦れる気持ちは抑え込んで、長い長い静寂を耐え。
そして。
「――ッ!」
捕捉した。その感覚と同時に、降り注いでくる炎。あとでホテルの原状回復をするこちらの身にもなってほしい、と思いつつ、炎を包み込むように防御壁を展開する。その間にベッドから這い出して、スマートフォンのディスプレイを軽く叩いておく。これで、外に出ている恭には『分体』から連絡が入るはずだ。
感覚だけを頼りに、術式を展開。二度も逃がすつもりはない、これ以上は本当に仕事に差し支える。イレギュラーには、早々に退場してもらわなければならない。
「は!?」
叫び声と共に、突然目の前に男が落ちてくる。栗色の髪に緑系統の瞳の色をした白人男性――その顔に見覚えはない。だが間違いなく『サイコジャッカー』だ。この襲撃を失敗と判断して、すぐに消えようとしていたと見ていいだろう。
そして、律が捕捉しているのはもう一人。恐らく動きを封じることはできているが、それがいつまで保つか。
「律さん大丈夫すかっ!?」
「最高にタイミングいいな恭くん! ここ頼んだ!」
「ええ!? はいっ!?」
タイミング良く『黄昏の女王』 の力を借りて戻ってきた恭に、捕らえた『サイコジャッカー』は任せることにする。何が何だか分かっていなくても、逃がすようなことはしないだろう。今回は『黄昏の女王』 もいる、それほど心配する必要もない。
前回も今回も、攻撃は炎――『パイロキネシス』。であれば、あの『サイコジャッカー』は実行犯だ。もう一人の気配は階下、ホテルの外。エレベーターで下に降り、エントランスを抜けて、ホテルの前へ。そこに、一人の男が立っていた。暗い金髪に暗い光を湛えた青い瞳、ぞくりとする嫌な感覚は、『領域』にも似た結界のそれ。
律の姿を見て、男は笑う。力なく。
「こういうの、ニッポンでは狸寝入りって言うんだっけえ……やっぱもう一週間我慢すればよかったなあ……」
「……『シャーマン』か。俺に何の用」
「いやいや、別に……カヤシマを殺してみたいなっていう、ちょっと、興味?」
嫌な気配が増す。吐き気さえ覚えてしまいそうなそれに、律は即座に銃を構えた。こちらを恭に任せなくてよかったと思うべきか、それとも。
かたかた、と地面が震えている。ちらりと下に視線を向けて、すぐに術式を展開、後退。知らない間に地に走った亀裂は、直径1メートルほどの口を象って律を吞み込もうとしていた。あはは、と力なく笑う声に舌打ち。動けないようにとらえていた術式は、丸ごとその『口』に吞み込まれた。身体の自由を取り戻した男は、ポケットに手を突っ込んで、悠然とした態度で律を見ている。
「有名税にも困ったもんだな。手の込んだご挨拶をどうも?」
「んー……なあ、本気、見せてくれよ。ねじ伏せてみたいな」
「じゃあまず本気を出させてみせなよ」
後のことを考えると、ここで巧都の力を借りるわけにはいかない。自身の実力だけで対処しきれるかどうか。相手の実力も、『口』の正体も、何も分からない現状では判断しようがない。
深呼吸して、集中。――やるしかない。
にこ、と男が笑った瞬間、地に再び亀裂が走る。割れ目が開く前に銃に雷弾を装填、6発立て続けに撃ち込みつつ更に後退。『シャーマン』相手であれば、下手な攻撃は自分の首を絞めることになる。使うのであれば確実な手段。そしてその前に、この『口』にも対処しておかなければならない。
雷弾は大したダメージにはならなかったか、攻撃を喰らって一度閉じた割れ目が、今度は方向を変えて開こうとしている。何が何でも律を呑み込もうとしている、と考えて間違いない。下手に銃弾を撃ち込み続けるよりは、もう少し違う魔術を撃ち込んでみるべきか。術式の展開で隙ができれば、恐らく『シャーマン』の男は動くだろう。逃げる気配もないということは、勝負をつけるつもりでいるのか。或いは男が離れてしまうと、この『口』が機能しなくなるか。どちらにしろ、移動の足を担っていたのは『サイコジャッカー』なのは明白だ。彼がいない状態では逃げ切れないと考えている可能性もある。
口笛ひとつ、宙に浮かぶ魔法陣は3つ。その中央を撃ち抜く形で銃弾を放てば、ばちりと魔法陣が雷を纏った。直後、雷弾の比にならない雷撃が『口』の中へ呑み込まれていく。わあ、と感心のなさそうな声で、しかし確かに目を見開いて、『シャーマン』は首を傾げた。
「こわあ……人がくらったら死んじゃうよアレ……?」
「人にはやらないよ。俺を何だと思ってるの」
「怖い人?」
「そこ即答する?」
軽口を叩きつつも、状況は確認。今度は効果があったらしい、バグを起こしたかのように開こうとしては閉じる『口』は、少しの間正常に機能しなさそうだ。その様子を見た『シャーマン』は、降参を示すように両手を挙げる。
「最初から分かってたけどやっぱ割に合わないな……、降参、白旗、もうしませーん」
「は? 人に喧嘩売りに来てナメてんの?」
「ごめんなさーい。……いや、じゃあ、真面目にするよー……カヤシマ。これは相談なんだけども」
「何」
「ビジネスの話をさせてほしい」
「……まずは話せる状況にしてくれるなら、考えてもいい」
律の一言に、それもそうか、と『シャーマン』の手が動く。ふっと威圧感が消え、『口』の姿が消え、風景が戻っていく。それを確認して、律は息を吐いた。
「……分かった。俺こんな格好だから、とりあえず部屋戻っていい?」
「あはは、そうだねえ。ごめんねえ、朝から」