Void Reason - 01

 一口に『ウィザード』ないし『魔術師』と言っても、その内実は多岐にわたる。己という存在の中で、所謂『魔力』と呼ばれるものを生成し、様々な方法で魔術を使う者。『彼岸』の存在と契約を交わし、その対価として魔力を得て魔術を使う者。様々な方法が確認されてはいるものの、何にしろそもそも素質がなければ使えない、ということは共通だ。
 魔術を使う方法についても様々だ。あらゆるものを媒介とし、あらゆるものを命令式とし、魔術と呼ばれる現象を顕現させる。その方法については、書物のようなものに記録して継承されていく場合もあれば、口伝のみで伝えられていくことも、そしてそもそも誰からも継承されず、誰にも継承されずに喪われていくものもある。
 ――そして、茅嶋 律の場合は。

「律さんて、そういう本って書いたりしてるんすか? あったらみおみお読みそう」
「ん? ……んー……? 考えたことないな……」

 とある一件で、今は亡き『院』の『ウィザード』の一人に託された魔術書。厳重に幾十、幾百にも施されている封印のため、その中身は未だ解読できていない。さてどうしたものかと悩んでいる律を眺めていた柳川 恭は、ふとその疑問を抱いたのだろう。

「じゃあ書く予定とか」
「ないなあ。ていうか、俺も本とか読んで使えるようになった訳ではないからね。子供のころからお祖母様に直接色々と教えてもらったやり方がずっとベースにあるから。あとはまあ、あれこれ見たり読んだり知ったりって形で自己流アレンジって感じだから、いざ言葉にして整理しろって言われるとなあ……」
「そういうもんすか」
「恭くんだって、何で『変身』できるのか説明しろって言われたら困るでしょ」
「え、変身する! って思ったらできる」
「いや普通できません」

 誰でも変身すると思えば変身できる、というわけではないことを全く理解していなさそうな返答だった。
 そこに至るまでのプロセスを示すのが魔術書の類ということになるのだが、恭の場合は持っていれば使えると思っていても不思議ではない。さすがにそれほど単純なものではないということは、いい加減に理解はしていてほしいものだが。
 こういった魔術書は、魔術というものを理論的に捉え、理解し、行使しているからこそ遺していけるものだ。そもそも『ウィザード』としての歴史がまだ浅い茅嶋家には、こういったものは存在していない。その上、律は頭で考えるよりも感覚として理解し、魔術を行使している。こういった魔術書を書いて遺す、というのはどうにも想像がつかない。

「そもそも澪生は俺が教える前から魔術使えてたし、何となく使い方分かってるタイプだから、本読んで理解するって感じじゃないと思うんだよな」
「でも律さんは結構読むじゃないすか。その本もそうだし、麻宮さんちでも読んでた」
「子供の頃に基本的な読み方は教えてもらってるし、巧都に叩き込まれたからね、俺は……」
「あー、巧都さんか」

 古今東西、様々な魔術を見せられて叩き込まれたあの日々のことは、正直あまり思い出したくもないことではあるのだが。しかしその経験があったからこそ、今の自分としてここに立っているのだということを、律は嫌というほど理解している。
 幸峰 巧都。ノリの軽い、だがしかし決して手を抜くことはしないかの『カミ』は、律にとっては今の自身を形作る師の一人であることは、否定のできない事実だ。

「ちょっと見てみたかったなー、律さんが書く本みたいなの」
「それが本音か」
「じゃあー、もし! もし作るんだったら、どんなにします?」
「ん? んー……楽譜じゃないかな、多分……」

 律が普段、魔術を使う上で欠かすことのできないもの。『旋律』と『リズム』。それを形として残すのであれば、他の形態は考えにくい。とはいえ、「この魔術を使うためになぜその方法を選んだのか」と問われると、やはり「感覚」としか答えられない。日常、呼吸と同義のように使っているものを改めて説明するのは、やはり難しい。

「……がくふ……おたまじゃくしだ……」
「どっちにしろ恭くん読めないね」
「ひでえ!? ドレミぐらいは分かるっすよ!?」
「どうだかなー」

 笑いながら、律は本に視線を戻す。1ページでもいい、封印を解く取っ掛かりを――そしてこの本に書かれている内容を、紐解きたい。わざわざ託されたのだ、その先に得るものはきっとある。

 ――それはまだ、紅葉が鮮やかに色付いていた頃の雑談。


 その知らせが届いたのは、2月初旬。

「いや何でこのタイミングかな……」
「でもそんなん行かない訳にいかないっつーのがアレすね。お宮参り終わった後でよかったと思うべき?」
「うーん……いやもういつのタイミングでも嫌だけどさ……」

 溜め息一つ。春頃までは海外に行かないと決めていたのだが、知らせ――『院』から届いた連絡によって、そういうわけにもいかなくなった。たまたま恭が憂生を連れて遊びに来ていたタイミングだったので、すぐに情報共有ができたのは幸いだと言うべきか。
 曰く、『院』の『ロード』が崩御した。葬儀と共に次の『ロード』の継承を行うため、『院』に関わりのある『ウィザード』は全員参加を義務とする。

「ろーど? ってそんなお年寄りの人だったんすか?」
「まあそれなりに高齢ではあったけどね。でも前に『院』に行ったときは、全然元気そうだったんだよなあ」
「前っていつだっけ……、あ、知江ちゃんの事件の前か。本持って帰ってきた」
「うん、それ以降は『院』からは何もなかったね」

 一応『院』に所属はしていないとはいえ、傭兵のような立場で仕事の依頼を受けるのが今の茅嶋家の立場だ。関わりなどないとは言えないので、こんな呼び出し方をされてしまうと行かざるを得ない。どちらにしろ、今後のことを考えると次の『ロード』と顔を合わせておく必要も出てくる。

「はー……とりあえず急いで手配してちょっと行ってくるか……」
「……、律さんそれ俺も行く」
「え、でも」
「ゆりっぺと子供たちのことなら心配ないっす。てかそれなら律さんだって桜っちと咲ちゃんのこと気になるでしょ」
「……それはそうなんだけど」

 まだ生まれて間もない愛娘と、慣れない毎日を必死で頑張っている桜を置いていきたくはない。それは間違いないが、椿や伊鶴もいる。数日留守にする程度であればどうにかできると思いたい。どちらにしろ、この先はいつまでも家族を理由に海外仕事を引き受けないわけにはいかないのだ。
 当然本格的に仕事に行くことになるなら、恭の同行は必須だ。しかし今回の場合、律の行先は『院』である。『院』に入ることができるのは認められた『ウィザード』のみであり、恭が同行したところで『院』の中まで入ることはできない。そうなると、わざわざ恭がついてくる意味はない。
 だが、恭の目は真剣そのものだ。さすがに付き合いも長いので、分かってはいる。こういったときの恭は、何を言っても梃子でも動かない。

「……待ってるだけになっちゃうよ?」
「分かってるっすよ。俺最近ちょっと気になってたんすけど、前『院』行った後からちょっと律さん変な気がする」
「え、そう?」
「うん。前何があったのかもあんま話してくんなかったし」
「いや、それは特に報告することはなかっただけだよ。知り合いに本もらって帰ってきただけって言ったでしょ」
「嘘じゃん絶対。あんとき一緒についてかなかったこと、俺それなりにまずったかなーと思ってるんすよ。言いたくないならいいっすけど、でも、今回はついてく」
「……分かったよ……」

 説得はできそうにない。どちらにしろ、頑なに拒否する理由は特にないのだ。日本での気がかりは今のところ家族のことだけだ、と考えていいだろう。小さなことであればいろいろとあるにはあるが、短期間でどうこうなるようなことはないはずだ。それに、何か起きたときに恭が一人で対応することになるのは避けたい。

「ちなみに、憂凛ちゃんの誕生日兼結婚記念日には確実に帰ってこれないけど、分かってて言ってる?」
「そこはちゃんとゆりっぺに話すし、後日ちゃんとするからいいっす。俺は今律さんのことがめちゃくちゃ心配」
「ええ……そんなに……?」
「律さんまじで最近よくなかみーに怒られてる理由分かってないっすね……?」

 むう、とふてくされる恭に、律は首を傾げる。名の挙がった友人には、確かにこのところよく小言を言われてはいるが。
 心配を掛けているのだろうな、ということは分かっているつもりではいるのだが、しかし律としてはいつもと変わらない。そんなものか、といった程度の認識でしかないのは確かだ。

「こないだから万寿ちゃんのことも知江ちゃんのこともあったし、咲ちゃん生まれたりもあってあんま詳しい話聞く時間もないし聞かないようにしてるけど、これ以上わーわー言うなら! 俺も! 怒る!」
「ええー……」
「律さん最近おかしいって自覚ないから、ちゃんと俺が律さんの相棒として隣にいるってこと、思い出してもらわないと」
「いっつも頼りにしてるよ、恭くんのことは」
「誤魔化されないっすからね!」
「いや誤魔化してるつもりはないんだけどな……?」

 ――とにもかくにも、恭も同行するのであれば、それも合わせてスケジュールや諸手続きの調整はしなければならない。桜と愛娘のことは椿と伊鶴に任せるとして、その間仕事対応が滞ってしまうことを考えると、さて誰に話を通しておくべきか。
 なるべく早く帰ってきたいな、という考えが頭をよぎって、消えていった。