Void Reason - 02

 数日後。律は『院』を訪れていた。
 ついてきた恭は、いつも『院』を訪れるときに拠点としているホテルでの待機だ。一件片付けられそうな仕事もあったので、現地で協力できる人員に頼んで共に対応するように頼んでいる。戻り次第そちらの仕事の報告をまとめて日本に帰る、というスケジュールだ。ひとまずは目の前のことを片付けなければならない。
 いつ訪れても、『院』の入り口の雰囲気は変わらない。見た目は中世ヨーロッパの城のようにも思えるが、内部は各『ウィザード』の結界や領域が犇めいているため、外観にそぐわない場所の方が圧倒的に多い。

「リツ! 久しぶりだー、遅かったね!」
「極東の島国から『院』は遠いんだよ。間に合ってよかった」
「数時間後には葬儀終わっちゃうとこだもんね」

 律の姿を見て駆け寄ってきたのは、一人の少年。オーレン=トリエスターー『院』生まれ『院』育ちの『ウィザード』であり、『兵』の一人だ。一度戦闘訓練を行った際のメンバーの中にオーレンがいて、その後何故か懐かれた。他の『院』の『ウィザード』とは違い、純粋にきらきらとした視線を向けてくれるので、どうにも居心地が悪い。

「ねえオーレン、次の『ロード』が誰になるのか、噂とかで聞いてる?」
「全然ー。上層部では決まってるだろうけどね。順当にいけばアレラシア様かなと思うけど、でもあの方はボクらでも真名知ってるからその点がなあ。あとトップとか興味ない人だし……となるとセージ様かフラニカ様か、あとはやっぱブルー様かな」

 すらすらと並べ立てられる名前に全く聞き覚えがないなと思っていたものの、唐突にオーレンが挙げたその名前に思わず思考が止まる。
 ブルー――レディ=ブルー。レイラ=ブレイザー。

「……ブルー様って、レディ=ブルー? 彼女、『兵』の元帥でしょ? 『ロード』になるとかある?」
「んー、過去にも『ロード』と元帥を一人が兼ねてるっていうのは例があったはず。適役が居ない場合の一時的な措置だけどね。ブルー様、『ロード』になるなら元帥は誰かに譲るだろうし」
「……ええ……いや、あの人より強い人いなくない?」
「あはは、ボクもそれはそう思う。あ、でもブルー様が元帥になるときって結構色々あったらしくて――」

 眉を寄せた律に、オーレンが本当に世間話のような流れで話し出そうとして。しかしその話は、鳴り響く重い鐘の音で搔き消された。ばたばたと人が動き始めている。今日は『ロード』を送り出す日だ、長居を避けるためにあえてこのタイミングを選んできたのだが、何とも鐘のタイミングが悪い。『兵』であるオーレンには仕事があるのだろう、鐘の音に途端慌てた様子で時間を確認して。

「やっば! ごめんリツ、行かなきゃ!」
「ああ、うん。気を付けてね」

 できれば話の続きを聞かせてほしいものだが、律からあれこれと聞き出すのは誰に警戒心を抱かせるか分からない。それに特定の人物とあまり一緒にいるというのは避けたい、という気持ちもある。
 ――次に誰が、パトリック=バレッドのような捨て駒にされてしまうか、分からないのだから。
 やあ、と声を掛けてきた顔見知りの『ウィザード』に笑顔を返す。話していれば自ずと次の『院』の『ロード』は誰になるのか、という話になっていく。律は基本的にさほど『院』に属している『ウィザード』に詳しくはない。関わりがなければ、会うこともないからだ。挙がる名前の幾つかは聞き覚えもあるが、全く知らないものの方が多い。だが話をするほとんどの人間が、次の『ロード』の候補にレディ=ブルーを挙げる。
 嫌な予感がする。そもそも、ついこの間まで元気そうにしていた『ロード』が急逝するというのも分からない。誰に聞いても死因は病死だという話だったが、事実なのだろうか。

「……病死に見せかけるくらいなら、多分簡単だろうな……」

 ぽつり。思わず考えたことが、そのまま口から零れた。話していた『ウィザード』に何か言ったかと聞き返されて、慌てて首を横に振る。
 考えたくもないし、問い詰めたくもない。『院』に属していない律からすれば、『ロード』が代わるということは取引先のトップが代わる、ただそれだけのことだ。下手に首を突っ込む問題ではないし、そもそも律の脳裏に過ったそれは『院』の『ウィザード』たちも考えることだろう。しかし自身に害がないのであれば、行っている研究に支障がないのであれば、誰が『ロード』であろうと彼らにとっては些事だ。別段調査もしないだろう。

「あ、次の『ロード』の発表ってこれからだよね?」
「葬儀が終わり次第と聞いたから、この後すぐじゃないか? 早くしないと研究室に帰らせろと暴動が起きるよ」

 俺も早く帰りたいな、と肩を落とす『ウィザード』に同意を示しつつ。
 胸に芽生えた嫌なものが消える気配もなく、律は大きく溜め息を吐いた。


 古くからのしきたりで、代々『院』の『ロード』となった者は、骨さえ残さず存在ごと消失させるのだという。そうすることで、『院』の情報を外部に漏らさない。そして、将来何者かに悪用されることを防ぐのが目的の慣わしなのだということだった。ただでさえ、『院』には機密事項が異常に多い。最も掌握することが可能であろう立場の人間に対しての、最も適したリスク管理ということなのだろう。
 魂が消え、肉体が消え、ありとあらゆる痕跡が消える。それが、『院』の『ロード』に施される葬儀だ。
 全てが恙なく進行し、全てが消失する。その後、壇上に現れた『ウィザード』の一人が鐘を鳴らした。

「それでは、手短に。規定に則り、協議の結果、本時刻を以て新たな『ロード』をレディ=ブルーとする。この決定に異議がある者、我こそが『ロード』に相応しいと思う者は名乗り出よ。その場合は然るべき協議、然るべき方法を以て判断しよう」

 予定調和ではあるのだろう。『院』の上層部で話がついていることについて、他の『ウィザード』が異を唱える筈もない。彼女は『兵』をまとめる元帥、恐らくは当代最強と目される人間であるのならば、その座は相応しい。そして何より興味もなく、自身の研究を行いたいだけの『ウィザード』たちにとっては、誰が『ロード』であろうと関係のない話だ。
 異議はないと認められ、壇上に上がったレイラを眺める。穏やかな笑みを浮かべている彼女の腹の底は読めない。これは彼女にとって予定外か、それとも予定していた展開か。――彼女の掌の上の出来事なのだろうか。
 どちらであれ、今後『院』の仕事を引き受けるということは、否が応でも彼女と顔を合わせることになるということだ。嫌だな、と考えたところで、そこに拒否権はない。
 耳障りのいい、当たり障りのない所信表明のような演説を聞きながら、これからのことを考える。彼女は『レイラ=ブレイザー』という真名を対外的には明かしていないだろう。元帥、そして『ロード』になろうという人間だ。だからこそ、誰も彼もが彼女を『レディ=ブルー』と呼称する。『ウィザード』にとって、名は大切にするべきものだからこそ。
 ぱらぱらとした拍手の音に、はっと意識を戻す。つられるように拍手をしつつ周囲を確認すると、『ウィザード』たちが各々帰っていく様子が伺えた。全員参加を義務付けられたものは、これで終わりということだ。面倒ごとを抱える前に、このまま律も帰るべきだろう――と思ったのだが。

「久しぶりね、リツ」
「……お久しぶりです、レディ=ブルー。ロード=ブルーとお呼びした方がいいですか?」
「そうね、これからはそうなるのかも」

 いつの間にか、レイラは律の前に立っていた。一瞬怯みそうになりながらも、辛うじてにこやかな笑みを返す。やはり、すぐに帰してもらうことはできないようだ。

「『ロード』への御就任、おめでとうございます。今後は顔を合わせることも多いでしょうが、お手柔らかに」
「ふふ、思ってもいないことを。少し話があるの。後で執務室に来てもらえる?」
「俺に話……、ですか」
「そう、貴方に。待ってる」

 言うだけ言って、レイラは踵を返してしまう。その背に声を掛けようとしたものの、しかしすぐに他の『ウィザード』が数人レイラへと寄っていくのが見えて、声を殺す。それはこの先の出世のためか、或いは自身の研究を進める便宜を狙ってのことか。どちらにしろ、口を挟みたくはない案件であることは確かだ。
 一体、『ロード』となったレイラが、律に何の話があるというのだろう。
 順当に考えれば、いつも通り『院』からの仕事の依頼だ。だが就任してすぐであるレイラが、律に頼むべき仕事があるとは思えない。先日のパトリックの件についての可能性もあるが、あれはレイラにとっては終わった話だろう。パトリックの魔術書が律についてきていることには何かあるかもしれないが、彼女ほどの実力者がパトリックの研究の成果を欲しがるとは思えない。

「……いや、行きたくなさすぎ……」

 ぽろりと口から溢れ出す本音。そもそも、いやいやでも協力関係を築いているとはいえ、律は『院』に所属している『ウィザード』ではない。必ずしも『院』の命令を聞かなければならない立場ではない。
 それでも律が『院』の仕事を受けるのは――己と、周囲の人間に害が及ぶのを防ぐ手段として。
 人を人とも思わず、己の実験台としか思っていない彼らの毒牙にかかってしまう可能性を、少しでも下げる。その為だけだ。
 果たして今度は何を押し付けられるというのだろうか。重たくなっていく気持ちを振り払うように首を振って、律は執務室へと足を向けた。


 律が『ロード』の執務室を訪れてから程なくして、レイラが執務室に現れた。先代『ロード』が腰掛けていた椅子に腰を落として、笑む――心底満足そうに。

「似合う?」
「コメントのしづらいことを。座りたい椅子だったんですか?」
「さて、どう思う?」
「俺にはすべてが貴女の掌の上の出来事ではないかと思えてしまうんですが」
「取り繕うこともなくそういうことを言えちゃうのねえ。リツのそういうところ、好きよ」
「……貴女に会うのはまだ2度目ですけどね?」
「あら。十分、私は貴方を知ったつもりだけれど」

 先日のパトリックとの一件を指しているのだということは、すぐに分かる。レイラは一部始終を全て見ていた。律があの場で明かさなかったのは、巧都に力を借りて行う形のものだけだ。それでも『院』の外では幾度も使用しているその術式を、少しも知られていないとは思っていない。目の前では使っていないというだけで、何らかを掴まれていることぐらいは覚悟している。
 この場所で使わないのは、単に『全て』を開示しないための策だ。

「俺はさほど貴女のことを存じ上げませんよ、ロード=ブルー。元帥であることと、今日『ロード』になったということ以外、何も分からない」
「つれないことを言うじゃない。私の名は教えてあげたでしょう? 二人きりだからと言って呼びはしない用心深さも、貴方の良いところね」
「名を知ったところで、それが貴女の真名とは限りませんから」
「心配しなくとも、『約束』は守っているわ。私も『ウィザード』なのよ、リツ」
「……そうですか。ところで、俺をわざわざここに呼び出した理由について、そろそろ教えていただきたいのですが。世間話だけなら、わざわざ呼び出すこともないでしょう」
「せっかちね、残念。まあいいわ、端的に言いましょう。リツ、貴方、『院』の元帥になるつもりはない?」

 反応ができなかった。
 驚愕の感情はそのまま表情に出ていたのだろう、おかしそうにレイラは笑う。しかし、律にとっては笑いごとではない。『院』の元帥の座を打診されるなど、考えたこともない。
 それは、『院』において戦力的な取りまとめをする者。『兵』たちのトップの称号。
 ――今の、彼女の地位の一つ。

「……あの、ええと。正気ですか?」
「勿論。私はこのまま『ロード』と元帥を兼務するつもりはないの。この先のことを考えるのであれば、誰かに譲るのが合理的な判断だとは思わない?」
「それはそうでしょうが、俺である必要性は? 大体、俺は『院』所属の人間ではないんですよ」
「そうねえ。なら言い方を変えましょう。元帥の座を用意するから、『院』に所属してほしいというスカウト。いかが?」
「……、いやいや」

 何を考えて、そんなことを言い出すのか。
 オーレンが言っていた。彼女が『ロード』になるのであれば、元帥は誰かに譲るだろうと。律よりも直属の部下である『兵』のオーレンの方が、遥かにレイラのことを知っている。その予想は当たっていたということだ。だがしかし、その譲り先に律を考えているなど、誰が想像しているだろうか。
 レイラの言っていること自体は分かる。これまで『院』は、律を茅嶋 雪乃という『ウィザード』の下位互換、代替品として扱ってきた。体のいい実験体にされている、というのが律の認識だ。しかし、元帥の座に就けばその心配はなくなる。確固たる地位は律の身を守ることができる。
 しかし逆に、元帥になることによって危険性も増す。それに気付かないとでも思われているのだろうか。

「俺は元より、『院』に所属するつもりはありません。単なるビジネスの関係ですし、『院』には俺よりも遥かに実力のある面々が揃っている筈です」
「実力主義で元帥が決まっているわけではないわよ。まあ、私は強いけれど」
「自分で言います……? というか、何より俺を元帥に据えることによって『院』に何のメリットがあるんですか。俺にとっても特にメリットのない話かと」
「メリットは気にしてなかったわね。単に私がリツを気に入っているだけのことよ」
「貴女に気に入られる、その理由もわかりません。俺は貴女のこと、苦手ですよ」
「はっきり嫌いと言っていいのに。本当に可愛い子、困ってしまうわ」

 レイラに引くつもりがないことは分かる。にこやかな表情には慈愛すら感じられて、ぞわりとしたものが背筋を迫り上がる。――一体彼女は、何をどう考えているのだろう。

「別段元帥になったとしても、リツは今までと何も変わらなくていい。今までどおり日本にいていいし、時々『院』に来るだけで十分。ただ元帥の地位を得るだけ、というのは不満?」
「いや、そうなるとますます俺を元帥にする意味も理由もないと思うのですが」
「そう言われても、もともと『院』というのは好き勝手にしたいがために寄り合った『ウィザード』の場よ。今までどおりというのがリツのやりたいことなのであれば、すればいい。『ロード』として私がその行動を制限する理由はない」
「……何を、企んでいるんですか」

 あまりにも条件が良すぎる。そんな甘い話があるわけがない。
 元帥になるということは、何らかの契約を『院』と結ぶということになる。契約を以て、何らかの対価を強制するつもりなのではないだろうか。可能性としては、それが最もあり得る話だ。
 用済みだからとあっさりとパトリックを亡き者にしたような人間が、何の対価もなく好条件を差し出してくるなど信じられるわけもない。ここで飛びつくような『ウィザード』がいたら、相当危機感のない人間だ。
 律から色よい返事が返りそうにない、と判断したのか。レイラの表情から笑みが消え、代わりに失望の溜め息が吐き出された。

「私が貴方を気に入っているのは本当よ、リツ。嘘偽りはないわ」
「……それは光栄なお話ですね。理由をお尋ねしても?」
「だって、貴方と私はとてもよく似ている」

 迷うこともなく、あっさりと言われたその理由に、言葉が詰まる。
 あのとき、巧都にも似たようなことを言われた覚えがある。冗談のように、彼女に師事してもいいかもしれないと。恐らく彼女と律は同じタイプだと、確かにそう言っていた。ピアノに傾倒することなく、魔術一筋で生きていれば近い存在になっていたかもしれない、と。
 レイラもまた、巧都と似たようなことを考えていたのだろうか。

「……恐れ多い話ですね」
「冗談ではないのよ。きっとこの先、貴方はもっと面白くなる。私はそれを見ていたいから、貴方を元帥にしたい。それがひとつ」
「ひとつ。それなら他にも理由があるということですよね」
「貴方が『院』では意地でも隠し通そうとしている、本当の実力を知りたいという気持ちも理由かしら」
「――ッ!?」

 何も見えなかった。
 呼吸が堰き止められるような、上から圧し潰されるような威圧感。反射的に展開した防御壁はしかし、ほんの少し軽減できている程度だ。辛うじてレイラから視線を外さないままでいられているものの、少しでも気を抜けば意識ごと持っていかれてしまう。

「ねえ教えて? リツ。どうして貴方程度の『ウィザード』が、それほど身の丈に合わない存在と共に居られるの? その心の臓にそれほどの負荷がかかる契約を施している者は何? その正体、是非とも聞いてみたいものね。そしてできることなら、引き摺り出してみたい」
「ッ……、ぐ、」
「極東には様々な方法で名の知れた強力な『彼岸』と契約を結ぶ者は多いけれど、貴方の方法はそのどれとも違うものでしょう? 本当に、あなたもユキノも謎だわ。極東の一介の『ウィザード』が『戦神』を意のままに従えていると知ったときもよく分からなかったけれど、息子の貴方もそれに匹敵するものと契約してる。その理屈が『見えない』。どういう理屈で、何故気に入られていて、その力を行使しているの?」

 ――羨ましいこと。
 そう言って、レイラは笑う。――力のある『彼岸』と契約しているだけであれば、大して珍しいことではない、というのは彼女の中にもあるのだろう。確かに律と巧都の間で交わされた契約は特殊であり、関係性としても異例な部分が多いことは分かっている。そこには代々受け継がれてきた術式も存在しなければ、当然新規で編み出した術式も存在しない。つまり、そこまでは調べをつけられている。
 一瞬の魔力の揺らぎを感じて、即座に自身の魔術の構成をねじ込む。ぱん、と霧散する感覚に、呼吸が楽になる。わざとらしいレイラの口笛は、故意に開いた穴に律が気付いたことに対する賞賛なのだろう。

「……どうしても、こうしても。俺の、場合は、相手が気まぐれなもので……。こちとら毎日、命懸けで、生きてるんですよ……」
「あら、気まぐれなの? それなら気まぐれに私の前にも現れてほしいものね」
「今度……、聞いて、おきます」
「今は駄目? つれない子」

 呼吸が上手く整わない。辛うじて引きつった笑みを返してみたものの、笑えていたかどうか。
 今のところは、巧都がこの場に現れることはない。時々戯れのように力を貸そうかと囁いてくることはあれど、律がその誘いに頷くことはないし、巧都自身、本当に律に力を貸す気はないだろうと思っている。
 レイラに初めて会ったとき、面白いものを見たと笑っていたので、レイラを気に入った可能性は否定しないが。

「知ってる? リツ。かつてユキノは、最年少で『院』元帥の座を打診されたことがある」
「……は? いや、初耳……ですけど……」
「ふふ。まあすげなく断られて先代……ああ、違うわね。先々代の『ロード』は面子を潰されたと大層怒っていたわ。あの頃の私はまだ一介の『兵』に過ぎなかったけれど、よく覚えている」

 すう、とレイラの瞳が細められる。そこから、感情が消失していくのが見える。
 嫌な感触が、背中を撫でていく。

「ユキノを元帥にするために邪魔と判断されて、当時の元帥は『ロード』に殺された。私の父だったのだけれど」
「――!」
「糾弾した母も殺されたけれど、私には研究中の事故だという話になった。調べればすぐ分かる嘘だった。それでも糾弾したところで殺されるだけでしょう? ――私は復讐に『院』のトップを取ることにしたのよ」
「……では、ロード=ブルー。やはり貴女は、先代を殺したんですね?」
「そう。最初から貴方は気付いていたでしょう? 敏いもの。他にも気付いている者はいるけれど、そういう人間は得てして興味がないから助かるわ。まあ、ここはそういう場所だものね」

 淡々とレイラが紡ぐ言葉に、やはり感情は感じない。
 果たして彼女の話が本当なのかどうか、それを見極めるすべを律は持たない。しかし本当だと思わせるだけの何かが、彼女の言葉からは滲み出ている。そこにある感情を、律はよく知っている――かつて自身も抱いていたもの。絶対に許せないという、強い感情。
 行き場を失ったそれは炎を燃やし続け、怨嗟を喰らい続け、今、律に向けられようとしている。

「……さて、ではもう一度問いましょう、リツ。元帥になるつもりは?」
「今の話を聞いて、はい分かりましたと頷く人間が居たら、相当の馬鹿ですね……」
「少しは馬鹿になった方が、貴方自身の為ではなくて?」
「……では、先代『ロード』に伝えたことを、貴女にも」

 自身のスタンスを変えるつもりは毛頭ない。
 折れた方がいいことなど、とっくに分かっている。その方が周囲の人間を守ることはできるだろう。この先きっと、彼女は手段を選ばないだろうから。しかしそれに屈したくはない。『院』が生んだ悲劇に巻き込まれ、命を落とした者がいる。その復讐をするつもりはないが、だからといって軍門に下る気もない。

「あいにく俺は、ソリストなので。――組織に所属するのも、誰かの指揮下にいるのも、向いてないんですよ」