Moonlight Shadow - 閑話01

連絡の話

「……うわ……」

 思わず声が漏れ出てしまったのは無意識だ。どうしたのかと問う声には首を横に振って、そんなことより、と仕事のことへと話を逸らす。誤魔化せたとは思っていないが、その後特に触れられることがなかったのは、触れられたくないと思っていることを察してもらえたからか、それとも。
 仕事を終えて部屋に戻ってから、北原 惺はもう一度スマートフォンを確認した。届いたメッセージは大学の同級生、貴水 侑宏からのもの。しばらく東京に行く用事ができたので、どこかで時間が合うときがあればまた食事にでも行かないか、という誘い。返事を返すべきかどうか少し悩んだ後、惺は『忙しい』の3文字だけを返すことにした。侑宏のことだ、その後の追撃が何通か来る可能性は高いが、そちらは無視しても構わないだろう。もしかしたら会えるかもしれない、という期待は持たないはずだ。

「……貴水も飽きないよな……」

 貴水 侑宏とは一体何者なのか。
 そのことについて、惺は『調べない』ことを選んだ。ある程度のことについては調べたが、怪しいことは何も出てこない。それ以上は深堀りすべきではないと思ったのは、侑宏が思いのほか踏み込んではこなかったからだ。
 北原 惺を名乗る人間が、ある程度嘘偽りだと知っていると示しながら、その存在を壊そうとはしなかった。それどころか本気で心配してくれているのだというのが、分かってしまったから。
 その育ちのせいなのかどうかは分からないが、惺は自身に向けられている感情に関しては過敏な部分がある。対処を誤ることはあっても、読み違えること自体はそれほどない。貴水 侑宏という人間が、純粋に北原 惺という人間を気にしてくれていることは嫌というほど伝わって、結局拒み切れないまま今に至っている。
 少し似ている、と思ってしまうものの、あまり踏み込まない方がいい。これ以上知らない方がいい。それ以上になってしまうときは、もう侑宏と関わるべきではないということが分かってしまうからこそ、彼との適切な距離というのは難しい。
 ――そこには、侑宏とは友人関係でいたいのだという気持ちがどこかにあるような気がしてしまって、余計に自分が嫌になってしまうのだが。
 にゃあ、と鳴く猫の声に、はっと意識が戻る。ひょいと惺の膝の上に乗った白猫は、甘えるようにもう一度にゃう、と鳴いた。

「……あ。ごめんごめん、ごはんだな。先するから一回下りて」

 ごろごろと喉を鳴らす白猫を撫でつつ訴えれば、ひょいと膝の上から下りていく。侑宏のことを考えている場合ではない。連絡があったと伝えれば、保護者の片方は会ってこいと言うだろうし、片方は多分拗ねる。どちらにしろ面倒だ。
 今回は別に断っても問題ないだろう。
 そう考えた自分の直感に従うことにして、溜め息ひとつ。次の誘いがあった場合は、きちんと話して少しくらいは会いに行った方がいいのだろうな、とも思いつつ。

「にゃーあー!」
「わーったって、どんだけおなかすいてんだよちかー」

 遠慮なく食事をねだる白猫に、思わず笑ってしまいながら。
 さて今日の夕飯は何にしようか、と日常に思考を戻したのだった。