Storm Harbinger - 01
元々、律の生活リズムは非常に不規則だ。というよりも、規則的な生活をしている方が珍しい。
家から離れ、海外での仕事ともなれば、律と共に生活しているのは恭だけである。そして時差ボケも手伝って、あっという間にある程度保たれていた生活リズムは崩れていき。
「おはよーっす……、あれ、律さんまた徹夜」
「おはよー……嘘じゃんもう朝か……」
「今日午前中から打ち合わせあるって言ってなかったっけ」
「あ、やば」
「寝る時間ある? てかシャワーくらい浴びました?」
「あることにしたいし浴びたことにしたいなもう」
「はい風呂行き」
「はーい……」
時間があればあるだけ、やりたいことは山のようにある。同じだけやらなければならないことも山積みだ。日本で芹が仕事を手伝ってくれるようになったからといって、すぐに楽になるわけでもない。どちらにしろ、律にしかできない仕事というのは存在している。
ひとまず切り上げて、恭の言うとおり、シャワーぐらいは浴びるべきだろう。そこから2時間は仮眠が取れるだろうか、と考えて。
不意に違和感を感じて、律は恭の背後にある部屋の入り口に視線を向けた。ん、と恭が首を傾げ。
「――伏せて!」
「っ!」
律が叫んだ次の瞬間、すぐに反応して恭はその場に伏せた。ごう、と吹き込む風――爆風。
展開した防御壁で何とか防げたものの、嫌な感覚がちりちりと肌を刺す。
「あっぶね……!?」
「大丈夫?」
「いけるっす」
体を起こした恭は、既に赤い軍服の『セイバー』姿――臨戦態勢を整えていた。さすがにその辺りは心得ている。
静寂。警戒しているものの、第2撃が来る気配はない。向こうも初撃が不発に終わったと判断し、退いたと考えるべきか。どちらにしろこんな夜明けの時間にやるようなことではない。即座に人避けを展開はしているが、今律と恭が滞在しているのは、市街地の一画にあるアパートの一室である。後片付けがあまりにも面倒な事態が起きてしまった。
「……何すか今の……」
「襲撃。俺の簡易結界ぶった切ってきたってことは宣戦布告と見なしていいねこれ」
「ええー……まじか……、でも誰が?」
「あいにく敵が多すぎて心当たりしかないんだなこれが」
「ヤなセリフ!」
嘆く恭に笑いながらも、考える。この襲撃は恐らく『院』ではないだろう。そうだとすれば、あまりにも直接的すぎる。今回の仕事のリストを思い返してみたが、対人になるようなことはなかったはずだ。となると、律がここに来たことで身の危険を感じた相手が先手を打って、ということも考えにくい。考えられるのは、過去にこの辺りの土地で因縁があった相手だろうか。
――本当に心当たりが多すぎて分からない、というのも考えものだ。
舌打ちひとつ。呑気にシャワーだ仮眠だと言っている余裕はなさそうだ。
「とりあえず拠点変えないと。この時間ならー……あー……恭くん、伊鶴さんに連絡してホテル手配してもらって」
「はーい」
狙われているかもしれないとなれば、仕事のスケジュールも考え直さなければならない。その辺りは芹に頼めば何とかなるだろう。律や恭が狙われるだけであれば迎撃すれば済むが、仕事仲間や依頼主のことは巻き込めない。つまり、最優先はこの事態の解決ということになる。
警戒は解かないまま、律は部屋の入り口へと近づいた。吹き飛ばされたドアは跡形もない。外から室内が完全に丸見えになってしまっている。まず確認したのは、向かいの建物。大きな道路を挟んで、似たようなアパートが何軒か。いくつか電機は点いているが、人影は見当たらない。どちらにしろ、逃げるには充分な時間だっただろう。
一体何が放たれたというのは。痕跡を追いたくとも、魔術的な要素は何も感じない。つまり「ネクロマンサー」や『ディアボロス』といったセンは除外していいだろう。どちらかと言えば、この感覚は。
「……『サイコジャッカー』か……?」
数時間後。二人は伊鶴が手配してくれたホテルへと移動していた。一応簡単には破れない結界を構築して、ようやっと律はソファに腰を下ろす。
「いけそうすか?」
「んー、多分? 情報少なすぎてなー……何から手を付けたものか……」
「一回寝ません?」
「無理では?」
この状況で眠れるほど、肝が据わった人間ではない。そうっすよねえ、と応じながらも、恭の表情は心配そうだ。大丈夫だよ、と返してから、律は記憶を辿る。
あの痕跡は、十中八九『パイロキネシス』だろう。他にも何か組み合わせることであの爆風を引き起こしたか。いっそ物理的に爆弾でも置いてくれていた方が、後の処理は楽だったかもしれないと考えたくなってしまう。洒落にはならないので、首を横に振ってその考えは振り払う。被害の規模が大きくなる上に、一般人が巻き込まれてしまう。
的確に、室内の律と恭を狙っていた。他に被害を及ぼすつもりは、少なくともあの時点ではなかっただろう。或いはただのあいさつ代わりか。どちらにしろ、次はあるはずだ。
「こっからどうします?」
「まあ、尾行はされてるだろうから。居場所はすぐ割れてると考えてー……でもホテル内は手出ししにくいだろうし。外に出てるときは最大限注意しつつ、仕事は片付けよう」
「はーい、了解っす。……これは早く解決したいやつっすね」
「そうだね。あ、恭くん。分かってると思うけど、解決するまでジョギング禁止だよ」
「何それサイアクじゃないすか!」
申し訳ないとは思うが、今回『黄昏の女王』 を連れてきているとはいえ、恭を一人にするわけにはいかない。そして当然、律も一人で行動しない方がいいだろう。何か起きたときに、即座に対応が可能な状態は保っておかなければならない。
「うわーマジですぐ犯人出てきてくんないかな」
「本気で心当たりありすぎる」
「リアルにそのセリフは聞きたくなさすぎる」
「つーかアレだよ。雇われプロだったらもうどうしようもないよ、最悪」
「雇われプロ? ……あ! 殺し屋さん!?」
「そう」
「えー!? いるんすかそんな漫画みたいな! 会ってみたい!」
「馬鹿だこの子」
きらきらと目を輝かせるようなところではないのだが、恭は分かっているのだろうか。突然不安にさせないでほしいと心底思う。
口に出してみたものの、そのセンは濃厚だ。仕事柄様々な付き合いもあれば、どうしても恨みを買うこともあるが、こればかりはどうしようもない。何らかの対価として『茅嶋』の人間を殺すことを請け負う者も、中にはいるだろう。
ただでさえ、今の茅嶋家の当主は雪乃ではなく、律である。世界最高峰と謳われた名高きその名には、どうしても追いつけない。
「マジでどうしよっかな。プロだと追えない可能性高いし、どっちにしろ仕掛けてくるの待つしかないかなあ」
「いっそ仕掛けやすくしてみるとか!」
「小細工するだけ無駄でしょ。一回襲撃してきてるんだから、むしろ警戒しない方が変だよ」
「あ、そっか。……ん? 律さん、これ俺らに警戒しろって伝えてくれた説ないすか?」
「ホント恭くんいい子だねえ。姿も見せなければ現場に何も残さず何を伝えるって言うの。あと何の為に?」
「うぐ。……いや何も分かんないっす適当言いました……」
「そのセンがないとは言わないけど、それなら接触する方法残してくると思うんだよなあ」
どれだけ予想したところで、正解は分からない。あるのは追えるような痕跡は残っていなかったという事実だけだ。こうなってしまうと、『ウィザード』と『セイバー』の組み合わせでは手厳しくなってしまう。調査に長けた人間の協力を仰ぐしかないが、すぐに手配できるようなものでもない。目処がつくまでは警戒を続ける他ないだろう。
「今までこんなことなかったのになー」
「んー、まあここ2年くらい仕事絞ってた影響もあるかもね。ま、やることはいつも通りだよ」
たとえそれが、イレギュラーな事態だとしても。『茅嶋』の人間として、やるべきことは決まっている。
――即ち。
「うちに喧嘩売るっていうのがどういうことか、きっちり骨の髄まで教え込むまでは帰れませんねこれは」
「こわ……」