Dear Friend - 02
更に数日後。咲をあやしている最中、椿を家まで送ってくる形で、悠時が茅嶋家を訪れた。少し話したいことがあるので待っていてほしいと声を掛ければ、当然のように了承してくれたことに胸を撫で下ろす。それどころか、仮眠を取っていた桜と交代するまでの間の小一時間、一緒にあやしてくれるのも悠時らしい。周囲に父親の先輩がいるというのは、本当に心強い。
「ごめんね悠時、付き合わせちゃって」
「気にすんな。りっちゃんも頑張ってパパやってんだなと思うとにやにやするわ」
「何それ。まあでも恭くんも父親頑張ってるからさ、俺も負けてらんないなとは思う」
「恭んとこは二人いるもんなー。何か長いこと会ってねー気がすんな、今度連絡してみよ」
「あはは。恭くんきっと喜ぶよ」
悠時にとっても、恭は弟のような存在だろう。どことなく心配していそうな表情に笑いながら、書斎の扉を開く。ソファを勧めてから、律も自分の椅子に腰を下ろした。
こうして悠時と二人で話すのは本当に久しぶりだ。桜や椿、芹と共に話すことはあれど、こうして悠時と話す機会というのは本当に減っている。お互い時間が合わないというのが主な原因ではあるものの、やはり家庭を持って子供ができてからは、家族との生活を邪魔したくないという遠慮があることは否定できない。
「んで? 今日のりっちゃんは芹の件か」
「話が早いなー」
「今他のことでわざわざ二人で話してえって言わねーだろ」
「ま、それもそうか。芹ちゃんは悠時と話はついてるって言ってたけど、ちゃんと聞いておかなきゃなって思って」
茅嶋家の仕事を手伝う。その意味を、悠時は知っている。今回の件で律が簡単に頷かないことも、悠時は分かっていただろう。
ひとまず芹、そして恭と話した内容を共有する。うんうん、と頷きながら聞いていた悠時には恐らく、聞いていた話であったり、予想のついていた話だ。
「……正直俺としては、悩ましいところでもあるんだけどな。芹に手伝うとしても裏方だけだって言われて押し切られた感はちょっとある」
「あはは。でも、それは当然じゃない? もし万が一現場出るつもりでいるならその時点で却下だし、さすがにそれは芹ちゃんも分かってるよ」
「まあなー。……りっちゃんが忙しいのは重々承知してるし、少しでも助けられるなら、とは思うよ。俺にはできねえことだしさ。芹が少しでもりっちゃんの仕事手伝ってれば、俺もりっちゃんの様子、今より知れるしな」
「わあ過保護」
「誰のせいだ誰の? 俺の知らねーところで何回死にかけたのか今言ってみ?」
「あ、それは勘弁していただいて……」
「ほらな。ったく……。あとはまあ、りっちゃん手伝うことで芹に何か起きるなら、りっちゃんは絶対芹のこと助けるだろうっていうのも思ってさ」
「……うん、それはそうだね」
自分の身は自分で守ること。
それは大前提ではあるがしかし、どんな対価を支払うことになるとしても、芹のことを傷つけたくはない。恭や桜ならいいのか、ということではなく――芹が傷つくことで最も苦しめてしまう相手が、悠時になるからだ。
唯一子供の頃からずっと気を許してきた、誰よりも信頼している幼馴染を苦しめるようなことは、何があってもしたくない。それはこれまでの人生で、こちらの世界の住人ではない彼に、自身が散々迷惑を掛けてきたからこそ。
「そういう打算も含めて、まあ、俺はりっちゃんがいいって言うならな、って言った」
「……そっかー。まあでも個人的にはね、芹ちゃんには悠時がついてるから、その点は安心できるよなって思ってる。昔から悠時には何も寄ってこないからさ」
「ずっと言ってるよな、それ。ていうかつまり、何か起きる可能性はあるってことか?」
「うん、正直それはずっとあるよ。俺自身が狙われてたりすることも含めて。俺も今御当主様なので、困ったことに」
「だろうな。有名人は大変だろ」
笑いながらしかし、悠時はそれ以上は言わない。突っ込んだ話を律がしないことを、悠時は知っている。踏み越えてはいけないラインを、身に染みて知っている。
それでも常に心配してくれている、そういう男だ。――何十年経っても、敵う気がしない。
「……全責任は俺が持つ。なので、芹ちゃんのこと、預かっていいですか」
「うん、よろしくお願いします。……ちゃんと遠慮なく甘えろよ、意地っ張り」
「うるっさいなー。……ありがとう」
「いやー改めて考えても茅嶋くんてばこの量の仕事ほぼ一人で全部こなしてたんです? あまりにもただの大馬鹿」
「返す言葉もございません……てか芹ちゃん凄いな……うちの会社よく寿退社許したな……?」
――それから。
一日数時間で芹が片付けられる仕事を精査して引継ぎを行ったところ、仕事を把握した芹から効率化のフィードバックがなされ、あれよあれよという間に様々なやり方が変わることになった。腰に手を当て、やれやれとわざとらしい溜め息を吐く芹に、律としては感謝しかない。もっと早く芹を頼っていれば、もっと楽だったのではないかと本気で考えてしまう。
「俺も桜も、一般企業で働いたことないからなあ」
「まあ茅嶋くんは完全に接客畑の人間ですし、桜ちゃんに至っては社会経験ないですもんねえ。でもさすがに安藤さんにはもうちょっと情報開示してれば、もうちょっと楽できたのでは?」
「それはそう……いやーどこまで巻き込めるか問題でさ……書類のやり取りとか送迎とかしか頼めなかったんだよね……」
「ま、それも分かりますけど。実際動かしてみないと分からないですけど、これで茅嶋くんは絶対楽になると思いますよ。問題点あったら改善していきますし」
「もう一切合切何もかも任せたい……ありがとう芹様……」
「ふふん。もっと崇めてもいいんですよー?」
茶化して笑う芹に、律も笑い返しながら。しかし本当に、一人事務処理に強い人間がいるというのは心強い。
仕事の割り振りが完全に明確化され、恐らくどうしても律が直接やらなければならないこと以外は、将来的には手放すことができそうだ。そうなれば空いた時間で桜や咲と過ごすこともできるし、魔術書の解析に割く時間ももう少し増やすことができる。
そういうものだと漫然と片付けてきたものが、もっと簡単に片付くのではないかと指摘されたときは、本当に今まで何をしていたのかと思いはしたが。
「ま、基本がアナログなのはどうしようもないですね」
「うん、そればっかりはね。まあでもデジタル化いけそうなところがあれば提案してくれると嬉しい、最悪ぶんちゃんの『上』に掛け合って依頼してどうにかしてもらうから」
「強い。それにしても茅嶋くんはいつになったらパソコンをもうちょっと使えるようになるんですか?」
「覚える時間なくて……」
「休み作らせて高齢者向けのパソコン教室放り込もうかな」
「いや、そこまでひどくないよね……、……よね?」
言われてしまうと自信がない。さすがにメールを打つことも多いので、日常困らない程度には使えているつもりなのだが。芹から見れば、律のスキルなどその程度だということなのだろう。
これからひと月ほどは準備期間と練習期間。その後は様子を見ながら、徐々に仕事量を戻していくことになる。家を空けることが増えてしまうのは口惜しくもあるが、こればかりは仕方がないと飲み込むしかないだろう。自分がしているのはそういう仕事だということは、何度も言い聞かせて理解してきた。
「……しっかし本当、昔から思ってましたけど、よく働く男ですねえ茅嶋くん」
「許されるなら一生ごろごろしてたいよ、俺としては」
「嘘つきー。そんなことしたら絶対飽きて嫌になりますよ」
「そうかなあ」
「そうです。だって何もしない自分を許せる人間じゃないし、空き時間あると何していいか分からないでしょう?」
「どうかなあ」
当主になってから、仕事から離れることは基本的にない。いつも何かしらは必ずあって、気にしていて、頭の片隅にあり続ける。そんな日常から解放されたら、というのはどうにも想像がつかない。きっと、いずれ当主を誰かに譲る気がしても、気にかけ続けてしまうのだろう。
そう考えると、結果的に全てを手放すことを選択した雪乃は正しいのかもしれない。そうしなければ、一生関わり続けてしまうから。強制的に引き離したところで、ということはあるだろうが。
「ま、これで悠時さんが茅嶋くんを気にする回数も」
「減らない気がする。 何なら毎日聞かれるんじゃない? 芹ちゃん大丈夫?」
「……想像できちゃってむかつくな。茅嶋くん、一発殴らせていただいても?」
「嫌だよ!?」
この先に何が待っているのかは分からない。いつかこの日のことを後悔してしまう日が来るかもしれない――全力で阻止はするが。
けれど例え、そんな可能性があるとしても。まず大切にすべき『今』を守る、そのために。